第一章・六話〜テラレマの森・中編〜
「あっ、おねーちゃん!」
クスクの町に入ってすぐ、見覚えのある赤い髪の男の子が、こちらを見つけると嬉しそうに走ってくる。
その純真な笑顔に癒されつつ、軽く手を振って応えた。
「こんにちは、レイ君。お父さんかお母さんはいる?」
昨日の夜食の時、マッシュさんは姿を現さなかった。ならば今朝はと食堂に向かったけど居らず、一緒に行動する気ないのかなと呆れつつも、私達はクスクの町に向かった。
テラレマの森は王国の管理下にあるんだけど、実際に管理しているのは町の人だそうだ。
なのでその管理人に会って事情を説明しないといけないらしい。
言いたい事だけ言って、段取り悪すぎたよ神父さん。
ジルさんは騎士団絡みで抜けれない用事があるとかで、今朝はティナさんと二人である。宿舎から町まで私の体力で歩けるか心配していたら、ジルさんから行軍用の靴というのを渡された。
普通の木靴なんだけど、先端に緑っぽい石が付いていて、聞くと『重軽石』というらしい。
身に付けた人や物の重さを変える錬成具で、長距離行軍や災害救助の際の瓦礫撤去で重宝されるそうだ。
ちなみに重いか軽いか当てても願いは叶わない、残念である。
騎士団の備品としてある程度管理されているとはいえ、誰が履いたか分からない靴を素足で履くのに抵抗はあったけど、ティナさんに迷惑を掛けたくないと履いて出発。
操作の仕方は重いか軽いか念じればいいと言われたけど、そんな感覚で出来るほど重軽石は甘くなかった。
軽いとバランスが取れず転んで、重いと身動きが取れなくなって、結局靴を脱いでティナさんにおんぶされたのはジルさんには秘密である。
「ちょっとまっててね〜」
そう言いながら家の方へと走っていくレイ君を見送っていると、ティナさんが小声で話しかけてくる。
「無邪気な子供には癒されるわ。あと数年したら騎士団を毛嫌いする人間になるんでしょうけど」
「お、親の教育次第だと思いますよ」
「その時点から詰んでる気がするわね」
そんな事を言い合っていると、町の奥からセイムさんがこっちに歩いてくるのが見えた。その隣には町長さんとリン君がいて、何だか雰囲気が物々しい。
あと数メートル(こっちの言い方だと数マイだよね)ってところで止まると、セイムさんは私には優しげな顔を向け次いでティナさんに厳しい表情を向ける。
(……分かってはいたんだけど、お世話になっている人同士がいがみ合うのは良い気分じゃないな)
あからさまな態度の違いに、しかしティナさんは特に反応せず平坦な口調で喋りかけた。
「信徒騎士団のティナ・リッカリートです。町長さんから既に話は聞いてると思いますが、確認しますか?」
「……いや、必要ない。俺は現在テラレマの森の管理を任されてるセイムだ。こいつは息子のリン、さっき会ったのはリンの弟でレイだ。ここ十年、いや、下手すりゃ何十年森の調査なんてしていないのに何で今更……とか言っても始まらないな」
「我々も上からの命令で動いてますので、詳しい理由は分かりません。どこか落ちつける場所で森について事前の確認をしたいんですが、よろしいですか?」
「騎士殿、セイムの家だと少々手狭ゆえ、私の家の客間を提供します。それと、その子なのですが……」
そこで町長さんが、無遠慮に私を見る。ティナさんに対して言葉遣いは丁寧ながらも、私には明らかに嫌そうな目を向けてくる。
そりゃ確かに、昨日神父さんと会った時は結構色々あって気味わるがられるのは仕方ないかもだけど、人前で態度に出すのはいけないと思う。
のでこっちは優雅に微笑んで(のつもり。見た目良しでも中身は平凡だし)、軽く会釈までしたっていうのに、顔を引きつらせるってどういう事?
