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第一章・五話〜テラレマの森・前編〜

「神父の態度にはいつも通りむかつくが、アルネが名前を呼ばせるとはな。あの男は気に食わない相手には子供でも容赦ないから、最初は耳を疑ったぞ」


食堂で夕食を食べていた私とティナさんの所に来て、ジルさんは開口一番そう言った。

書類を書く作業がそんなに嫌だったのか不機嫌な顔だったけど、その作業自体はすぐに終わり、その後の詳細決めが苦痛だったらしい。


「詳細決めですか?」

「それを言う前に夕飯を食べさせてくれ。あの神父、自分は昼を持ってこさせて食べてるのに、私や町長殿には出さなかったんだ。お陰で腹が減りすぎて目が回りそうでな」


野菜入りスープやパンをせわしなく食べるジルさんを見て、私も自分の食事に戻った。

ティナさんはスプーンでジルさんに食べさせようとしてたけど、ジルさんが半眼で睨んだのでそそくさと自分の食事へと戻る。


「それにしても、温冷石おんれいせきですか? 物を温めたり冷やしたり出来るなんて凄いですよね」

「まぁ、食べ物の温め直しに使うような安価じゃないし、普通の家では見ないわよね」


さり気にティナさんから『普通の家で見ない=知らなくて大丈夫』と言われ、もう少し言葉は選ばないとなと改めて思わされる。

今更な感じは否めないけど。


「食べ物の温め直しや暖炉には薪を使うのが普通だ。薪なら拾ってくればタダだし、温冷石は高くはないが安くもない。騎士は緊急用として何個か支給されている」


腰に下げた皮袋から、ジルさんは何個かの石をテーブルに置いた。

大きさはビー玉くらいで、透明の中に赤や青の模様がある。まさにビー玉みたいだけど、これも立派な錬成具らしい。

温冷石の中にある模様によって温かく出来るか冷たくできるか決まり、赤のみなら温め用、青のみなら冷まし用となる。

どっちの色も入っていたら両方に使えるけど、その分使える時間が少ないそうだ。

また、模様の多さによって使える時間も決まり、模様が多くて両方の色が入っている温冷石は自然と高額になる。

低品質は安いけど、その分早く使えなくなるーーと、夕食の時スープ鍋の下にあった温め用らしい鍋敷きを見てたらティナさんが教えてくれた。


「あの敷物には温冷石の出力を安定させる仕組みが付けられてるの。温冷石は濡らすか火に近づけると発熱か冷却のどちらかに反応するわ。ただ剥き身のままだと出力を調整できないから、敷物無しだと発熱し過ぎで鍋を溶かしちゃったりするけど」


……ついでにこうも言ってたけど、そんな物を持っていて大丈夫なんだろうか。


「け、けど見た目は綺麗で宝石みたいですよね、温冷石って」

「そうだな。錬成方法は意外と簡単らしくて、新人錬金術師の良い小遣い稼ぎになっているそうだ。だからこんな田舎の派遣騎士にも支給されるんだがな。しかし使い方を間違えると火傷や凍傷じゃ済まない事もある。昔あった話だと、赤の模様が入った温冷石を繋げてネックレスを作った貴族があるパーティで誤って温冷石のネックレスを濡らしてしまい、超高温となったネックレスは貴族の首を切断ーー」


なぜか思わぬ方向に話が飛んでいき、結局私は夕食を食べ終わるまで、ジルさんの語る本当にあった怖い話を聞くはめになった。

……そういえば、朝見かけた金髪の騎士の人は見かけなかったな。







泊まってる部屋に来るという事で先に戻り、くつろいでいると、ジルさんが一人の騎士を連れてやって来た。

ティナさんは夜食まで訓練があるとの事で、ここにはいない。


「こんばんは、アルネさん。僕は信徒騎士団兼錬金術師のマッシュ・バックワイヤー、いや、錬金術師兼信徒騎士団かな? どっちにしても宜しくね」

「ーーえ!? こっ、こんばんは……えっと」


開けた窓から何の気なしに外を見ていた私は、現れて自己紹介をする騎士が視界に入った瞬間、声を上げてしまった。

それは、朝の食堂で見かけた金髪の騎士の人だったのだ。

今は洋燈ランプ蝋燭ろうそくの光で橙色にしか見えない髪だけど、艶があって綺麗な天使の輪っかが出来ている。

鎧はジルさんのようなフルプレートではなく、後方支援の部隊や女性騎士と同じハーフプレートだ(呼び方はティナさんが教えてくれた)。

ただ鎧には細かな装飾が施されており、騎士団の人とは一線をかくす人というのを暗に伝えてくる。

けど、なんで私は自己紹介をされてるのだろう……混乱しているのに気付いてくれたのか、結構近い距離にやって来ていたマッシュさんを下がらせ、ジルさんが溜息混じりに言った。


