第一章〜プロローグ〜
八月某日ーーお盆を過ぎてそろそろ蝉の声も少なくなってきたけど、陽差しはまだまだ強い。
夏期講習に向かう身としては、タオルと下敷きは手放せないのである。
私、御蔵森或音はアスファルトの照り返し激しい道路を歩きながら、日光を避けるようにタオルを被って歩いていた。
「ま、毎年毎年異常気象って言うけど、今年こそ異常気象だわ」
「……それ去年も聞いたぞ。或音、ほら」
隣の声の主はそう言うと私のタオルを取り、代わりのタオルを被せてくれる。
「なにこれ冷たい! ありがとう旬ちゃん」
「……今度そういう風に呼んだら二度と一緒に行かないからな」
フンッと鼻を鳴らすように言うと少し先を歩き出した彼は、鈴堂旬太郎。
鈴堂寺というお寺の子で、私とは幼稚園からの幼馴染だ。
家が近くてお互い一人っ子だからか、私達は昔からよく一緒にいた。
お寺の裏山で遊んでる時に迷子になった私を探してくれたり、公園の噴水でびしょ濡れになった私の着替えを持ってきてくれたり……何だか迷惑ばかり掛けてるみたいだけど、うん、気のせいにしておこう。
今だって、水に濡らしたら冷たくなるタオルを私に貸してくれて、私の夏期講習について来てくれている。
高校の部活に行くついでと言ってはいるが、旬ちゃんの入っている美術部は夏休みに活動なんてしないし、こんな朝早くに行く事もない。
何だかんだ私の世話を焼いてくれる旬ちゃんには、幼稚園児から高校生になった今でも頭が上がらないのだ。
「何してんだよ或音、本当に置いてくぞ」
私がいつまで経っても追いついてこないから、旬ちゃんが業を煮やしたように声を上げる。
いくら住宅地の中を走る道路だからって、そんなど真ん中に立ってたら車の邪魔だが、中学高校と通った道で車の往来が殆どない事は知っている。
「危ないよ旬ちゃ……旬太郎くん」
「そう思うなら早く来い、あともう一回呼んだらタオルは没収だかんな」
途中で言い替えたがギリギリアウトだったらしい。苦笑しつつ旬ちゃんの所に行こうとした、瞬間。
「危ない!!」
「えーー」
今まで聞いたことのない旬ちゃんの大声と、近くで聞こえたクラクションの音と、身体中を襲った例えようのない衝撃に。
私の意識は、ぶつりと途切れた。
気が付いた時、見えるものは白一色の世界だけだった。
まるで白の絵の具を溶かした水中にいるようだけど、息苦しかったりはしないから、まぁ違うのだろう。
「どこ、ここ?」
声に出しても答えてくれる人はなく、私は意識を失う前の事を必死で思い出そうとした。
「あ......」
そして、思い出した。とっさに自分の身体を抱くように身を縮めたが、確信をもって言える。
私、死んだんだ。
多分交通事故、車にはねられた記憶がないって事は即死だったのだろう。
......痛みを感じずに死ねたのなら、意外とラッキーなのだろうか。
「って死んでるんだからラッキーも何もないよね」
などと一人ツッコミができるあたり、私は冷静だった。
別に死ぬのが怖くなかったとかじゃないけど、どうにもここは現実感がないのだ。
車にはねられたにしても、服も身体も朝のまんま。場所だけが真っ白い空間に移っただけで、旬ちゃんからドッキリでしたーって言われても信じる......
「旬ちゃん?」
少し待ったが、期待した人の返事はない。
「旬ちゃんいないの! いたら返事して!?」
私は取り乱しながらも、ここにいないのなら生きているんだろうと思うようする。
けど、あの時。
ブレーキの音が響いた直後に私の腕を掴んだのは、間違いなく旬ちゃんの手だった。
と、不意に真っ白だった視界が色を帯びはじめた。
ポツポツと白の世界に咲いていく色の花に終始驚いていると、足元に温かい何かが当たる。
「ひゃっ!!」
驚いて足をどかしてみると「ふみゃっ」という声がして、ピリッとした痛みが走った。
「みゃあ〜」
「猫?」
足元にいたのは、近所にいそうな三毛猫だった。
さっき足を動かしたから引っ掻き傷が付いたのだろう、傷跡を心配そうに舐めてくる。
バイ菌が入りそうと三毛猫を持ち上げて、違和感に気づいた。
この猫、ハトみたいな翼がくっ付いてるし頭の上の輪っか......それに、尻尾が明らかに二本ある!!
