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第一章・十話〜白光(びゃくこう)の聖女〜

「……」


ウルウ達が消えた地面を見つめながら、わたくしは白光びゃくこうの鎧と洗礼剣を解いた。

消える直前、様々な感情で表情を歪めた銀髪銀目の少女の事を思い出し、チクリとした痛みが胸を差す。


「ーーアルネリート!!」

「ツェリオ、クロゥミ。来てくれたのですね」


程なくして、わたくしの大事な仲間であり天使アォンゲシュの二人が純白の翼で近くに降りたった。

ツェリオは他人より身体が大きいせいか飛ぶのは不得手なのに、息を切らしてわたくしの元に来てくれた事に笑みがこぼれる。

クロゥミは初めて会った時から変わらない、考えの読み取れない笑みを浮かべて、「逃げたみたいだねぇ」と楽しげに呟いた。


「ええ、ウルウが空間石くうかんせきを使い、御蔵森或音とその天使アォンゲシュには逃げられてしまいました」

「まさかウルウが裏切るなんてねぇ、錬金術師への待遇に不満があったのかな?」

「いえ……彼女は元から仲間ではなかったと言いました。彼女は御蔵森或音にわたくし以上の価値を見出したのでしょう」

「あの小娘がっ!!」


吠えるように怒るツェリオだが、それはわたくしも同じ気持ちだ。

わたくしが元いた世界で死んで、この奇跡の大地に転生し数十年。その中で決して短くない時間を彼女とは過ごしたのだから。

同性だからと色んな相談に乗ってもらったし、彼女の錬成具には何度も助けてもらった。

それを、なぜ……白光の気を使い人々を救済しているのは、このわたくしなのに。

信じていた者に裏切られたショックと、ウルウが残した言葉を思って自分の手を見つめる。

その手は自分でも驚くほど白く華奢なものであるが、数え切れないくらい命を救ってきた手だ。


(白光の気を扱える者が神に成れる。天界に召された時に、魂の縁を繋いでくれた主神しゅじんもそう言っていたじゃない)


あの天界で出会った主神からは御告げとして、御蔵森或音の事を教えられていた。

元人間のわたくしを殺すために送られる刺客……見た目が保護欲を掻き立てられるようだったのは驚きだったけど、あちらのバックにいるであろう天界の神が、わたくしを油断させようと思っていたのなら納得できる。


(水の方角、前の世界では北の方角にある忠都にいても分かった、鳥肌が立つほど濃密な黒闇の気……わたくしに黒闇こくおんの気が感じ取れなかったら、きっとあの子を保護していたでしょうね)


「アルネリート、これからのちどうする? ウルウが空間石くうかんせきを用いたのであれば、奴らが出現する場所は世界中と言っても過言ではないぞ」

「探すのは難しいよねぇ、空間石を設置した場所はこの数十年で数知れず。ウルウが居なくなって補充のできなくなった空間石を消費するよりは、もっと大勢で効率よく探したほうがいいよ〜」

「……とにかく御蔵森或音の事は一旦置いておきましょう。それよりまずは拡散された黒闇の気の影響を調べるのが先決です。テラレマの森と近くにあるクスクの町にーー」


そこまで言って、雨に濡れた地面に転がっているものを見つけた。

鈍色の鎧の破片と、小物入れ用の皮袋。それと黒い翼が片方だけ。


「これは……」

「クスクの町に駐在してるテラレマ教信徒騎士団の鎧だねぇ。こんな何にもないところに転がってるって事は、野盗か野生動物にでもやられたのかな〜。だけど骨は見当たらないし、破片は古いものには見えないけど〜、ツェリオは何か分かるかい?」

「……おのれに問うな、この痴れ者が」


相変わらず仲の悪い(一方的にツェリオが嫌ってるようだけど)二人に言って、それらをわたくしの足元に集めてもらう。

皮袋の中身はインク石や油紙に包まれた温冷石、そしてテラレマ教のシンボルである創造神テラレマの彫られた首飾りが入っていた。

首飾りは蓋を開けられるようになっていて、中には何の装飾のない指輪が二つ。

見た瞬間、それが婚約指輪だとすぐに分かった。わたくしに祈り、眼前で誓いを立てる恋人達を何十組と祝福した時に、これと同じものを見たからだ。


「あぁ、これの持ち主は良い人がいたんだね〜」


アンベジオ王国で指輪を使うのは結婚式の時だけ、指輪を付ける習慣のないこの国で、指輪を持っている理由は一つだ。

けれど指輪が二つとも皮袋に入ったままで、ここに落ちていたのは……良い意味を持っていないと思う。


「……これらで自動人形ゴーレムを造ります。この者が信徒騎士団であるならば、神と成りこの世界を救うわたくしに助力できる事を誇りに思うでしょう」


詭弁、であった。人の強い想いや感情がこもった核が自動人形ゴーレムには必要だとしても、こんな使い方をしていいはずはない。

わたくしだって本当はきちんと弔いの言葉を手向け、遺品は渡されるはずだった誰かに届けてあげたい。

けれどあの子が、御蔵森或音が来てしまったのだ。

今まで通り手当たり次第に誰かを救っていて、その間にあの子にこの世界をめちゃくちゃにされたら元も子もない。

だからわたくしは、揺るがぬ一本の柱として、崇拝される象徴として決然としなければならないの。


(許してとは言いません、けれど約束します。この世界は必ずわたくしが導いてみせると)


