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第一章・二話〜信徒騎士団〜

騎士団の宿舎に着いた時には私は船をこいでおり、ジルさんの背中から降りると眠くて眠くて仕方がなかった。

眠たそうな顔に苦笑しながらジルさんは私の手を引いて部屋まで案内し、「今夜はとりあえず寝なさい」と言ってくれた。

その配慮に感謝して、私は遠慮なくベッドに突っ伏す事にした。

ーー朝。かすかに小鳥のさえずりが聞こえた気がして、私は閉じていた目蓋を開けながら意識を覚醒させていく。


「……ここ、は?」


寝ぼけ眼のまま辺りをキョロキョロとして、あぁと合点する。

ここは私の知ってる世界じゃなくて、異世界なんだ。そして私は神様らしい、未だに実感はないけれど。

昨夜は周りを見ていなかったけど、改めるとやっぱり日本の風景とだいぶ違うのが分かる。

石で出来た壁や木製の、しかし和風より洋風な作りをした調度品。

壁にある獅子と王冠と剣の入ったタペストリーは、騎士団の紋章エンブレムだろうか。

ベッドに敷かれたマットや掛けてあるシーツは肌触りが悪く、日本だと買う事すら出来なそうなレベルだ。

ふと小鳥のさえずりが聞こえた窓のほうを見れば、電柱や舗装路のない、枯れ草色の大地が延々と広がる風景が飛び込んでくる。

そろそろとシーツをめくってベッドから出て、ふとある事に気づいた。

昨夜はシーツを被らず寝たのに、今朝はきちんと自分に掛けてあった。

……ジルさん辺りが夜中に来て掛けてくれたのかと思うけど、よく知りもしない人が寝てる間に近くにいたなど、ちょっとしたホラーである。

まあ、こんな貧相な子供に何かするような人が騎士をするわけないと根拠のない自論を浮かべつつ、ベッド横のテーブルにあったガラスの水差しから水を飲んだ。


「改めて見ると、中世時代の外国が一番雰囲気近いかな?」


クスクの町の家々は、テレビの海外特集などで見た風景と似たようなものだった。

ただ人々の服装は良くも悪くも貧相で薄汚れていた。漂う空気は臭くて、下水道が整備されていなかった時代は汚物を窓から捨てていたーーと考え、自分の足元を見る。

木靴は脱がされてベッドの横に置いてあったので、今は裸足だ。


「……」


無言で水差しの水を手にとり足の裏を洗っていると、部屋に木扉を叩く音が響いた。


「起きてる?」

「は、はい」


聞いたことの無い声に返事をすると、木扉を開けて入ってきたのは女性の騎士のようだった。やや紫がかった青髪に、色素の薄い青い瞳。ジルさんは鈍色にびいろの鎧だったけど、この人は白い鎧だ。

胸から肩、二の腕、膝の下ギリギリまである白い金属の長靴ブーツを履いて、全身ではなく各所を守る軽装の鎧を着ていた。

後で聞いたら、男性は鈍色の鎧で女性は白い鎧と規則で決まってるらしい。


「私は信徒騎士団第三十六分師団所属、クスクの町及びテラレマの森守護の任につくティナ・リッカリートよ。よろしくね」

「ど、どうも御蔵森或音です」

「ジルは神父に報告に行ってるから、戻るまでに食事を済ましてくれたら嬉しいかな?」


歳は二十代半ばに見えるけど、そう言って柔和な笑みを浮かべる彼女は少女のように若く思えた。


「昨夜は寝ずの見張りの日だったから挨拶に来れなかったけど、ジルに聞いたとおりアルネさん凄く可愛いのね。あ、別にジルが可愛いって言ったわけじゃないから、変な誤解はしないであげてね?」

「……私、可愛いんですか?」


リン君達の家には鏡がなかったので、私は色白と銀髪しか自分の容姿を確認していない。

一応この世界の人達を見て、自分の外見も日本人離れしていると予想は立てているけど、可愛いと言われたら気になってしまう。

これでも一応、女の子なもので。


「すっごく可愛いわ!! まるで錬金術師の造りだした人造人間ホムンクルスか、教会で語られる子供の天使みたいよ。髪の毛もどんな手入れをしてるのかサラサラだし、本当にもう羨ましいっーーと危ない危ない平常心よ私、ふう〜」


