第一章・四話〜テラレマ教〜
「あの、そういえば町の子に御印っていうのを聞いたんですけど」
そう尋ねるとジルさんは一瞬驚いたような顔をして、次いで半眼でこちらを見る。
……あ、確実にそれまで忘れてるのかって顔だ。
「御印はとても重要よ。この奇跡の大地で生きる者にとっては、それこそ命と同じくらいと言っても過言じゃないわ」
ティナさんがうなじを見せるように髪を持ち上げ、私を手招きする。
促されてうなじの部分を見ると、円形の刺青があった。いや、話からして御印という痣になるのかな。
ジルさんは付けていた籠手と手袋を外して、掌の上を見せてくれた。
親指の付け根辺りにティナさんと似た円形の痣があるけど、こちらは塗られたように黒ずんでいた。
「大体女性は胸から首すじまでに、男性は肩から掌の上までの何処かに御印がある。部位こそ違えど獣や魚にも御印はあり、テラレマ教ではこれを奇跡の大地に住まう証としている……ちなみに大地とあるが海も創造神テラレマの生み出したものなので、そこに住まう魚にも御印があるのは当然だ」
ん? でもその話が本当なら私に御印が無いのはここに住む権利がないからかな?
それとも別の世界から転生したから色々基準が違うとかーーあ。
そういえば私、神様だった
(神様の私がここにいる権利を神様から貰うっていうのは変だよね。というかこの世界の神様ってどうなってるんだろう? 創造神テラレマーーさんは、まだこの世界にいるのだろうか。奇跡の大地に来たのはてっきり神様がいないから、その任に付く為だと思ってたけど……これってもしテラレマさんがいたら私って凄いトラブルメーカー?)
今まで考えなかった別の神様の存在に一人ハラハラしていると、ティナさんが「それはそうと」と声を出す。
「また神父と揉めたわね、ジル。今度は何を言われたの?」
「……その事でアルネに話がある。私としては非常に不本意で不愉快極まりないが、神父が君と会いたいそうだ」
「え、会うって言われても何を話せば。今までのを聞いていて会いたくないんですけど、断ったらダメなんですか?」
「実質教会関係者の方が騎士団より権威が上なので、半ば強制めいたものなのだ。済まないが断ると後々厄介になる」
苦々しそうに呟くジルさんを見て、断るのは無理だと分かった。
けど、記憶喪失の子供に会って何を喋るつもりだろう。
普通に心配だったから声を掛けると考えれたらいいんだけど、昨夜の私兵を送り込む云々とか、さっきの教会派とか聞いてたら、何か裏があるような気がして怖い。
(そういえばあのまま町にいたら今日は町長さんに会う予定だったはずだけど、それはもういいのかな?)
何だか、いまいち自分の今の状況を把握できていない。
一応は記憶喪失の子供としてくれているけど、ジルさんもティナさんも信じてるかと言われたら……そもそも何をどうすれば神様に成れるのか、今は単なる美少女でしかない私なのだ。
う〜ん、まさか自分を美少女と呼ぶ日がくるなんて……
「はぁぁ」
「溜息を吐きたいのはこちらも同じだ。神父は君がテラレマの森で保護された時から妙に気にしていたからな。それが普通……ではないが、単なる記憶喪失の子供だと分かれば、とりあえず気に病む事はなくなるはずだ」
個人的には神父さんの考えより今後の事で悩んでいるのだけど、もちろんそれを言えるはずもなく、私は曖昧に笑う事しか出来ないのであった。
「信徒騎士団のジル・セントメントだ。記憶喪失の子供を連れてきたので神父様に取り次いでくれ」
ジルさんの案内で私は騎士団宿舎から離れ、クスクの町にある教会に来ていた。
教会の門扉の前では子供達が地面に落書きなどして遊んでいたけど、ジルさんの姿を見ると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
騎士とか男の子なら憧れそうだけど、ジルさんも苦笑しながら地味にダメージ受けてるっぽい。