これは猫っぽい天使? それとも猫又っていう、尻尾が何本もある妖怪的なもの?
「最高神助様!! いつもいつも無用な接触は禁止されているはずですよ」
例え言葉ではなく、本当に私の心臓は驚きで止まるかと思った。
いや、多分死んでるから止まってるんだろうけどね。
ハスキーめの女性の声に振り返ると、そこには私の想像通りの天使がいた。
真っ白な布を巻きつけたような服装に、羽根と頭の上にある輪っか。
……見た目は理想通りだけど、女性天使の顔は普通のOLみたい。手には書類を挟むバインダーらしき物を持っていたり、ギャグかってくらい分厚い丸眼鏡をかけている所も、そう思わせる一因だ。
「そこのあなた、その方から手を離しなさい。その方は神を補佐する神助の中でも最高位の御方なのですよ」
何か神経質そうな人じゃなかった天使だな〜と思っていたら、すごく偉いらしい三毛猫が身をよじって私の手から逃げ出した。
「あっ」
「あっ!? 私が受け取るまで離したら駄目でしょうが!!」
横暴だと思わず言うと女性天使がキッと睨み、「それよりも」と話しだす。
「最高神助様は後で探しますが、あなたはここで何をしていたのです? 見たところ神界の者ではありませんが、何者です?」
明らかに警戒されている言い方をされ、私は慌てて首を振った。
「あ、怪しい者じゃないです。気がついたらここにいて……多分交通事後で死んだと思うんですけど」
女性天使はますます剣呑な目つきをしながら近づいてくる。
威圧感が半端ない。
「……本来なら事故死した場合は転生課に逝くか、生前重罪を犯していたら審問課に逝くはずです。あなたが今いるここはーー」
まだ所々に色の付き始めただけの風景が、それこそ大量の絵の具を零したように一気に色付いた。
虹色の空、瞬きの度に色を変える木々。木々の合間にある家らしき物は、プレゼント用の包装紙に包まれてるみたいな色合いだ。
何より空を飛んだり歩いたりしているのは、明らかに幼い外見の天使ばかりだった。
「ここは、天使に転生したばかりの者達が住むところです」
はぁ、と大きく溜息を吐いた女性天使が手を振った。
そしてガチャリとの音。
「何をするか分からないので捕まえておきます」
「……え?」
重厚な手枷が付けられたと分かったのは、そう言われた後だった。
手枷に縄を付けられ、逮捕された犯人みたいな私は女性天使に引っ張られ歩いていた。
あの後、訝しげな視線を送る天使達のところから離れ、カラフルなおはじきを敷き詰めたような道を抜け、今は巨大な木の枝の上だ。
神界っていうから神々しいのかと思ったけど、けっこうメルヘンチックである。
「質問疑問その他要望にお答えしませんから」
私が何か言いたそうな気配を察したのか、女性天使が先にそう言った。
けど私だって、はいそうですかと引き下がれない。
「旬ちゃん……私と同い年くらいの男の子は、ここに来てませんか? お願いです、それだけでも教えてください」
「……」
宣言した通り答えない、というか無視である。持たれてる縄をグイっと引っ張ってまた聞いてみた。
「っやめ、なさい!!」
「な、ら、答えてよ!!」
いつの間にか、綱引きのようにお互い踏ん張っている。旬ちゃんの事を聞くまで絶対諦めないつもりだけど、この女性天使も何でここまで頑なに嫌がるのか。
「教えるくらい、いいじゃない!!」
「拘束されている者の言葉など聞く耳もちません!!」
いや手枷つけたのあなただよ!?
そんな心の声が聞こえるはずもなく、木の枝の上という不安定な場所で問答は続く。
枝の下には雲海が広がり、落ちたらどうなるか全然分からない。
……これって、もしあっちが手を離したら私のほうが危ないんじゃないかな?
いや、さすがにそんな事するんなら最初からどこかに連れて行こうとするわけーー
「ああもう面倒くさい!!」
「っ!!」
不意に自由になった身体。踏ん張ることも何も出来ないまま木の枝を踏み外し、私は空中に投げ出された。
否、落下した。
「あああああああああーーっ!?」
恐怖と驚きとその他色々な感情を大声に乗せて、私は一瞬で雲海へと沈んだ。
束の間目線のあった女性天使は、すごくスッキリした顔をしていたと思う。
「あああああーーーーっべし!!?」
どうしよどうしよ死ぬ死ぬ死んでるのにまた死ぬうーーと慌てふためいたのはほんの少しで、すぐに私は何かと衝突した。顔から。
その衝撃は事故死の時をフラッシュバックするようなものではなくて、なんというか……ぽよん?