爆発するようにテンションを上げて可愛さを語ってくれたティナさんは、私が引いているのに気づいたのかハッとした顔の後、大きく息を吸って吐き、柔和な笑顔へと戻した。

……一部始終を見た側からしたらドン引きの光景である。


「ごめんなさい。昔から興奮しやすい質みたいで、それを抑えれるように騎士団に入ったんだけどね。でもアルネさんが可愛いのは本当よ、なんなら見てみる?」

「か、可愛いもの好きは女の人なら普通ですよ、それが私自身っていうのは分からないけど……鏡、持ってるんですか?」

「鏡みたいな高価なものは無いけど、錬金術師の造った錬成具れんせいぐを使えば似たようなものが出来るじゃない」

「れんせいぐ?」


そういえばさっきも人造人間ホムンクルスとか言っていたし、この世界では科学よりも錬金術が発展したのかな?

私の世界では科学が発展して錬金術は衰退したけど、不老不死とか石を金に変えるとか、この世界では出来るのかもしれない。

異世界なんだなあと改めて感心していると、ティナさんが不思議そうに首を傾げていた。


「記憶喪失は錬成具の事まで忘れるのね、それにしては喋り方や挙動ははっきりしているけど……」

「え、なんのことかぜんぜんわかんないです〜」

「そういう事言ったらますます怪しまれるわよ? 残念ながら私は小さい女の子を苛める趣味はないから良いとして」


……怪しいのは重々承知してるけど、面と向かって言われると傷付きます、はい。

「これよ」と言いながらテーブルに置かれたのは、私が片手で持てるくらいの木の板だった。塗ったのか焼いたのか分からないけど真っ黒で、指先で触ると煤みたいな汚れが付いた。


「もう水は飲まない?」

「あ、はい大丈夫です」


水差しを持ち上げながら聞いてくるティナさんに返事をすると、ティナさんはおもむろに水差しを傾けた。

コップは離れた位置にあるので、水はそのままテーブルの上にーー


「あ!?」


ーー驚く事に、零れなかった。

まるで木の板に張り付くように水は留まり、水面の揺れが収まると水面鏡の出来上がったのだ。


「一定量の液体を留める錬成具よ。別の物を造る過程で出来た副産物らしいけど、煤を塗っておけば鏡の代用品として使えるからって、今じゃ女の子の定番商品なのよ。まぁ煤で汚れるのが難点だけどね」

「すごい……これ、原理は何なんですか?」

「一回錬金術師に聞いたことあるけど、全くもって分からなかったわ。それよりアルネさん、覗いてみたら?」


恐る恐る水面鏡の覗き込むとーーそこには美少女の顔があった。

自分で言うのも恥ずかしいが、そうとしか言い表しようがないのだ。

癖のないストレートの銀髪に、大きな銀色の瞳。長い睫毛まつげも同じく銀色で、目元に神秘的な雰囲気を漂わせている。

すっと通った鼻筋も、程よいふくらみの唇も、全部のパーツが理想的で、精巧せいこうな人形を思わせる。


(……神様がブサイクだと信仰しなさそうだもんね。だからあいつはイケメン神様で、私も美少女仕様なんだ。役得やくとくってやつだ!!)


前世の私は平凡な容姿だったので、女優やモデル並みの外見というは単純に嬉しかった。

ティナさんがいなかったら確実に小躍りしてたね、多分。

しばらく自分の容姿に見惚れていたけど、そういえばティナさんから朝食を食べるように言われていた事を思い出す。


「そういえば、朝食で呼びにきたんでしたっけ?」

「は!? ごめんすっかり忘れてたわ。とりあえずそれは貸してあげるから、食堂に行きましょう」

「これの水はどうしたらいいです?」

「木の板をひっくり返すまで水はそのままだから、後で窓からでも捨ててね。食堂は部屋を出て右よ」


ティナさんが木扉を開けて先に出て、私も後に続く。廊下の壁も石造りなんだけど、据え付けの燭台と垂れ幕のような赤い布が等間隔に飾られていて、室内よりお洒落に思える。


「廊下のほうが部屋よりお洒落ですね」


前を歩くティナさんに言うと、垂れ幕は壁の蝋燭が無くなった時に燃やす緊急用なのだそうだ。


「でもどうせ燃やすなら、部屋の飾りにでも使いたいよね?」


そう言うティナさんもどうやらお洒落優先のようである。

女性は何歳になっても心は女の子のままーーや、別に歳取ってるとか思ってないから気配を察したようにジト目で見ないでください。

食堂入口と思わしき木扉にはプレートが掛けてあり、文字っぽいものが書かれている。

私にはさっぱり読めない、読めないんだけどなぜか意味だけは分かる。

ここで、私は一つの確定事項を定めた。


ーー私は神様だから、言葉とか文字とか勝手に理解出来ちゃうんだ!!