そんなやり取りに他の三人が訝しげな目を向けるが、さっくり無視して町長さんの家に向かう。往々(おうおう)にして権力者の家は町の奥にある一番大きい家だと決まってるので、そこを目指すのだ。
ーー結果、家の場所を当てた私の事を町長さんは怯えた目で見るのだけど、とりあえず無視する事に決めた。
「冬至をいくらか過ぎたとしても、例年より野草や茸類の量が少ないわね。動物も大型ならまだしも、小さい兎や豚も見かけないっていうのは……と言っても、この季節に青々と草や葉っぱがある事自体、テラレマの森が普通ではない証拠だけど」
「女騎士さんがどれくらい前の感覚で言ってるのか知らないけど、俺が採取に来た頃からこんな感じだ。さすがに春と夏には動物は見かけるけど、父さんが町長さんの家で話してた通り、十人以上で組んで熊とか牛に備えるような事は大分減ってる。あと薬草や食える物も時期に関係なく採れるけど、量自体は減ってるらしい」
相変わらず夏と冬が混じったような植生をしているテラレマの森に入って少し、町長さんの家で聞いた事の再確認のような会話をしているのはティナさんとリン君だ。
リン君の手には小振りの鎌が握られ、道中採取した物は背負った籠に入れている。
町長さんの家での話し合いはすぐに終わり、ジルさんと合流するまでの簡単な調査をしようと森に向かう時、リン君も付いてくると言い出した。
別にリン君の我儘とかではなく、最近の森を知っている案内人が必要だろうという事らしい。
確かにこの森で私を見つけたのはレイ君達だし、今みたいに色々採りに来てるんなら詳しいはずだよね。
セイムさんじゃないのは、森の管理人以外の仕事があるからで、騎士団の人と一緒にいるのを嫌がった訳じゃない……多分。
リン君も嫌は嫌なんだろうけど、一応表面には出さずティナさんに対応している。
その時点で神父さんや町長さんより出来た人間だと分かよね、大人達には爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
町から出る時、出入口のところにララさんとレイ君、それにレマちゃんが立っていた。
ララさんとレマちゃんは私を見て安心したような顔をしたけど、ティナさんを見ると途端に険しく……特にレマちゃんは両親の事で人より思う所がある分、見られてない私もすくみあがるような目をしていた。
けど睨むだけでティナさんに文句を言わないだけ、とても強い子だと思う。
レイ君は私達の後ろを当然のように付いてこようとして、ララさんに頭を叩かれていたのには思わず笑ってしまった。
「まぁ、私が知ってる内容も先々代の騎士団長が残した日記のものだから、比較するには古すぎると思うけどね……と、こんな時間か。お昼はここで軽く食べて、後は元来た道を帰りましょう。熊の一匹や二匹どうとでも無いけど、アルネさんやリン君を守りながらはちょっとキツいわ」
懐中時計のような物を取り出しながらティナさんは言って、目に付いた切り株にさっさと手提げ鞄を置く。
手際よく鞄の中からお昼のサンドイッチと果物や飲み物を取り出す。
自動人形のメアリーさんに作ってもらったらしいけど、軟質自動人形のメアリーさんがどうやってサンドしたのかとかは考えない事にしないと、うん。
今朝知った事だけど、この世界にも時間っていう概念と時計は存在した。確かにそれが無いと錬成具を造る際に困りそうだもんね。
ティナさんの持っている懐中時計には錬成具である何かの石が入ってるらしいけど、名前はティナさんも知らなかった。
名前を知った事で別段といった感じなので私も追求はしない。後で気になったらマッシュさんにでも聞けばいい。
それと意外にも、この『奇跡の大地』に来て困った事は少なかった。まだ三日目だけどね。
文字が書けないのは私くらいの歳なら珍しくないらしいし、言葉や文字を読むのは勝手に変換されるので問題ない。日本の文化や常識との違いも、今のところ違和感なく馴染めていると思う。
季語や動物の名前は私に分かるよう翻訳?されているみたいだし、その点は神様万々歳である。
……トイレが汲み取り式で藁で拭く、というのが最大の不満点であり我慢どころだけども。
「……俺は自分の分があるからいい。それに何日かは案内でまともに採取できないだろうから、俺は残って必要な分を取らないといけないんだ」
「リン君……」