例えるなら、ものすごく太った人のお腹にぶつかった感じ。実際にぶつかった事はないけれど、多分一番近い表現ではなかろうか。
「いた……くないけど、こわかったあ!!」
ぷはぁっと顔を上げてみれば、周りは霧のかかったような場所。どうやらまだ雲海の中にいるみたいだ。
私の落ちた『それ』を見るが、真っ白なので何かはよく分からない。
ただ、微かに上下に動いてるし生温かいで、無機物な感じはしないんだよね。
大ざっぱな見立てでも十メートルは超える『それ』に無言の感謝をして、そろそろと移動する。
下を見ると木の枝の表面が見えた。もしかしたらさっき通っていた枝とも繋がっているのかもしれない。
「会いたいわけじゃないんだけど、手枷を外してもらいたいし旬ちゃんの事聞かないと……」
独り言を言いながら枝に降りると「ふごっ」と珍妙な声がしてーー腕を掴まれた。
「……?」
「ふごっふごっ」
掴むというか綿が腕に絡まってきたようだけど、やっぱり温かくて。
ああ生き物だったんだと思った瞬間、『それ』は立ち上がった。
「あ……あ……」
「ふんごー?」
ーーリアルト○ロが、そこにいた。
いや、ト○ロにリアルも何もないんだろうけど、他に表現しようがないのだ。
本家ト○ロと比べるとモコモコした真っ白い身体を震わすと、シロロ/(勝手に命名)は掴んでる私を引き寄せて屈むと、小さい目で見つめ、鼻をフンフンと動かす。
食べ物かどうか判断してるみたいだな〜でもト○ロは人間食べなかったしな〜と考えてたら、急に目の前が赤くなった。
それは、シロロが開けた口の中の色だった。
意外と歯が鋭いーーとか考えてる場合じゃない!!
うそ私食べられちゃう!?
必死で逃げようとするが私の抵抗なんて意に返さず、シロロは大きな口を近づけてくる。
私は怖くて、ぎゅっと目を閉じた。
「そこまでだよシロロン〜」
どこか心をくすぐるような美声が聞こえ、シロロの動きが急停止する。
「ふごご〜」と弱々しい声を出すと腕を離したので、私はおそるおそる目を開けた。
「いい子だねシロロン、この子は食べちゃ駄目だからね? 僕の言いつけ守らないと今度はもっと凄いのに変身させるから、ね?」
木の枝からこちらに来るのは、すっごいイケメンである。見惚れるとかそんなじゃない、洗脳されるレベルでイケメンだ。
無邪気な笑顔を浮かべているが、しかしさっきの言葉は中々に毒があった気がする。
言葉の通りだと、シロロの姿は変身させられてこうなのか。
ーーていうか、名前が惜しかった!!
格好は天使の服に絵本の王様が羽織ってそうなマントがプラスされている。
見惚れてぽーっとなっている私に笑顔を向けて、イケメンは言った。
「この子は僕のオモチャだからーー」
本日何度目か分からない悪寒を感じた。
このイケメン、シロロよりヤバい。
イケメンに手枷の縄を握られながら歩いていると、徐々に霧が晴れていった。
どうやら雲海を抜けたようで、後ろを振り返って見れば、夏の入道雲みたいになっていたらしい。
「こうやって決められた場所以外で人の魂を見たのは、ここ何百年かなかったね〜。それまではシロロンや天使達と遊んでたけど、ほら僕って『神様』じゃない? 気を遣われるっていうか、なぁんか違うんだよね」
すっごい嬉しそうに喋ってるんだけど、今の私にそれを聞いてあげている余裕はない。
(イケメンが私の縄を引っ張って話しかけて一緒に歩いて本当に美声でうわぁ〜〜!!)
生まれて初めてといっていいくらい混乱して、グルグル思考が回っている。
美男美少女は得ってぼんやりとしか思ってなかったけど本当だね、私このままじゃ洗脳されちゃう!!