ちなみにティナさんは宿舎の方に残っている。本人は神父さんから私を守るんだと息巻いてたけど、ジルさん曰く訓練などをサボる理由が欲しいみたい。
同行を却下された時はジルさんにしなだれかかって見ちゃいけないような雰囲気を出そうとしてたので、私は慌てて廊下に出た。
扉を閉める前にジルさんも出てきたので、手篭めにされる前に逃げれたのだろう。
うん、本当ごちそうさまです。
「申し訳ありません、神父様は町の方々とお祈りを捧げております。騎士団の方が来られた際は部屋に通すよう言付かっておりますので、しばらくこちらにてお待ちください」
ジルさんが話しかけた修道服っぽいのを着た男性に部屋まで案内され、飾り気はなくても豪華な調度品の置かれた部屋に通された。
待合室にしては凝ったデザインのテーブルやソファがあり、ジルさんに聞くとこの部屋は貴族専用の待合室らしい。
いわゆるVIP専用なんだ……けど、なんでそんな所に案内したんだろうか。
疑問を浮かべながらソファ(凄くふかふか!!)に座っていると、「神父様がいらっしゃいました」と声がして扉が開いた。
「……待たせたな」
「いえ、来たばかりなので」
神父さんらしき人が入ってきてジルさんが立ち上がったので、私も思わず立ち上がろうとしたら手で制されて止められた。
その後ろには町の人っぽい服装のおじさん、修道服の男の人が続き、神父さんとおじさんは対面のソファに、修道服の人はその後ろに立って控えた。
「ご苦労だった、ジル・セントメント。まさかお前まで同席するのは意外だったがな」
「『ただの』記憶喪失の子供を連れてきただけですので、苦労も何もありません。子供ーーアルネと言いますが、彼女が神父様に粗相をしないよう同席させてもらいます」
「ふん、相変わらず我らと迎合する気の無い男だな」
ただの、という所を強調して言うジルさんに、冷ややかとも言える笑みを神父さんは向ける。
……五十代くらいかな? 髪量が少なくて後ろに梳かれた暗緑色の髪に、似た色合いの目。肌の色も隣のおじさんと比べるとかなり色白で、色合い的にこっちの人じゃないようだ。
スラリとしているというよりも痩せぎすの神父さんは、神父じゃなくて死神のほうが顔的に似合ってると思う。
「騎士殿、神父様にそのような言い方は」
「……なぜ町長殿がいるのですか」
「身元不明の迷子を町の者が保護となると、町の長として確認しておかなければ問題ですので」
「ならこれは騎士団と教会の問題であるからしてーー」
なんと、おじさんは町長さんだったみたい。
確かにこの地域特有の青髪で、服装もリン君達より少し上等? に見えなくもない。
ちなみに騎士団宿舎には捨て子や身元不明な子供用として、肌着や下着がいくらか置いてあった。
ので、私は今はスースーしていない!
まだブツブツと言ってる町長さんにいい加減焦れたのか、ジルさんが神父さんの方を向いた。
神父さんもその強い視線から目を逸らさずにいるため、なんと言うか、非常に気まずい。
……仲が悪いもここに極まれりって感じだよね。
「まぁよい、お前が居ようといまいと私には関係ないのでな。子供よ、記憶喪失でも自分の名前は覚えておったのだな?」
「……」
私は神父さんの問いに無言で頷く。
ここに来る前にジルさんに言われたのが、できるだけ喋らない事だそうだ。
搦め手で失言を狙い、そこから一気に切り崩してくるので、言葉は少ない方がいいとーーいや、切り崩すって何を?
初めて出会う子供の失言狙うとか無いよねとは言えない程ジルさんは警戒していたので、とりあえずそれに倣っておく。
さっき中途半端にジルさんに無視された町長さんもこちらを見ているけど、こちらも特に何も言ってこない。
「彼女は記憶の混濁が見られ、上手く喋れません」
「昨日保護した家の者達は、そうは言っていなかったぞーー町長」
「は、はい。確かに保護をした家の長、セイムの話によるとよく喋り、よく食べ、楽しげに子供達と話していたと」
私って、そんなによく食べたっけ?
