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女の子が目を開けると、病院にいました。


「やあ、久しぶりだね。気分はどうだい?」


女の子の視界に映ったのは、とても懐かしい顔でした。


「やっと僕は医者になったんだよ。これで父の病院を継ぐ事が出来る」


彼は十歳年上の近所のお兄さんでした。

お兄さんはそっと女の子の額を撫でました。

まるで壊れ物を扱うかのように、優しく…優しく。


「君のお母さんは相変わらずだったみたいだね。実は僕が此処まで運んできたんだよ」


久しぶりに見るお兄さんの笑顔に、女の子はとても癒されました。

お兄さんは家の前で転がっていた、女の子を助けてくれたみたいです。

けれど、女の子は少し不思議に思いました。

たしか今、お兄さんが住んでいる所は女の子の家から随分離れた位置だったはずです。

どうして女の子の家の近くを通ったのでしょうか。

女の子は小さな疑問を持ちましたが、お兄さんの穏やかな笑顔を見るとそんな事は忘れてしまいました。


「あぁ…そういえば、こんな時間だけど学校には行かなくていいの?」


お兄さんの言葉に女の子ははっとしました。


「忘れてたみたいだね?僕が学校まで送っていってあげるよ」


お兄さんはくすくす笑いながら、女の子の手を引きました。

温かい手のひらは凍てついた女の子の心を溶かそうとします。

けれど、心の奥底の危険信号を女の子は見逃す事が出来ませんでした。

何故かお兄さんは危ないと思うのです。

こんなに優しくて、温かいのに。

女の子はお兄さんを見上げました。

その視線に気付いたお兄さんは、女の子に優しく笑いかけます。


「僕の顔をじっと見て、どうかしたかい?」


いくら見てもさっぱり分からず、女の子は首を振りました。


「さあ、どうぞ」


お兄さんは車の助手席のドアを開けてくれました。

ぺこりと頭を下げて、助手席に座ります。

トンッと軽い音で閉まったはずの車のドアが、とんでもなく重いドアを閉めてしまったかのように聞こえました。

女の子は鳥肌が立ちました。

頭の中は、わけも分からない危険信号を出し続けます。


「大丈夫かい」


お兄さんに掴まれた腕をとっさに振りほどこうとしました。

しかし、お兄さんの力は想像以上に強く振りほどけません。


「大丈夫かい?」


お兄さんは女の子の目を見て、もう一度ゆっくり聞きました。

女の子は何かに囚われた気持ちになりながらも、こくりとうなずきました。


「良かった。じゃあ、学校まで送るね」


がたがたと震えだしたい気持ちを必死で抑えつけながら、女の子はじっと我慢しました。

開けてはいけない扉を開いた気がしたのです。

それはとてもとても恐ろしい扉を。

けれど分からないのです。

お兄さんに恐怖を感じるものの、お兄さんはどこからどう見ても優しい人にしか見えないのです。


「着いたよ」


お兄さんの声で、女の子は顔を上げました。

考え込んでいるうちに、学校に着いてしまったようです。


「いってらっしゃい」


お兄さんは車の窓から緩やかに手を振ります。

女の子も手を振り返しつつ、何ヶ月かぶりに来た学校に足が重くなりました。

学校にはあまり良い思い出はありません。

同学年の女の子はいつだって、可愛く恐ろしいものです。

可愛くにっこり笑う笑顔の裏に、悪意を封じ込めているのです。

女の子は逃げ出したくなりました。

けれど後ろにいるであろうお兄さんの事を考えると、そんな事は出来ませんでした。

女の子の姿が見えなくなるまで、ずっと見続けていることでしょう。

お兄さんはそんな人なのです。

女の子は唇を強く噛むと、動きたくないと叫ぶ足を無理矢理に動かして校内に入っていきました。

静かな廊下を女の子は、てくてくと歩きます。

時間帯的に授業中なので、遠くの方で体育を楽しそうにしている生徒達の声が聞こえるだけです。

女の子はなんとなく授業中の教室を避けて、自分のクラスへと向かいました。

授業中の皆からは見えない位置から、女の子はクラスの様子を伺いました。

眠そうでけだるげな雰囲気が漂っています。