「分かったわ。ならお昼を食べたら採取する物と仕方を教えてくれる?」
用意したサンドイッチを食べながら、ティナさんは事も投げにそう言う。リン君は最初よく分からないといった顔をしたけど、すぐに顔をしかめ「無理だ」と呟いた。
「採取の方法は町共有の財産みたいなものだから、騎士団に教えて勝手に採られたりしたら困るんだ。ただでさえ税金で苦しんでるのに、森まで毟り取られたら生きていけない。ここでの採取は基本管理する家の人間しか許されてないし、採る時だって場所が決まってる。一箇所でどのくらい採っていいのか、女騎士さんは分からないだろ?」
話はこれで終わりといいたげにリン君は地面に座り、籠の下に入れていた茶色い物(干し肉か干した果物かな)をかじり出す。
私はその間ティナさんから渡されたサンドイッチを食べていたけど、何だか居たたまれなくなって食べるのを止めた。
しばらく沈黙が流れていたけど、ティナさんが無言で立ち上がり、鎌を持って近くの茂みに近寄っていく。
「おい、勝手に採るーー」
「ヨモギは若葉を油で揚げると美味しいのよね。ギボウシやコゴミもあるわ、人の手が入ってないと残ってるものね。タラの芽にタケノコ……はギリギリ食べれそう。キイチゴはいいとしてもヤマブドウはジャム用かしら。けど全然時期じゃないのに、さすがはテラレマの森と言っていいのやら……あれはシイタケ? こっちに赴任して初めて見たわ。他にもハツタケにツエタケに、夏物のチチタケまでーーどうしたの二人共?」
次々と森の幸を採取していくティナさんに、私は口をあんぐり開けた間抜けな表情を向けていた。それはリン君も同じだったけど私より立ち直るのが早く、慌ててティナさんに駆け寄っていった。
「全部うまく採れてる……むしろ俺より上手い……」
「ちゃんと次の季節に響かないよう適量より少なめにしたけど、この森の収穫物は季節感がバラバラだから確認してね。あと薬草や錬金術の触媒に使うものは扱いが難しいし用途によって採取方法も変わるから、そっちはリン君に任せるわね」
私には無造作に採られた気のする野草や茸なども、リン君から見たら呆然とするくらい綺麗に採取されていたようだ。
信じられないといった目を向けられ、ティナさんが苦笑交じりに頬をかく。
「……私の生まれ故郷は四方が山に囲まれてて、小さい頃から山を駆け回ってたら自然に身についたの。だけど私が生まれる前くらいから、森が突然枯れて再生しないって事が頻発してね。王都アンベジオから火風の方角に故郷はあるんだけど、そこから大きな山脈を越えるとメトラニオ皇国の領地に入っちゃう……あの国って錬金術がアンベジオよりも盛んでしょ? その錬金術で何かされたんじゃないかって言う人もいたけど結局原因は分からなくて。その現象はいつからか『山喰い』と呼ばれるようになったわ」
火風は確か南西の方角だったはず。ティナさんはそこで一旦話を区切り、切り株まで戻って飲み物を飲んだ。
私は何と言っていいか分からず黙っていて、リン君も無言のまま。
ティナさんは「後はよくある話よ」と前置きして、小さく息を吐いた。
「田舎の小さな村でね。近くにはもう一つ村があって、まるで家族同士のように村同士も仲が良かったの。けど、山喰いのせいで自然はどんどん無くなっていって……作物も育たない、狩る動物もいないで、若い人達が領主様に助けてもらおうと出ていったけど、帰ってきた人はいなかったわ。飢えて、苦しんで……私が十二歳になった夏の夜だった。隣村の人達がね、襲ってきたの」
……意味が、理解できなかった。
言葉の意味を、きっちりと感じる事ができない。
私の中の常識が、平和な時代の国で培われたそれが、まるで受け入れるのも拒否するように認識を阻害し……けれどティナさんは私の心情を知らぬまま、言葉を重ねる。
「珍しい事じゃないわ。周りの山には何も無く、隣には滅んでいくしかない村がある。実際、あっちが先に襲ってこなかったらうちの村が襲ってたと思うし」
「……確かに、よくある話だな。俺の町だって、森からの収入がなければ町全員で野盗になってたかもしれない」
険しい表情で、でも納得するように頷くリン君に絶句する。犯罪を犯さなければならない状況が、私には想像できなかった。
前世の親からは、人様に迷惑をかけるなと言って聞かせられてきたけど……飢えて苦しみ、家族のような隣村でさえ襲ってしまう極限とも言える状況って、何?