「神父……様の提案だ。錬金術師の名前を覚えていたのなら、例え他の錬金術師でも記憶を戻すきっかけになるかもしれない、とな。私はそうは思わないんだが、反論できるものが無いのも事実だ」

「団長殿、僕は何も気にしていませんから大丈夫です。それより、あのバイキング殿と関係があるかもしれない少女と知り合えた事が僕にとっては重要です」


あのバイキング殿って言われても、私全然知らないんですけどーーそんな心情など関係なく、マッシュさんは語り続ける。


「それに、こんな子供の前で教会派だ騎士団派だのとわめき散らすつもりもありません。僕は確かに教会派筆頭の神父様に近しい人間ですけど、信徒騎士団専属錬金術師なのもまた事実。団長殿には公平な目で見てもらいたいですね」

「……そんな派閥の事など、毛頭から心配していない。それとその呼び名は止めてくれ、このクスクの町及び教会守護に就く騎士に上下はない。私もお前も単なる一人の騎士だ」

「分かりました、ジル殿」


見た目はジルさんより十以上年下に見えるのに、マッシュさんは異様な雰囲気を持っている。

この人は信用したらダメな気がして睨むように視線を送っていると、マッシュさんは肩をすぼめ「参りました」と呟いた。


「こんなに警戒されたら、今後一緒に行動する時に問題になりません?」

「一緒に行動って……どういう事です?」

「アルネ。それを今から説明するからとりあえず椅子に座らせてもらうぞ」


二人が座ったので、私も窓際から移動して椅子に座る。と、木扉が無遠慮に叩かれ、私が返事をする前にティナさんが入ってきた。

最初にこやかだったのにマッシュさんを見た瞬間分かりやすいくらい顔をしかめ、ジルさんを見つめ、大きな溜息を吐く。


「ジル……」

「これは奥方殿、こんばんは。訓練はもう終わりですか? でしたら一緒に今後について話し合いましょう」

「……とりあえず座ってくれ、ティナ」


マッシュさんの言葉に殊更ことさら顔をしかめたティナさんだったけど、ジルさんに促され渋々椅子に座った。

その行動を満足そうに見ながら、マッシュさんが懐に手を入れたーー瞬間。


「それ以上動いたら、右手とさよならする事になるわ」

「おっとこれは失礼。ただ煙草を取り出そうと思っただけだったんですが、警戒させてしまいましたね」


私が気付いた時にはもうティナさんの手には抜き身の剣が握られていて、懐に入れられたマッシュさんの腕に添えられている。

しかしマッシュさんは慌てる事なく、平然とした口調で謝り、ゆっくりと手を懐から出した。

その手には小さい銀箱が握られていて、中には葉巻が数本入っていた。


「子供がいるんだ、煙草は控えろ。それとティナ、アルネが怖がっているから剣をしまえ」

「確かに子供の前で煙草はダメですね。奥方殿も無闇やたらに剣を抜いては子供に悪影響と思いますよ」


飄々(ひょうひょう)とした言い方にジルさんやティナさんが怖い顔をするけど、文句は出さなかった。

それより私としては、さっきから蝋燭の光を反射して光る剣が怖くて仕方ない。

剣を鞘にしまったティナさんが私を見て、小さく「ごめんね」と呟いて頭を撫でてきた。

怖かったと一瞬言おうと思いーーやめた。

マッシュさんが警戒させるような行動も悪いし、そんな事を言ったらティナさんを傷つけそうだ。

ティナさんは反省してるみたいだし、何か言っても可哀想……だよね。

震える手をギュッと握りしめて、私は口元もギュッと閉じた。


「来たのだからティナにも説明する。構わないな?」

「僕は気にしませんよ。奥方殿はアルネさんを気に入ってるみたいですし、アルネさんにとってより良い環境を整えてください」

「……その奥方殿って言い方は止めてもらうよう、何度も言ったはずよ?」

「そうでしたか? 錬金術以外に脳を使う事がないので些事さじはすぐ忘れてしまうんですよ。次から気をつけますね」


しかめっ面の二人に対して、マッシュさんはほとんど微笑で応えている。

ティナさんの呼び方云々の時は何か考えるような表情だったけど、すぐに微笑に戻していた。

