女の子とお母さん
あるところに女の子が一人おりました。
可愛らしい顔なわけでも、秀でた何かもあるわけではございません。
むしろ…とても醜い顔でした。
全てにおいて、誰よりも劣っていました。
視界に入ると誰もが顔を歪めるような、そんな女の子でした。
だから嫌われるのは当然なのです。
仕方のない事だったのです。
それは寒い寒い、冬の日の事でした。
いつものように女の子は、夕食の後片付けをしていました。
悴んだ手で洗い物をしていたら、うっかり食器を落としてしまったのです。
愚鈍で馬鹿でのろまな女の子です。
壊れた音を聞きつけて、女の子のお母さんが大急ぎでらやってきました。
「このおたんちん、一体何枚食器を割れば気が済むの?」
パシンッと高い音が寒い部屋の中に響きます。
女の子のお母さんが、女の子の頬をぶった音です。
真っ赤に腫れた女の子の頬は、醜い彼女にお似合いです。
食器を割っておきながら、謝ろうとしない女の子の様子を見たお母さんは静かにため息を吐きました。
「そこで頭を冷やしなさい」
女の子は家の外に放り出されました。
寒空の下、女の子は一人うずくまっていました。
愚図で阿呆な女の子を助けてくれる人はいないのです。
そんなの当たり前です。
女の子は悴んだ手に裸足で、コンクリートの上に静かに座りました。
外が寒いせいか、誰も女の子には見向きもせずにただ下を向いて足早に歩いていきます。
真っ黒な夜空からは女の子に追い討ちをかけるように、白く冷たい雪が降ってきました。
冷たい雪は女の子の頬を伝って、しょっぱい水となって落ちていきました。
震える肩に雪が降り積もっていきました。
雪は女の子の体を、覆い隠していきます。
女の子をこの世から消すかのように。
女の子は降り積もる雪を払おうともせずに、ぼんやりとしていました。
その目はまるで、死者の目でした。
生きる事も死ぬ事も諦めた目です。
女の子の瞳には何も映りません。
ふと女の子は、家がある方向に振り返ってみました。
しかし女の子の濁った眼には、闇しか見る事が出来ません。
暗く冷たい闇に女の子は包まれていました。
闇が女の子を覆う時、彼女は願いました。
“誰か私を助けて”と。
当然の如く、女の子を助ける誰かなんて現れません。
女の子はどんな世界にも一人ぼっちなのでした。
異端な女の子を救う物好きなんて、存在しないのです。
女の子が目覚めると、体はすっかり冷え切っていました。
冷えた体をゆっくりと動かして、白んだ空を眺めてみます。
相変わらず、冷たく突き放すような空気です。
いつもは心まで凍てつくような冷たさに怯えるのに、今日は不思議と怖くありませんでした。
なんだか自分と世界との間に、薄い膜のような物があるような気がしてならないのです。
自分と世界が少しだけずれているような感覚でした。
ずれた思考を合わせようとした時でした。
「いつまで寝てるつもりなの、おたんちんが!!」
少しヒステリックな声がして、背中に衝撃が走りました。
ごろごろと転がって積もった雪の刺すような冷たさを感じながら、女の子は自分の状況をやっと理解しました。
お母さんに蹴り飛ばされたのです。
柔い肌を容赦なくズキズキと鋭く抉るような冷たさに耐え玄関の方を見ると、お母さんが立っています。
女の子と目が合うと、女の子のお母さんは汚い物でも見たかのように顔を歪めました。
あぁ、違います。
実際に女の子は汚かったのです。
だからこそ、女の子のお母さんは顔を歪めたのでしょう。
悪いのは女の子のお母さんではなく、蹴り飛ばされた女の子自身なのです。
女の子が謝ろうと口を開いた時でした。
お母さんが近付いてきたのに気付き、女の子は口を閉ざしてお母さんを見上げました。
お母さんは、そんな汚い女の子を踏みつけます。
何度も、何度も。
女の子は黙って踏み潰され続けるしかありません。
そう、悪いのは全て女の子なのです。
頭を、顔を、胸を、お腹を、腕を、足を、踏み潰されました。
もう女の子の体で、踏まれていない場所などありません。
汚れていない場所などありません。
遠退きそうな意識の中、女の子はお母さんを見上げました。
そこには我が子に優しい母親の姿はなく、美術館で見た我が子を食らうのような鬼の姿しかありませんでした。
女の子は恐怖し、悲しみ、諦めました。
女の子を助けてくれる誰かなんて現れません。
醜い女の子を救うような変わり者は何処にもいやしないのです。
そのまま女の子は一人、意識を失いました。