「? どうしたのアルネさん、苦笑いなんて浮かべて」

「いえ、我ながらすごい結論出したなと思いまして……」


よく分からないとティナさんは首を傾げるけど、結局は私の苦笑いの原因に触れないまま木扉を開けた。

食堂は思ってたよりも狭く、人数にするなら三十人座れるかどうかだろうか。簡素な木の長机と椅子、奥に続く扉もあるけど、そっちは調理場かな?


「それじゃここに座ってくれる? 食事は一緒に取りに行きましょう」


ティナさんに手招きされて座った長机には、既に騎士の人が何人か座っていた。

皆私の事を見るのだけど、興味がないのかすぐに目を逸らす。この地域じゃ変わった外見らしいから、何か言われるんじゃないかと内心ビクビクしていた私からしたら拍子抜けである。

それが顔に出ていたのか、ティナさんが耳打ちで理由を教えてくれた。


「ここって王都からかなり離れた地域なの。基本的に信徒騎士団員は平等と言われてるけど、王都に近いほど騎士団内での影響力は大きくなるし、正直お金も良いわ。逆に田舎に飛ばされるのは態度や家柄に問題のある者……まぁ、いわゆる左遷先が田舎なのよ。テラレマの森は教会と国によって神聖化されてるけど、超のつく田舎なのは変わらない。ここにいるのは問題を起こしたら処分されたり、面倒事に関わりたくない出世欲ゼロの奴らばっかりだから、アルネさんにも関わろうとしないわけ」


記憶喪失の見慣れない子供というのは、そんなに問題を抱えた案件なのかな……うーん、もし私が騎士団の立場なら話しかけるくらいはするけど、率先して関わろうとはしないはず。

ジルさんやティナさんの行動が特別って事なんだろうか?


「食事は朝、昼、夕、夜の四回で、食堂を利用できる時間は決まってるのよ。ちなみに朝はパンとチーズ、たまに果物ねーーっていっても美味しいものではないし、アルネさんが宿舎にいるのがどのくらいか分からないけど」

「わ、私、今日以降はどうなるんでしょうか?」

「うーん、アルネさんの話次第だけど……行方不明の子供なら捜索願が出されているだろうし、その髪色は王都近辺でしか見られないから、まず間違いなく信徒騎士団王都支部に行くと思うわ」


王都、日本でいうところの首都なのだろう。窓から見えるかぎり平原の続くこことは違って都会の方が人探しには良いと思う。

問題は私の捜索願なんて出されていない事だろう。

あの神様は、この世界の神様をやるように言っていた。でも実際何をしたらいいか分からないし、何にも分からない内にどんどん流されてる感じがする……まぁ、だからと言って何か出来る訳じゃないんだけども。


「それじゃあいただきましょう。あ、食べ方も忘れたなんて言わないよね?」

「そ、それはさすがに」

「よね、良かったわ。では改めてーー」

「いただーー」

「主よ、世界を創りたもうた創造神よ。今日を生きる糧をお与くださった事に感謝し、その御心を共に行ける喜びに我等は感謝します……はぁ」


やっぱりって感じで溜息吐かないでー!!






朝と夜には神様に感謝を捧げるお祈りをするとティナさんから教えられ、短めのフランスパンのようなものと林檎っぽい果物を食べていると、ジルさんが食堂に姿を現した。

ただし遠目で見ても分かるくらい機嫌が悪く、半眼で辺りを見回して私を見つけると、鎧をガチャガチャ鳴らしながら近づいてきた。


「起きたかアルネ。さっそくで悪いが朝食後に私の部屋に来てほしい。ティナ、案内を頼んだ」

「ジルさん? え?」


私がろくに返事も出来ないうちにジルさんは食堂を出て行き、隣でティナさんが盛大な溜息を吐いた。


「あれはまた神父と衝突してきたわね。アルネさんごめんなさい」

「いえ、気にしてないですけど……確か今朝は神父さんに私の事を伝えに行ってたんでしたっけ? その時に喧嘩したって事ですか?」

「喧嘩っていうか、まあ、大体ジルと神父は意見の食い違いが多々あるし、会いに行った後不機嫌になるのはよくあるわ。テラレマ教の神職につく人達は変わり者が多いし、合わない人がいるのは珍しくないんだけどね」