(ーー何の苦労も苦しみも知らない私が、本当に神様なんてできるの?)
思わず浮かんだ思いは言い知れぬ不安となって、冷や汗を背中に垂らした。
「その後、女騎士さんはどうしたんだ?」
「……両親が何とか私だけ逃がしてくれて。誰かが火をつけたのか、赤々と燃える村から必死で走ったわ。どれだけ走ったのか分からないくらい走り続けて、とうとう倒れて、あぁ、死ぬのかなって思ってたら、国境警備の信徒騎士団に見つけてもらったの。何でも空が少しだけ赤いのに気付いて向かってきてたらしいんだけど、村が燃えた事で気づいてもらえるなんて皮肉よね」
「……だから、ティナさんは信徒騎士団に入ったんですか?」
「確かに助けてもらった事には感謝してるし、テラレマ教の矜持には同意はしてるんだけどね。なんて言ったらいいのかなーー『力』、が欲しかったんだと思う」
「そりゃ信徒騎士団ならテラレマ教との繋がりも強いし、アンベジオ王国のお抱え騎士団だから何でも出来るよな」
リン君が肩を怒らしながら言った言葉に、けどティナさんはゆっくりと首を振る。
「国のお抱えというなら王都騎士団ね。信徒騎士団は王都騎士団とテラレマ教の使いっ走りと言った方がしっくりくるわーーと、そうじゃなくて。この国は、人口の割に国土が多いの。王都や忠都周辺ならまだしも、国境近くになると国の影響が及ばないような村だってある。そういった村は犯罪者や密入国者に食い物にされる……私のいた村やクスクの町みたいに、山に囲まれたり重要な場所の近くならまだ騎士団の派遣が可能だけど、そうじゃない所は……」
「守りたいんですか? 信徒騎士団っていう力で、自分の村のようにしないように」
「守る、とも何か違うわね……でも、まぁそんな感じよね。ちなみにこういった辺境に派遣される騎士は、私のような事情持ちか貴族の三男四男とか、脛に傷を持ってる奴らばかりよ。でも皆、これ以上何かを奪ったり奪われたりが嫌いなのばかりだから。話が長くなったけど、つまり私に採取の方法がバレても問題無いし、騎士団連中が森の物を採る事は無いの」
ぐしゃぐしゃっと頭を撫でて笑うティナさんに、嫌そうな顔ながらリン君はされるがままだった。
騎士団の人は信用できない、でもティナさんならまだ信じられるーーそんな事を思わせるくらいには、さっきの話は心を打ったのだから。
(そんな過去を持ってても腐らず今を生きてるなんて、強いなティナさんは)
この世界と比べると甘い世界で生きた私に、そういう強さが持てるだろうか。
いや、持たないといけないんだよね……私は、強くないといけないんだ。
だって私はこの世界の神様で、旬ちゃんを助ける為にここにいるんだから。
「っと、いくらお姉さんが綺麗で格好よくてナイスバデーだからって惚れちゃダメだよリン君?」
「誰が惚れるか!? ていうか自分で綺麗とか言うなよっ」
最初と比べると険のとれた二人の会話に、くすりと笑ってしまう。
さっさとお昼の残りを食べきって、私も採取を手伝わないとーー
「遅かったな」
「あ、忘れてた!!」
日も暮れかけた頃に町に戻ると、ジルさんが不機嫌を隠さず出入り口に立っていた。
それを見た瞬間に私は思い出し、ティナさんは思わずと言った感じで声を上げた。
リン君はある程度事情が分かったのか呆れた顔で私達を見ており、関係ないとさっさと家に戻っていく。
ーーえ、か弱い女の子を見捨てるの!?