「……ならば黒闇の気で造形された天使アォンゲシュの翼は入れぬほうが良いだろう。どんな影響があるか分からん、代わりに火鉱石かこうせき土鉱石どこうせきを使え」


ツェリオがそう言って翼を懐にしまって、代わりに二つの精霊鉱石を地面に置いた。

表情は鈍色の兜で隠れて分からないけど、切れ込みから覗く金の瞳や声にわたくしを気遣う雰囲気を感じて、少しだけ心が軽くなった。


そうしてウルウから教えてもらった錬金術の知識と『精霊法せいれいほう』を使って硬質自動人形ゴーレムを造り、クロゥミと一緒にテラレマの森の調査を頼んだ。

わたくしとツェリオはクスクの町の調査だ。

飛んでいけば早いのだろうが、以前水の忠都でそれをやって人々に囲まれた事がある。

その時から目立つのは程々にしようと決めたけど、走っていくのが結構な手間なのも事実。


(こんな時ウルウがいたらパパッと錬成具を造ってどうにかしてくれるんだけど……考えても仕方ない、か)


裏切られたのにそんな事を考える自分に、内心苦笑して、わたくしとツェリオは駆け足で町へと向かったーー







「……まるでゴーストタウン、のようですね」


誰にともなく呟いた言葉に、周りを警戒しているツェリオは答えることなくわたくしの前方を進んでいく。

わたくしも再度気を引き締めて、改めてクスクの町を見た。

小雨の降る中なので、外に人は見当たらない。農業と狩猟が主産業の小さな町なので、この時間は仕事に行ってるだろうし、多分普通の事だと思う。


けどゴーストタウンのように感じたのは、決して人がいないからじゃない。

家々からーーいや、町全体から人の気配というものを感じないのだ。

わたくしから発せられる多量の白光の気と、反して微かに漂っている黒い粒ーー黒闇の気を見て、胸のあたりがギュッと苦しくなる。

逃してしまった御蔵森或音がしでかした事を予想して、今から見るであろう光景を思い浮かべて、身体が震えたーーだから、かな。

ふわりと頭を撫でる大きな手に気付いた時、わたくしは少しだけ驚いてしまった。


「悔やむな、アルネリート。己は鋭利なる牙であると同時に、頑健なる盾だ。アルネリートの痛苦を和らげるのも己の役目……あまり辛そうにするな」


大きな手には似合わない優しい手つきで、ツェリオはわたくしの頭を撫でてくれる。

……まだこの世界に来て何も分からなかった時、そうしてくれたように。

わたくしを全身全霊でまもってくれる優しい天使アォンゲシュに、わたくしはしばし心を委ねて、心が落ち着いてから「感謝します」と言った。

たまに昔のように、思いっきり抱きついてからありがとうと言いたくなるけど、わたくしの今の立場でそれをやるとイメージが壊れてしまう。

うむむ、今の立場に不満があるとしたら、それくらいのものだろうか。


「黒闇の気は、御印みしるしのある全てのものに影響を与えるといいます。この町に彼女がいて、そして先ほどの大量の黒闇の気……わたくしの白光の気で殆ど消滅させましたが、影響を受けるほど黒闇の気を浴びたものが白光の気を浴びたらーー」

「以前王都の精霊研究所で聞いた、身体の中にある各精霊の灰蝕現象はいしょくげんしょうだな。他の四精霊と比べて白光と黒闇の気の影響が強く、二精霊が反発し合う性質によって起こされる精霊の死滅、であるか」