果物をナイフで綺麗に剥いて(中身も林檎そっくりだ)食べるティナさんの言葉に、私は違和感を覚える。

信徒騎士団の人達はテラレマ教を信仰しているんだと思うけど、それにしてはティナさんの言葉は辛辣しんらつである。

普通信仰してる宗教の神父さんなら、尊敬はしても喧嘩はしないんじゃないのだろうか……それともジルさんやティナさんが変わってるだけなのか、テラレマ教や信徒騎士団を殆ど知らない身としては、答えの出ない疑問であった。

ジルさんを待たせてるので足早に朝食を済ませ、使った木製の食器類を片付けようとしたらティナさんに止められた。


「ここでは自動人形ゴーレムが雑務をこなしてくれるから、置いたままで大丈夫よ。むしろ仕事を取るなって怒るかも、意思があればだけどね」

「ゴーレム?」


すると奥の方にあった扉が開いて、中から……ええと、何、あれ。


「なんかやたら大きいゼリーみたいのが出てきたんだけど……」

「あら、ゼリーは覚えてるのねアルネさん。あれは軟質自動人形のメアリーさん、だいぶ前に騎士団にいた錬金術師が造っていったの。身体は弱酸性だから触っちゃうとピリピリするからね」

「な、何か思ってたのと違います! もっと岩とか金属で出来た大きなのを想像してました」

「硬質自動人形もいるけど、掃除や食器洗いは軟質の方が便利よ。しかもメアリーさんは知能も高くて、身体に食器を取り込んでも汚れだけ溶かすし。お風呂場のカビだって逃がさないプロなんだから」


メアリーさんは青い身体をプルプルさせながらこっちに近づくと、長机の上の食器を飲み込み、またプルプルと別の食器を取りに行った。

……あれってあの後水で洗うよね? 綺麗になったとしてもメアリーさんから取り出してそのまま使ったりしてないよね?

そこはかとない不安を覚えながら、ティナさんに付いて食堂を後にした。

と、木扉を閉めきる直前一人の騎士と目が合った。食堂にいる人達の中で唯一の金髪で、この地域出身じゃないのが分かる。

中世的な顔立ちで男か女か分からないけど、かなりの美形である。

そんな美形の騎士は、大きな金の瞳で射抜くように私を見ていて、途端ぞくりと寒気がした。

時間にすれば一秒あるかないかで扉は閉めたけど、なぜか私の脳裏に金の瞳はいつまでも残り、しばらく忘れる事が出来なかった。







「入るわよ、ジル」

「し、失礼します」

「……せめてノックをしろ、ティナ」


ジルさんの言葉通りノックしないで扉を開けたティナさんにオロオロしたけど、ジルさんが苦笑交じりに文句を言う姿は気さくというか、二人の距離感が近いんだなと感じさせる。


「お尻にあるホクロの位置を知ってる間柄なのに、何を今更恥ずかしがってるの」

「恥ずかしがってるんじゃない、たしなめてるんだ。あと子供の前で不用意な発言をするな」

「アルネさん、意味わかる?」

「なにを確認してるんだ!?」


私が返答に困ってるとティナさんは悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ごめんなさい」と軽い感じで椅子に腰かけた。

……うん、意味なら充分にわかったけど深く考えないようにしよう。

そういったのは私にはまだ早い。


「お前はもう少し真面目にしろ。教会派に寝首をかかれても知らんぞ」

「騎士団派リーダーの恋人を襲う人はそうそういないわ。それに守ってくれるでしょう?」

「……まあ、な」

「あ、あの! 教会派や騎士団派っていうのは何ですか!?」


と、ここで何やら二人から甘い雰囲気が漂いそうな気配がして、慌てて私は質問をした。

惚気のろけ場面を見せられたらどうすればいいか分からない。というかやめてください!!