旬ちゃん助けて〜と思った瞬間、ピリッとした痛みが足首に走った。
すると不思議な事に頭が少しずつ冷静になり、多少は考えがまとめられるようになった。
「あ、あの!!」
今度は落ちるような事のないよう、木の枝からカラフルな地面に移った時に声をかけた。
するとイケメンは最初ビックリしたように振り向き、瞬時に笑顔を作ってみせた。
「驚いた、 まさか話しかけてくるなんて。僕の美貌に魅せられて大体は喋れなくなるんだよ? その方がオモチャにしやすいけど、飽きるのが早いんだよねーーってそんな話じゃないか。なんだい?」
「い、いくつか質問させてもらっていいですか? 自分が死んだのは何となく分かるんですけど、この場所とか、旬ちゃ……他の人の事とか、全然分からなくて」
私の言葉にイケメンは鋭い視線を送った気がする。
直視できないからチラ見で確認しただけだが。
「……へ〜そうかそうか、なるほど少し分かったかなぁ」
「えっと、なにかの神様? お話を……」
「となると僕のところに落としたのもわざと? けれどそんなまだるっこしい事しなくても……神様、じゃないのかな?」
中空を見つめたまま独り言を連発するイケメン神様に、薄ら寒いものを感じながら黙って立っていると、「ねえ君?」と話しかけられる。
「これ持ってみてくんない?」
「え?」
「いいからいいから〜」
差し出されたのは四つ折りにされた紙である。
訳が分からないまま指先でつまんだーーと思った時には、紙は黒く変色しボロボロと崩れてしまった。
と、また足元で痛みが走る。
「痛っ!?」
「ん、どこどこ〜……引っ掻き傷だねぇ。大きさから察するに猫くらいかな?」
そういえば三毛猫に付けられた傷があるんだった。
自分でも見てみると、あの時は何ともなかったのに今は血が滲んでいる。
「……違う場所に落ちてきた、僕の個神用書類を拒絶できる魂。今日の選命の儀担当が僕って知ってて、こんな事できるのは『彼女』くらいだもんなぁ」
理解のできない事を言うと、イケメン神様は口の端を上げ、愉快だというように笑った。
「いいよその思惑、あえて乗っかってあげよう!! それじゃ、サクサク選命の儀にいっちゃおうかーー」
手枷を外してもらえるのかと期待したけどそんな事はなく、そのまま縄を男性天使/(男もいたのか)に引っ張られ、今は『空中』に立たされていた。
……そう、空中である。
木の枝とかカラフルな地面ではなく、何もない空間の上。ガラス張りの床に立たされているのかと思ったけど、すぐ隣で縄を持つ男性天使は羽根を動かして滞空しているので、そういう訳ではないらしい。
なるべく下は見ないようにして前を向いていると、空中に浮かんだ椅子型の雲にイケメン神様が座り、隣に似た格好のおじさん達が滞空する。
「そんな緊張しないで気楽に〜って、それじゃ落ち着けないか」
くくくっと笑うイケメン神様だが、この場に連れてきたのは自分なんだから予想通りのはずだ。
それなのにわざわざ確認するように言うとか、性格悪いよ格好いいけど!!
私の引きつった顔を見て満足したようで、指をパチンと鳴らすと雲が一つ飛んできて私の足下に留まる。
空中に一応立っていたので足下の感覚は同じだが、目に見えて足場があるという事に安堵の息が漏れる。
ついでともう一つ雲が飛んできて椅子の形になったので、私は遠慮なく座る事にした。
「改めていきますかぁ。これから何個か質問するけど、君のーー御蔵森或音ちゃんの本音を聞かせてね?」
何で名前をと言おうとしたけど、まぁ神様だしと変な納得をした。
イケメン神様の隣ではおじさん達が訝しげ(いぶか)に私を見ているが、何も言う気はないのか黙ったままだ。あまりの居心地の悪さに隣の男性天使を見るが、こちらは前を見据えたまま微動だにしない。
さっきの幼い天使達が将来こうなるのかと思うと、何か残念な気持ちがした。
「まずは現状確認、大事や事だよねーーっと、来たかな?」
「?」
対面の椅子に腰掛けたまま斜め上を向いたイケメン神様の視線を追うと、雲が一個こちらに飛んできていた。
便利な雲だなーと思いながら見ていると神様の隣で停止し、乗っていた天使が降りてくる。
「あなたはっ!?」
降りてきたのは私に手枷を付けた女性天使だった。
腕には探すと言っていた猫の神助様?を捕まえて、おじさん達と同じように滞空する。