怒られるなら一人でも多いほうがいいと、保護欲をかき立てる潤んだ瞳アンド上目遣いでリン君を見るも、さっと目を逸らされて効果はなかったようだ。
遠ざかるリン君から「俺にはレマがいる俺にはレマがいる」と聞こえてくるけど、惚気を残していくなんて非道だ!!
「……お前らが森に行ったと聞いて急いで来たはいいものの、いつまで経っても帰ってこない。軽い調査と言っていたらしいが、本格的な調査は森に寝泊まりでもするつもりか?」
「謝るからそんなにヘソ曲げないで、ね? それより三流ヘタレ錬金術師は来てないけど、大丈夫なの?」
ティナさんが言う大丈夫の意味は、きっと放っておいていいのかと聞いてるんだと思う。
昨日があんなだったから、今日一度も見てないってだけで、何とも言えない不安を感じるのだ。
「マッシュは昼食前にこちらへ来ているはずだが、会っていないのか?」
「ーーやあやあ、お待たせお待たせ」
姿を見ていないと返事をする瞬間、まるで狙いすましたようなタイミングで声を上げる人がいた。
昨日の夜以上に軽薄そうな声を上げたのは、やはりというかマッシュさんである。
「……こんな時間まで単独で、何をしていたんだ?」
「騎士団長殿、いやジル殿。そんな警戒しなくてもただ森の中を探検していただけですよ」
「こんな時間まで? ただでさえ怪しいのに、更に怪しい行動するとか、中々いい性格してるのね」
ジルさんとティナさん両方から猜疑の目を向けられてもマッシュさんは飄々(ひょうひょう)としていて、懐から昨日出して怒られた銀色の煙草ケースを取り出す。
「屋外だから構いませんね?」
分かりきった確認を取ると返事を待たずに煙草を一本、ライターのような物で火を付けて一服する。
美味しそうに吸うのはあっちの世界もこっちも変わらないらしい。
私としては服や髪に臭いが付いて嫌なので、さりげなく風上の位置まで動いて、マッシュさんに目を向けた。
こちらを観察していると言いたげな金の瞳の視線に一瞬たじろいだけど、弱気な部分を表情に出さないよう注意して、疑問を投げかけた。
「昨日の夜食の時も今日の朝食の時も食堂にはいませんでしたけど、私に付いてなくていいんですか?」
「アルネさんと良好な関係を築くために同行するのが筋なんでしょうけど、こちらも色々とありまして時間が無くて。申し訳ない」
「色々、ですか……私としてもマッシュさんと良好な関係を築けたらなと思ってますけど、時間がないんだったら仕方ないですね」
「ほうーー僕は教会派だとお伝えしてましたが、そんな安易に信用してしまうと、後ろの二人の立つ瀬がありませんよ?」
後ろを振り向くとジルさん達が苦い顔をしている。まあ、守るといった対象が警戒している相手と良い関係を築こうなんて、護衛する側からしたら迷惑だろうとは思う。
けど、マッシュさんは教会派といっても神父さんとは立ち位置が違うらしいし、敵の敵は味方とまで言わなくても、邪険にする必要はないと思いたい。
そこは多分、小心者な私らしい考え方なんだろうけども。
「マッシュさんには教えてもらいたい事もありますし、敵にするよりは懐に入れたほうが御しやすい、かなと」
「大胆な事を言いますね」
「駆け引きとかできないだけです」
「ふふ、僕としては仲良くなれそうで嬉しいですが、後ろの二人の心労は多そうです」
そこで二人して小さな笑い声を上げると、時代劇の悪代官と越後屋コンビのようである。別に悪巧みもしておらず、駆け引きとも言えない粗末な言葉の応酬だったけども。
「話は終わったか? そろそろ帰らないと宿舎に着くのが夜になってしまう」
「私の目を盗んで一人で会うのは止めてね?」
ジルさんがマッシュさんを連れて先に歩き、ティナさんが心配そうに注意して私の手を引いた。
結局マッシュさんが森の中で何をしていたか分からなかったけど、ジルさんが上手く聞き出してくれるだろう。
それよりも、私はきちっと騎士団宿舎まで歩いて帰れるのか不安だ。
ーー案の定、途中でへばった私はティナさんに背負われて宿舎に辿り着く事ができた。
重軽石の付いた行軍靴を使いこなせるようにならないとなぁ……あ、そういえばリン君に靴を返すの忘れてたな。
あと、そろそろお風呂入りたい。これは切実。
温冷石を使えばお湯は簡単に作れそうだし、まさか桶にお湯を溜めて身体を拭くだけではないよね。
とりとめのない事を考えながら宿舎に戻り、夕食を食べた後お風呂の事を聞くとティナさんが申し訳なさそうな顔をした。え、そんな!?