バカにしたような態度が生来なのか演技なのかは分からないけど、私的にはお近づきになりたくないタイプの人だ。

これからこの人と話さないといけないかと思うと、気が重い。


「喧嘩腰になるなティナ。マッシュも一言多いぞ、あとその呼び名はやめろ。ティナはまだ独身だ」

「分かりました、団長殿の命令ですので呼ばないようにします」

「……俺も団長じゃないと……まったく話が進まん、呼び方の話は後にするぞ」

「わかったわ」

「承知です」

「アルネ、眠いと思うがもう少しだけ我慢してくれ。今日中に伝えるように神父……様に言われていて、それをしなかったらコイツからどう伝えられるか分かったもんじゃないからな」

「わ、私は大丈夫ですよっ」


いきなり名前を呼ばれ素っ頓狂な声が出てしまったけど、何とか大丈夫とだけ伝える事が出来た。

さっきまで空気みたいな扱いだっので、ちょっと欠伸をしただけなのに、ジルさんには見られていたみたいだ。

子供の身体のせいか疲れてるのか分からないけど、結構眠いのは事実である。

「僕は間者かんじゃじゃないですよ」とマッシュさんが言っているけど、ジルさんは無視して話を進めた。


「アルネには言ったが、マッシュがこれから行動を共にする事になった。ティナには後で詳細を伝える。またそれに伴って、テラレマ教会から正式な形での依頼書が発行された。教会からの正式書類に騎士団は従わねばならない……その内容なのだが……」

「どうしたの、ジル?」

「いや、なぜ今更こんな事をと思ってなーー内容はテラレマの森の調査と探索、調査メンバーは俺、ティナ、マッシュ……それと、アルネもだ」

「私も、ですか?」

「ちょっとそれ、おかしくないかしら? コイツが纏わりつくのと森の調査まではいいとして、何でアルネさんまで一緒なの」


ティナさんの疑問に私も頷いて同意する。マッシュさんが付く事になったのは神父さんに変に警戒されたからだと思うし、森の調査はよく分からないけど、依頼するくらいだし必要なんだろう。

けど、なんで私がそれに同行しないといけないの?

前の世界にいた時も体力はなかったけど、子供の身体になった今は薄幸の美少女レベルで体力が無い。

……薄幸の美少女は体力が無いってのは勝手なイメージだけど、とにかくそんな子供を一緒に連れていって、調査なんてろくに出来るわけない。


「私が書類作成に同伴していた時は、アルネについての記述はなかったのだ。それをさっき食堂で、マッシュから加筆分だと渡された。正式書類への加筆に不満がある場合、王都の教会本部へ申し立てをしなければ無効にはできないのは知ってるだろ?」

「私だってそれくらい知ってるけど……」

「ちなみに手紙でお伺いを立てるだけでも往復で数ヶ月、『送受信そうじゅしん』の錬成具を使えば距離など関係ありませんからもっと早く申し立て出来ますが、それでも数週間はかかります。しかも、この辺境の地で送受信の錬成具を持ってるのは教会本部から貸与された神父様だけです。あ、いくら僕でも神父様から借りれませんよ」

「……実質、拒否しようがないわね。教会関係者だけあって姑息な手が得意よね」

「僕もズルい手だとは思います。しかしこの件は神父様が勝手にやってるので僕は無関係ですから。ティナさんの教会批判も、この場は聞かなかった事にします」


ティナさんの発言に問題があったのは分かったけど、それを聞かなかった事にする理由が思い浮かばない。

それこそ逐一行動や発言を神父さんに報告するのが教会派のマッシュさんの仕事だと思ったけど、本人は微笑のまま「何度も言いますが」と前置きして私の疑問に答えてくれた。


「確かに派閥的には教会派ですけど、その中でも細かく分かれてるんです。僕は神職の人達が権力を持つ事や、貴族が甘い汁を吸う事を容認していません。教会派の大多数は新訓示本を推奨してますけど、僕の場合は、そうーー神様の御言葉のみを信じてますから。なので神父様の仲間であっても、味方じゃないんです。警戒するより仲良くしましょう」