「ん、そうだな……この話は君には関係ないと思うぞ。むしろ教える事で信仰心に陰りが出る可能性もある」

「話してたほうが良いと思うわよ? アルネさんの保護は騎士団なんだから、教会派の奴らが何かしてくる可能性もあるし、せめてどいつに注意しないといけないとかね」

「ふむ、一理あるが……話す話さないの前に、まずは状況確認が先だな。アルネ、思い出せる事は名前以外ないか?」


何となく聞いた事が、どうやら騎士団の裏事情に繋がってたみたいで迂闊うかつだったと反省する。

そんなに気になる事ではないんだけど、ティナさんの『何かしてくる可能性』という言葉が怖い。

何かが起こるにしても情報は集めとかないといけないだろう、役立てられるような頭を持ってるかは不安だけども。

ーーあ、そういえば夏期講習の後友達とケーキバイキングに行く予定だったのを思い出す。

食べたかったなぁ、新作生チョコタルトと洋梨のタルト。


「バイキング……」

「確か、そんな名前の錬金術師がいたな。知ってるのか?」

「え? ーーいやいや!? 何となく考えてたら口から出ちゃったというか」

「それが覚えているという事だろう。ティナ、一応錬金術師方面で子供の捜索願が出されてないか調べてくれ」

「分かったわ。けど、メアリーさんを見た時にかなり驚いてたから、そっちの可能性は低いと思うわよ」

「やらないよりマシだ。他には何か覚えてないか?」

「う……何もないです」


これ以上下手な事を言えばどんな風に転ぶか分からないので、大人しくしておく事にする。

しかしバイキングって名前の錬金術師か、何造ってる人なんだろうか。


「そうか、これだけじゃやはり探しようがないな。王都に行かなければいけないか……しかし神父がな……」

「えと、ジルさん?」

「あ、ああ悪い。教会派と騎士団派について知りたかったんだな。記憶が混濁している状態に新しく何かを教えるのはどうかと思うが仕方ないな」


そう言って壁際にある本棚へ向かったジルさんに、私はできるだけ申し訳なさそうな声で話しかけた。


「そ、それも教えてもらいたいんですけど、この世界についても教えてくれませんか?」

「……この世界?」


予想通り思いっきりいぶかしげな視線を向けられて、内心ビクビクしながらもそれを出さず、努めて申し訳なさそうにして言葉を続ける。


「ここ、この世界っていうか、地域です。思い出そうとするんですけどその度頭痛がして……自分がどこにいるか分からないと不安ですし、もしかしたら地域名を聞いて何か思い出すかもしれないし」


頭痛のくだりは真っ赤な嘘だ。健康状態はすこぶる良好だと思える。

ただ騎士団の内輪問題を知るよりも、まずはこの世界について知らなければいけない。

自分がどんな世界にいて、これからどんな事をしないといけないのか、ある程度目算を付けないといけないと思う。


「確かに何がきっかけで記憶が蘇るか分からないものね。ジル、将来の子供の為にと思って教えてあげたら?」

「子供って……まさかティナ!?」

「あら妊娠はしてないわよ」

「紛らわしい言いまわしをするな!!」


ジルさんは怒りながら(でも実際は怒っておらずティナさんを見つめたり……もうごちそうさまです)本棚から二冊の本と巻いた紙を取り出し、机の上に置いた。


「ティナ、少しでいいから真面目にしていてくれ。アルネ、そちら側で紙を押さえてくれないか?」

「こうですか?」



机に広げられた巻いた紙が戻らないよう端を押さえると、ジルさんが皮袋を取り出し、中から真っ黒なビー玉みたいな物を取り出した。

ちなみにティナさんは私と反対側を押さえている。

そのビー玉を広げた紙の中心に置いたーー瞬間、ビー玉から漏れ出すように黒い液体が紙に広がり、細かい線となって駆け回る。

あっという間に様々な記号や文字、森や川や街みたいなイラストの描かれた地図が出来上がった。


「すごい!!」

「その反応からして覚えてないのか、よく見かける地図の錬成具なのだが」

「アルネさん、これは『インクせき』って言って、見ていたようにインクを溜めておける石の錬成具なの。決まった模様に書かれたインクから絨毯に零したインクまで何でも吸い取れるし、吸い取った時の形のまま出す事も出来るから、こうやって地図として使う事も出来るのよ」

「すごい……で、でも地図は書いたままの方が手間がかからなくていいんじゃないですか?」

「錬金術師謹製の紙ならそれでもいいだろうが、普通はインクを書くと紙は劣化して長持ちしないんだ。しかしこれを使えば、とりあえず俺の生きてる間は新しい地図を作る必要はない」

「へぇ〜、錬成具って魔法みたい」

「……アルネ、その言葉は間違っても錬金術師の前で言うな。何をされるか分からない」


凄く怖い事を言われてジルさんを見るが、当人は視線を地図へと移していてこれ以上何か言うつもりはないようで、私も仕方なく地図を見た。


どこで区切るか難しいです。上限の七万文字書こうと思ってたらどれくらい掛かるやら、です。

もう少し定期的に更新できるよう頑張ります。

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