「ええ、そしてあの研究所で見た灰蝕現象を起こした精霊鉱石のように、もし生き物もなるとしたらきっとこの町は……」


民家の扉の前で、ツェリオがわたくしを振り返る。それに小さく頷くと、彼は慎重に扉を開けた。


「ーーーーっ」

「……灰蝕現象、だな」


ツェリオの言う通り、家の中には灰色の砂のようなものが床にあり、その上に衣服が……灰蝕現象で砂へと変わってしまった人のものが散乱していた。

奥の部屋に目を向ければ、子供ものの服が、やはり灰色の砂と一緒に散らばっていた。


「……ここの住民はもう、駄目です。別の家にも行きましょう」

「無理をするなアルネリートよ。後は己が見ていくから、町の外で待機していろ」

「それじゃ救えるかもしれない人がいても、間に合わないかもしれません……大丈夫です、わたくしは白光の聖女、人々を救う希望の象徴です」


押し寄せる吐き気にも似た負の感情をグッと抑え、わたくしは次の家へと向かう。

後ろから付いてくるツェリオが何か言いたげにしているのは分かってるけど、ここだけは譲れないの、ごめん。

その後何軒もの家を回ったけど、残念ながら生きてる人は誰もいなかった。

灰蝕現象によって一部砂化しているだけでも、もう魂は身体を抜け出して天界へと召されてしまったのだろう。

理不尽に訪れた死に恨みや怒りを募らせず、天界で新たな生を授かり幸せになる事を祈り、わたくしは町の奥へと進む。


「ここは、定期的にまわってくる森の管理を任されている者達の家だ」

「主神の御告げで御蔵森或音はテラレマの森に現れるとされていましたが、それがいつどのようにかは分かりませんでした。わたくしの知らない間にこの町の事をクロゥミと調べてくれていたのですね、感謝します」

「……アルネリートが白光の聖女としての務めを果たしている中で、己が何もせぬ訳にはいかぬからな」


少しだけ声に、何かを堪えるような響きを含んで(長年の付き合いから声でツェリオの感情を読み取れるようになったわたくし、凄い)ツェリオが家の扉を開けた。

間取りや内装など他の家々と殆ど同じの、質素な生活がうかがえる家だった。

玄関兼台所兼居間にあたる部屋には誰もおらず、やっぱりこの家もーーと、その時、奥の部屋でかすかな物音が聞こえたような気がした。

鼠か何かかもしれないけど、わたくしは一縷いちるの希望を持って扉を開けーーあぁ。

あぁ、本当に、良かった。


「ようやく……生きている人を見つけました」

「……そうであるな」


床には灰蝕現象で砂化した一人分の衣服が転がり、ベッドには見える限りだと灰蝕現象を起こしていない少年と青年がいる。

そして青年の手を握り、ベッドと壁の隙間からわたくしを見る、怯えた視線の少女が一人。

わたくしはその少女にゆっくりと近づき、青年の手を握る上に手のひらを重ねて、優しく、静かに語りかけた。


「もう大丈夫、今までよく耐えましたーーあとはゆっくり、お休みなさい」


恐怖と混乱に彩られた目が、わたくしが何者なのか探るように向けられる。

安心させるため、ここ数年でやっと意味を持ち始めたわたくしの正体を、言葉にして伝える。


「わたくしは『白光びゃくこう聖女せいじょ』であり、アルネリート教の『聖象徴ホーリートークン』。神に至りし者、アルネリートです」

「アルネ、リート様ーー?」

「ええ、大変な思いをしたのですね。ですから今はお休みなさい、貴女の安らぎは、わたくしの安らぎなのですから」


そう伝えると、少女は安心したのか糸が切れるように青年の上に覆い被さった。

やがて聞こえる小さな寝息にほっと息を吐き、ツェリオのほうを振り返る。


「この三人をここから連れ出します。現在水の忠都に待機している、アルネリート教 天階騎士団てんかいきしだんの方々に連絡をして」

「その少女と子供からは精霊の気を感じるが、その男からはもう何も感じることは無いが?」

「……例え死んでいたとしても、離れず側にいたこの女の子には大切な人のはずです。せめてお別れくらいはさせてあげましょう」


その後戻ってきたクロゥミによると、テラレマの森には野生動物が一匹も見当たらず、また途中にあったテラレマ教信徒騎士団の宿舎は、この町と同じような有様だったらしい。

クスクの町や宿舎に一体何人の人達が居たのかは分からないけど、生きていたのは少女と少年の二人だけだった。

だけど、これはまだ始まりでしかない。

わたくしと御蔵森或音みくらもりあるねの、奇跡の大地を舞台にした戦いはこれからなのだから。


「……ツェリオ、この二人を近くのアルネリート教会に保護したらわたくしは王都アンベジオに向かいます」

「まさか、アルネリート」

「ええ。アンベジオ国王に黒闇こくおんの巫女が現れた事を伝え、以前からお話のあった『あの事』に返事をします。御蔵森或音はーー世界の敵です」


わたくしが、この奇跡の大地に転生した理由ーー『神と成って世界を救う』為にも、あの子に同情や憐れみは不要。

数十年の時をもってしても力不足を実感しながら、それでもわたくしは前に進む為に、一歩踏み出したーーーー



第一章・完

以下ネタバレ。

この章を読まれて気づかれたと思いますが、この小説は二人の主人公の視点から物語を構成しております。

予定では三人目もいますが、小説終盤あたりに書く予定ですので殆どアルネとアルネリートの視点により物語は進みます。

多々読みにくい点はあると思いますが、日々改善しながら執筆していきますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

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