「お風呂は大浴場があるんだけど、この季節は薪を節約して冬に備えていて、温冷石の場合も結構な量を使うの。だからお風呂は一週間に一度だけで、それ以外は桶やタライにお湯を沸かして身体を拭いているわ」
……うーん、一応予想はしていたけどやっぱりそうなんだ。けどお湯に浸かる文化があっただけでも良かったのかな。服の替えや下着類は支給品として何着か渡されているから大丈夫としても、頭が痒いのは何とかしたいなあ。
大浴場は諦めるとして、問題はどうやってお湯を沸かすかだけど、温冷石を使うとしてもティナさんの持ってる物を貰うのは気がひけるし……
「私のを使う? そろそろ配布されると思うし、なんならジルから奪っーー貰ってきてもいいしね。ジルの物は私の物だから」
奪うって聞こえたのは気のせいにしておこう。
ていうかジルさん……分かってはいたけど尻に敷かれてるんだね。
二人に申し訳ないと思ったので、温冷石を貰うのは辞退しておいた。錬成具の温冷石を貰う相手だったら、うってつけの人がいるしねーー明日、ちゃんと来ればだけど。
「温冷石ですか、いいですよ」
次の日、クスクの町に向かう途中で聞くと、相手は嫌な顔せずOKしてくれた。
なんだか拍子抜けした思いで見ていると、私の考えに気付いたのだろう、その相手ーーマッシュさんは無表情に苦笑を浮かべるという器用な事をしながら答えてくれた。
「別に他意はないですよ。昨日森で温冷石などに使える鉱石が採れまして、試しに造ったのが多数あるんです。女性にとって身だしなみは大事ですし、これでアルネさんと仲良くなれるのならお安い御用です」
元が美形の顔立ちなので、微笑を浮かべながらそう言われると口説かれてる気になってしまう。
金髪で金の瞳というのも神秘的に魅せてる要因だろう。
(……けどイケメンは性格悪いの多いしね、あの神様とかを筆頭に)
なんて心の中で失礼な事を考えていると、マッシュさんは腰に下げていた袋を差し出してきた。
私が受け取ろうとするとティナさんが先に取って、青い瞳でマッシュさんを睨みながら無言で中身を確認する。
「粗悪品だと温度管理が出来ないから、火傷や凍傷の原因になるの……これは私が使うから、アルネさんには代わりに私のをあげるわ」
「まったく信用されてませんね僕」
そう言って苦笑するマッシュさんを横目で睨みながら、ティナさんは自分の袋を私に渡した。
お礼を言って受け取ると、今まで黙々と歩いていたジルさんが口を開く。
「今日はこの四人と案内役の子供、確かリンといったか。五人で森の奥まで言ってみようと思う。その間に採取の手伝いをしてもいいが、ティナはアルネとリンのそばを離れない事。マッシュは俺の目の届く範囲に必ずいるように。それとマッシュ、そのリュックを渡してもらうぞ」
「この中には採取に使う物も入ってるんで、ちょっと困りますね。それとこんな所で今日の予定を言わなくても、宿舎で言っても誰かが聞き耳を立てたりはしませんよ」
「……採取に使う場合は渡す。それと森の所有権はクスクの町の人間にある、そのリンが許可しない限り採取は出来ないぞ。本当はお前が付いてくるのも許可はしたくないんだ、せめてそれ以外で慎重にならないと、おちおち護衛も出来ん」
厳しい顔でマッシュさんからリュックを受け取りながら、ジルさんは空を見上げた。
茶色い双眸わや細め、そして苦々しそうに呟いた。
「……雨か」
その視線を追うように私も空を見ると、遠くの方が僅かに曇っている。けれどまだまだ遠くのほうだし、風向き次第ではこっちに来ない可能性もあるーーとか思っていると、ティナさんが私の肩を指で叩いてきた。
「ジルは『風の精霊』に好かれてるから、風向きとか天気とか百発百中なのよ。ま、それでも聖霊法は使えないんだけどね」
…………ん?