ぽっちゃり神様は、うーん……私的に無しだな。
「町長殿、記憶の混濁は昨夜からです。その証言は当てになりません」
「確かにな。昨日を知っていても今日が同じとは限らないーーだがジルよ、私は『聖霊法』が使えるのだ。子供の嘘などすぐに見破れるぞ」
ジルさんが渋面を作ると神父さんは満足したように笑みを浮かべて、後ろには控えていた修道服の人から本を受け取った。
宿舎で見た旧訓示本より厚めで、新訓示本みたいな無駄な装飾は無い。
「創造神テラレマから力を借りられるのは選ばれた神職のみ。聖典の祝詞を無料で聞け、聖霊法という奇跡の場面に立ち会える事を光栄に思うがよいぞ、アルネとやら」
聖霊法が何かを聞く前に、神父さんは聖典を開いて何やら呟く。
どうやら私には理解不能な言葉のようで、外国語を聞いてる感じのまま、それは続く。
ジルさんも町長さんも固唾を飲んで見守っている中、神父さんに変化が現れた。
正確には、神父さんの目の周りだろうか。
聖典から滲み出た白い靄のようなものが神父さんの目の周りに漂い、私に伸びてくる。
その様はまるで、意思を持ってるみたいに見えなくも無い。
(うぇ!? 気持ち悪い!!)
ジルさんとの約束どおり喋らない私は、その生き物めいた動きをする煙を手で払おうとする。
私の行動にジルさんは目を白黒させていたが、あんな得体の知れないものを見せられたら誰だってこうするだろう。
だけど、靄は手を振った風など関係ないようで、徐々に私へと迫ってくる。
触っていいのだろうか、触ったら被たりしないだろうかーー考えてる間にも靄は近づいてくるので仕方なしに私は手で触れて払いのける事にした。
「いっーー」
「ぐぬっ!?」
触れた瞬間静電気が走ったような痛みがして、声が少しだけ出てしまう。
それは神父さんも同じみたいで、呻き声をあげて身体を仰け反らした。
触れた白い靄は一瞬で消え、またすぐに聖典の周りを漂いだす。
「神父様!?」
「大丈夫かアルネ!?」
町長さんが驚いて神父さんに声をかけ、ジルさんは顔をしかめていた私に声をかける。
立場的に神父さんを優先したほうが良いと思ったけど、心配してもらうのは素直に嬉しい。
大丈夫というように微笑を返したら、そこに神父さんの動揺した声が響いた。
「馬鹿な!? 聖霊法の心眼が弾かれただとっーー有り得ん、普通の人間が聖霊法に抵抗しるなどーー」
苦々しげに視線を向ける神父さんがハッとした顔をして沈黙し、独り言を小さく呟く。
そんな神父さんの態度を、心配というよりは不気味そうに見る町長さんと、自然な動作で立ち上がり、私を隠すように移動して剣に手をかけるジルさん。
何度も言うけど、その態度は後で問題にならないのかな?
まぁ今の神父さんが怖いので、非常に助かるけども。
「……その行動は教会に対する不信に取られるぞ、ジル・セントメント。とりあえず座りなさい。それと今朝取り調べをしたはずだが、名前以外では何が分かった?」
キツい視線をこちらに向けたまま、神父さんはジルさんを窘める。
渋々、しかし柄に手は添えた状態でジルさんは座り、今朝の事を話した。
といっても名前以外で分かった事などなく、私が何の気なしに呟いたバイキングという錬金術師の名前と、北の忠都近辺の出じゃないかという予想が語られるだけだった。
「その錬金術師ならツテがあるので、私がこちらに呼び寄せよう」
「……本当ですか?」
「私個人としては王都支部まで連れて行くのは構わんが、この地を預かる神父として、ただでさえ少ない騎士を子供に付けるのは承諾しかねん」
確かに、片道で一ヶ月以上かかる旅程なのだから往復だと二ヶ月以上は確実だろう。
ここにいる騎士達を迷子のお供として出すより、こっちに来てもらったほうが安心である。
そこに文句はないらしく、ジルさんも頷いている。
……というか、神父さんは私の名前を知ってるはずなのに一回も呼ばないよね。
あれかな、聖霊法っていうのを邪魔されたから警戒してるのかな?
