第1話 プロローグ:黄昏色の少女
生きていく理由が解らなかった。
変わらない毎日の中で、自分はどこへむかっていくのか、何のためにここにいるのか。
朝起きて学校へ行って、
将来何の役に立つのかも分からない数式を解いて、
先人たちの言葉を読み解いて、世界の裏側の国の政治を教えられて。
眩暈がするような暑い夏に太陽に照らされてボールを蹴ることも
息が凍るような寒い冬に校舎の周りを走らされることも
まるで意味なんて感じなかった。
大人たちはバカだ。
そして、意味を考えることもなく過ぎる毎日に従順に従っている子供たちも。
そして、何一つ口には出さずに、乾いた目で世界を見下すことしかできない自分もまた
バカなのだ。
そんな17歳の6月、僕は「彼女」に出会った。
不器用で傷だらけで、いつだって誰かのために静かに炎を燃やす。
前に進むことしか知らない、強くて弱いその少女に出会ってしまい、
僕はこんなにも簡単に、単純に、呆れるほどあっけなく、生きる理由を見つけてしまったのだった。
* * *
「あ~あっ!貴重な最終日に雨だなんてな~」
立ち並ぶ高層ビルの一角にあるひときわ大きなショッピングビルの出口。
派手な金髪頭の少年は、芝居がかったようなオーバーな身振りで両手を広げてみせた。
腕には、ショッピングビルで買った洋服や靴の袋がまるでハンガーのようにかけられ、両手のひらが仰ぐ空は灰色の雲で覆い尽くされ、雨が止まることなく地面をたたいている。
「わざとらしい……。」
隣にいた彼よりずっと身長の低い、顔立ちのせいか制服を着ていなければ学生にはとても見えないであろう外見の少年が、呆れたように横目で金髪の少年を見た。
「雨が降らなきゃクラス全員で高尾山に山登り…神様っ!どうか明日の修学旅行最終日は雨を降らせて自由行動をさせてくださいお願いしますぅぅぅ……
って、ホテルに逆さまのてるてる坊主なんかぶら下げて雨乞いしてたのはどこの誰だか…。」
すると金髪の少年は、にやりと笑い、目を輝かせて両手を組んでみせた。
「あぁ~~っ!雨最高、雨様様!この日雨が降ることにかけて、毎日毎日汗水流して安い高校生アルバイトで一生懸命金を貯めたかいがあったってもんだよ…俺!感動!!」
「わっ!おいやめろよ、こんな街中で恥ずかしい!」
隣を通り過ぎた派手なメイクの少女たちがクスクス笑っているのに気付いた背の低い少年は顔を赤面させ、感情のままに動く友を小声で必死に抑えようとした。
「ほら、笑われてるだろ!すでにその慣れない金髪で浮いてんだからこれ以上目立つようなことはするなったら!」
すっかり自分の世界に入り込んでしまった友人を制しきれず、少年は助けを求めるように後ろに振り返った。
「ほら、瑠璃もなんとか言ってやって…―」
そう言いかけた言葉の途中で、後ろにいたもう一人の少年の掌がもっさりした金髪をはたいた。
ぺん、と間抜けな音が響く。
「翔馬、うるさい。」
「てっ!!!」
温度の無いひんやりとした声の主は、少し呆れた様な色を浮かべた瞳を前髪の下から覗かせた。
「連太郎が困ってる。」
だが翔馬は瑠璃に向き直り、まるで子供の様に口をとがらせた。
「なんだよぉぉ!瑠璃だって山登りは嫌だっ、て言ってたじゃんかよぉぉ!」
「騒がしい奴らと行っても疲れるだけだからだ。
別に山が嫌いなわけじゃない。」
「ほーーーーら!理由は違えど利害は一致してる!」
「結局一番騒がしい奴がここにいるからどこでも変わらない。」
「なぁぁぁぁぁぁんだとぉぉぉぉぉぉぉおっ!!」
表情を変えることなく淡々と話す瑠璃とは対照的に、翔馬はまるで万華鏡のように色鮮やかに表情を変えていく。
赤くなったり、青くなったり、
時には黒くなったり、白くなったり。
"こんなどうしようもないほどバカげた世界で、一体どこに感情を揺さぶられているのだろう?"
そんな風に思ってしまう自分を心に秘めたまま、瑠璃は目の前の友人をいつもどこか冷めきった目でしか見ることができなかった。