震える足に叱咤して、女の子は教室のドアを開けました。


「あら、久しぶりね」


突き放すような冷たい口調の先生と、物珍しそうな皆の視線が女の子に突き刺さります。

女の子は逃げ出したいような気分で自分の席を探しました。

しかしいくら探してみても、女の子の席はありません。


「あぁ、もう来ないのかと思って準備教室に置いてきちゃったわ。取りに行って」


準備教室は此処から一番遠い教室です。

皆のくすくす笑う声が、女の子を責め立てているような気がしました。

女の子は教室から逃げ出すように、走っていきました。


「久しぶりに来たんだから、ちゃんと戻ってくるのよ」


女の子の後ろから、先生の声が追い掛けてきます。

今逃げたら、お母さんに連絡されるかもしれません。

またお母さんに叩かれるかもしれません。

またお兄さんに会ってしまうかもしれません。

何もかもから逃げ出したくて、女の子は準備教室に向かって走ります。

逃げ出すことはできないけれど、せめてもの抵抗です。

準備教室の机はどれも汚れていました。

滅多に使わないからでしょう。

女の子はその中に一際汚れている、机を見つけました。

近付いて机の中を覗くと、ぼろぼろになった女の子の教科書我詰まっていました。

女の子はそれらの紙切れをまた机の中に詰め込むと、ゆっくりと元来た廊下を歩いていきました。

ゆっくりとゆっくりと。

教室に近付くほどに、重くなる足を動かして教室に近付きます。

その時、チャイムが鳴りました。

授業が終わってガタガタと皆が立ち上がったり、喋り始める音が聞こえます。

逃げようかとおろおろしていると、先生に見つかってしまいました。


「いるんじゃない。みんなー、戻ってきたわよ」


先生はクラスの皆に声を掛けると、職員室に戻っていきました。

クラスの皆は女の子を見つけると、女の子が運んできた机を見て口々に汚いと言いました。


「わざわざこんな汚い机を選ぶなんて」

「でもよく似合ってるんじゃないの」

「うっわー、不潔」

「アイツばい菌だから汚い物しか触れないんじゃねぇの」

「汚いから近付くんじゃねーよ」


不意に、男の子は笑いながら机を蹴り飛ばしました。

机は女の子を巻き込んで、一緒に倒れていきます。

女の子の頭には大量の教科書だったものか、降り注ぎます。

必死にその紙くずを集める女の子の滑稽さと言ったらありません。

くすくす笑いは、次第に爆笑に変わりました。


「なぁなぁ、紙くずがそんなに大事?」


男の子はライターを取り出して紙くずに火を付けました。

紙くずは勢いよく燃えて、灰になっていきます。


「はい、大事な物失っちゃいましたー!!」


呆然とする女の子に向かって、男の子は笑います。


「こんなに寒い季節だし、暖でも取りましょ?」


クラスの女の子が、女の子の髪を掬い上げます。


「コイツの髪で」


男の子はにやりと笑って、女の子の髪にライターを近付けました。

女の子の髪は勢いよく燃えて、肩よりも短くなりました。


「汚いゴミはゴミ箱へ」


男の子は震えて嫌がる女の子の腕を取って、無理矢理ゴミ箱の中に押し込めます。

出てこようともがく女の子を上から蓋を押し付けて、きっちりと蓋を閉めました。


「さっ、下に持っていこーっと。あっ。手が滑っちゃった?」


男の子は女の子が入ったゴミ箱を階段の上から、蹴り落としました。


「あっれー?やり過ぎちゃったかな?でもゴミ処理をしたってことで、褒められてもいいんじゃね?」


クラスの皆は一斉に拍手します。

男の子を褒め称える言葉を投げます。

ゴミ処理した男の子には褒め言葉を、ゴミの女の子には罵倒を。

階段から落とされた衝撃で、ゴミ箱の蓋が開きました。

女の子は眩しさに目を細めました。


女の子の世界に再び膜ができました。

周りの声がぼんやりと聞こえるだけです。

褒め称えられていた男の子の背中を誰かが蹴り飛ばしました。

クラスの皆のざわめきと、女の子の悲鳴や男の子の焦っている声が聞こえます。


「彼女と同じ痛みを味わえばいい」


世界は赤と黒に染まります。

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