にこやかに握手を求めるマッシュさんに、ジルさんは厳しい顔のまま握手を返し、ティナさんは心底嫌そうな顔をして手を払いのけ、私の方にマッシュさんが近寄ろうとしたらーー


「アルネさんからいちマイ以上離れなさい。それ以上近づいたら容赦しないわよ?」


ティナさんが私の前に立ち、剣の柄を叩きながらそう言った。

守られている感をビシビシ感じて、ちょっと気分が良いーー女騎士に守られる絶世の美少女(自分で自分に惚れちゃいそう、何て罪な顔!!)か、小説とかで有りそうなお話だよね。

ちなみに後で聞いたけど、『マイ』というのはこの世界での長さの単位らしい。


「まぁ、神父様がくだんの錬金術師殿を呼び寄せるまで早くても一週間はかかるでしょうから、それまでの間に仲良くさせてもらいます。それでは夜食の時にでもーー」


ティナさんの注意を意に介さず、マッシュさんは部屋を出ていった。木扉の閉まる直前、その口元には笑みが浮かんでいた。

彼が出ていくと、私達三人は疲れを吐き出すように溜め息を吐いた。

底のしれない不気味さはあるけど、一応友好的ではあった。全面的に信用は出来ないけど、過敏に警戒しすぎるのもマッシュさんには悪いと思うし、夜食の時に会ったら握手くらいはしていいかも。

すると、ティナさんが申し訳なさそうな視線を向けてきた。


「ごめんね、怖がらせるつもりは無かったの。私も出来る限りアルネさんの近くにいるようにするけど、あの男にはアルネさんも注意してね?」

「き、気にしないでください。ティナさんは私の代わりに警戒とかしてくれてるんですからっ」

「ティナには例の錬金術師が来るまでアルネの保護者として行動を共にしてもらう予定だ。必要最低限の訓練だけで良いようにするから、マッシュとアルネの二人で会うという状況を作らないようにしてくれ」

「訓練が休めるのなら願ってもないわ。何なら護衛として北の忠都まで付いて行ってもいいし」

「そういった話は錬金術師がアルネの事を知ってるかどうかで決まる。今は何とも言えないぞ」

「あ、あの……」


おずおずと言った声に、二人が不思議そうな顔をする。多分、私の顔が緊張で強張ってるせいだろう。

そんな二人に心配させるだけと分かってるけど、意を決して私は聞く事にした。

正確には、言わずにはいられなかったんだ。


「神父さんは、どうして私を気にするんでしょうか?」


思い返せば昨日、『奇跡の大地』というこの世界に来てから半日も経たずにジルさんは私の所に来た。理由には、神父さんの事が絡んでいた。

錬金術師のマッシュさんが私に付いて回る事になったのも神父さんからの指示だし、拒否が出来ないようにしてまで森の探索に私をくっ付けたのも……これだけ聞いて、不安にならない方がおかしいと思う。

努めて普通に言ったつもりだけど、声はほんの少しだけ震えてたみたいで、ティナさんが泣きそうな顔で私を抱きしめてきた。


「神父が固執するのは私も分からない……だが、絶対アルネに危害が出ないようにする。信徒騎士団は民の為にこそ有り、民の為にこそ動くものだからな」

「騎士団とか関係なく、私はアルネさんの事を気に入ってる。だから守るわ、どんなやつからもね」


ジルさんが苦笑混じりに頭を撫で、ティナさんは抱きつく力を少しだけ強める。

それだけで不安な気持ちが和らいでいって、すると気が抜けたようにお腹がくぅと鳴った。

私は顔を真っ赤にしながらも、二人と一緒に夜食を食べに部屋を出る。


(裸で森の中に転生とかヒドいって思ってたけど、こんなに優しくしてくれる人達に出会えて私は幸運だったんだな)


思えばこの世界に来て、私は優しくしてもらってばかりなのだ。その事実がこそばゆくもあり、嬉しくもあった。

そして夜は更けていったーー

思ったより長くなりそうなので前後編とします。

頭の中では物語はかなり進んでいるのに、文字にするとまったく進まない不思議。

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