今ティナさんからファンタジーな言葉が聞こえた気がするけど、えと、精霊?
「聖霊法は一部の神職者か王都勤めのエリート騎士くらいしか使えない。俺は田舎出身の派遣騎士なんだから、体力と剣の腕があれば十分なんだ」
「…………」
ジルさんが苦笑している横でマッシュさんが見た事ないくらい不愉快そうな表情をしているけど、そんな事より今の会話に理解が追いつかないよ。
というか聖霊法ってどこかで聞いたようなーーあ!?
「確か、聖霊法って神父さんが言ってた!!」
「無駄話をしてないで早く町に行きましょう。雨になるのなら尚更です」
え、何でこんなにマッシュさんは機嫌が悪いんだろう?
そういえば前にジルさんから、錬金術師に魔法うんぬんの話はダメって言われたけど、もしかしなくても聖霊法って……
「ティナさん、聖霊法って具体的に何なんですか?」
「具体的にって言われても、私もそんなに詳しく知っているわけじゃないわ。ただそうね……錬成具では起こせない事が出来る、常識破りの技術ってところかしら? 身近な人で聖霊法に詳しいのは教会関係者だけど、ここの場合は本を読んだほうが安心ね」
た、確かにあの神父さんに聞くのはどうかと私でも分かる。
でもそうか、錬金術師の常識が通じない技術だからマッシュさんはこの話を嫌がるんだね。
それにしても、神父さんは魔法使いって事だよね……う〜ん、黒いローブで鷲鼻なお婆さん魔女が私のイメージだったから、肩透かしをくらった感じだ。
先を歩く男性二人を尻目に話していて、町の入口である石造りの出入口が見えた時、私はある事実に気が付いて驚愕した。
(ーー私、今日は一人で歩いてこれた!!)
文面は至って普通の事を言ってるんだけど、この身体の貧弱さを知っている本人としては重大事件である。
もっと重軽石に慣れるように昨晩練習はしたけど、テスト前の一夜漬けじゃあるまいし、そんな簡単に結果が出るとは……え、私って実は神様として色々な能力を持っていたりして、少しの努力で大きな成果を得られたりするのかもーーと、それは単なる冗談だけど、ここまで歩いてこれたのは事実だ。
日々成長しているんだなと妙に嬉しくなっていた私のテンションを、マッシュさんの一言が地獄へ突き落とした。
「あぁ、そういえばアルネさん。昨日と比べて行軍靴で歩きやすかったでしょう? 極端な命令にならないように制御する重軽石を今朝早くに付け足しておきました。上手くいって良かったです」
聖霊法の話をしたお返しとばかりにそう言ってきたマッシュさんーーうん、自分に自信を持っちゃってごめんなさいです。
というか、ぬか喜びも甚だしい。いや、ちゃんとお礼は言うけどさ。その気遣いは本当にありがとうございますだけど。
あと私の落胆した顔を見て微妙に笑いを隠せてないからね、騎士のお二人さん!!
詰め込もうと思えば出来ますけど、ここだけ他と比べて凄く長くなるので一旦区切ります。
神父の使った聖霊法に質問しなかったのは白い靄が自分以外に見えてないようで、言ったら変な子と思われるんじゃなかろうかと心配しての事です。
決して忘れてはいません。
ファンタジー小説の説明部分を読むのが苦痛な人(私も含めて)もいますので、特殊な単語が出ても説明は小出しになります。
アルネが興味を持たなければ説明無しも有り得ます。