あの白い靄は「こっち来るな!!」って強く思ったら近づけないらしく、聖典の周りを漂ってる。
全然消える気配がない事から、明らかに異質なものって分かるけど、結局私には分からないんだしと放置中であった。
これこそ異世界というやつだろうか。
「分かりました、なら錬金術師の方は神父様にお任せして、私は王都支部の方に来てもらうよう連絡をーー」
「騎士団への連絡もこちらでやる、そちらにはしてもらいたい事がある」
「……してもらいたい事、ですか。念の為言っておきますが、私達信徒騎士団はテラレマ教に忠誠を誓っています。神父様個人のお言葉には従いかねます」
屹然と臆する事なく返すジルさんに、神父さんは面白くなさそうに眉をしかめ、おもむろに片手を挙げる。
後ろに控えていた修道服の人が部屋から出ていき、程なく木箱を持って戻ってきた。
「正式な書類を作成して、改めて依頼という形を取ろう。テラレマの森が関わるゆえ、町長にもサインしてもらう事になる」
「……それならば」
手際が良いのは、きっとジルさんが断るのを予想していたのだろう。
木箱から出された紙とインク瓶を使うらしく、三人で難しい顔をしながら何やら書き込んでいる。
(ここにいてもやる事ないんだけど……うーん、聖典の靄が近づいてこようとして面倒だなぁ)
聖典は無造作にテーブルに置かれておいて、というか私が触れる距離にあるのは偶然?
でも私が触ったら神父さんうるさそうだし……そこまで考えていたら、木扉を叩く音が聞こえて、次いで聞いた事のある声がした。
「失礼します。ティナ・リッカリート到着しました」
ティナさんの方に皆が顔を向けた時に合わせて、指先が付くギリギリで聖典に触れる。
聖典というか、その周りの靄にだけども。
(っ!!)
さっきの事があるので身構えていたから、何とか声を出さずに耐えきれた。
だけど我慢したおかげで、白い靄は霧散したので良しとしよう。スッキリした!!
「ティナ、アルネを宿舎まで頼む」
「分かりました」
仕事中だから凄く真面目な雰囲気のティナさんに手招きされて、私は席を立つ。
……そういえば、いつの間にティナさんへ連絡がいっていたのだろう。
まぁそこら辺は後で聞いてみる事にしよう。
それよりもーー
「神父さん、私の名前呼んでくれないんですか?」
私の声を聞いて、三者三様の反応が返ってくる。
ジルさんは何を言ってるんだって驚いた顔、町長さんは生意気な子供だって不機嫌そうな顔。
神父さんの反応はーー昨日の夜、リン君の家で最後にジルさんに声をかけた時の反応ととても似ていた。
「っぐ……う、アル、ネっ」
目を見開いて表情を歪ませ、それでも名前は呼んでくれた。
私の溜飲は下がったんだけど、ただ神父さんがこれまで以上に厳しい……というか憎しみのこもった視線を向けてくるのは何事?
別に強制して言わせた訳じゃないのに、やっぱり怖いよこの人!?
「あ、ありがとうございましたっ」
早口でそう言うと、ティナさんと足早に部屋を出た。
ティナさんは無言で私に親指を立ててウインクしてきたけど、後でジルさんに怒られそうで気が気じゃなかった。
その後、ジルさんが不機嫌な顔で宿舎に戻ってきたのは陽が傾きかけた時間だった。
タイトル変更しました。アイスランド語で「絆の物語」と読みますが、読み方は自信ないです。
また宿舎滞在期間を伸ばしたので、不自然にならないように第二話に加筆しております。