大声を上げてしまった私に、しかし女性天使は反応しない。さっきと違って人形みたいな無表情をしており、私も他人の空似ではと一瞬思ってしまった。
と、またイケメン神様が小さく笑い声をあげる。
「そういう反応久々だね〜、面白いなぁ。僕のオモチャにしたいけど、まぁ先手を打たれてるし今回は譲るよ」
またよく分からない独り言を言って、イケメン神様が手をヒラヒラさせる。
すると女性天使が腕の中の三毛猫を放し、私にスイーっと近づいてくる。
感情丸出しの最初と比べて本当に無表情で、思わず後ずさろうとした私の腕を掴むと、取り出した鍵で手枷
を外した。
何か言うのかと思ったけど特に何も言わず、そのままイケメン神様の所に戻ってしまう。
あまりの違いに愕然としている私を見て、「普通はこうなんだよ」と声がかかった。
「この選命の儀を行う場所に来る途中聞いたけど、そんなに感情の起伏がある天使はいないよ。殆ど無表情で無感情、君の出会った天使は……天使であって、天使じゃない。かもねぇ?」
最後に問いかけるように締めくくったイケメン神様が、わざとらしい咳払いと似合っていない厳めしい顔をする。
どうやら本格的に選命の儀というのを始めるらしく、今までなかった緊張感が辺りに漂う。
「まずは確認だね。確認という事は皆が知ってるって事だから嘘とか無言は意味がないよ。と言っても言いたくない事とかあるだろうから責めはしないから、気楽に答えてね」
皆が知っている事をわざわざ確認する意味が分からなかったが、とりあえず頷いておく。
「じゃあさっそく。君の名前は御蔵森或音だね?」
「は、はい」
「ここが神界で、いわゆる死後の世界って事は認識してる?」
「……何となくですけど」
「死んじゃった理由は……なんて読むのこれ?」
隣のおじさんに読み方を聞くイケメン神様。神様ってこんなのでいいのだろうか。
「へぇ、初めて聞いたよ。伊達に老けた顔してないね君〜。あ、下がっていいから」
教えたのになぜか悪口っぽい事を言われおじさんの顔が引きつるが、別のおじさん達が優しく肩を叩いてあげる。
いつもこんな感じなのか、イケメン神様も気にした風がない。
「それで死んじゃった理由だけど、脳挫傷だね。転倒した時に頭を強く打って、そのままぽっくり」
「え、車に轢かれて死んだんじゃないんですか?」
自分の死んだ原因を知り、思わず疑問符が浮かぶ。
あの時私は急ブレーキの音を聞いたし、旬ちゃんに手を引っ張られてそれでも間に合わず轢かれたのだと思っていた。
だけど、笑みを濃くしたイケメン神様から発せられた言葉は、私の予想が甘かった事を知らしめる。
「ーー轢かれたのは君の幼馴染、鈴堂旬太郎だね。君は引っ張られて助かったものの地面に倒れた時に打ち所が悪かったみたいだ」
……轢かれたのが、旬ちゃん?
なんで、だって、私は死んでここにいるのに旬ちゃんは居なかったよ。
「なにをいって……」
「君が再三聞きたがっていた彼の生死だけどね、今はまだ生きてるよ」
ーーその言葉に、いつの間にかあった身体の震えが止まった。
力なんて入らないはずなのに指は白くなるほど握りしめていて、手汗を気持ち悪いほどかいていた。
だけど、神様は何を聞いていたんだというように鼻で笑うと、ただ一言。
「ーー君のせいですぐ死ぬけどね」
その言葉と、私が意識を落とすのは同時だった。
「っぐ!?」
「ちょっとちょっと、なに勝手に気絶して終わらせようとしてるの? そんな事、神様の前じゃ許さないからね」
私の意識はそんな言葉と息苦しさで一瞬で目を覚まし、現状をありありと伝えてくる。
息苦しさの原因は首を締める大きな手のせいで、視線でその先を追えば、やはり無表情の男性天使が腕を伸ばしていた。
このまま殺すつもりーーそう思った時、私の身体から力が抜けた。
(殺されるのは仕方ない……だって私は、わたし、は……旬、ちゃんっ)
目の前が真っ暗になり、何も考えられない、何も考えたくないと思う心の奥底に、心配の色は皆無なのに、神様の言葉がスルリと入ってくる。
「ほら勝手に絶望しない〜。あとお前、起こすにしてももう少しやり方があるだろ? ちょっと反省してこい」
神様がフッと軽く息を吐いたーーそれだけのはずなのに、私の首を絞めていた男性天使は局所的な突風を浴びたように吹き飛ばされ、あっという間に雲海に消えていった。
「……え、と」
「これでOK、君も少しは落ち着いたね? 言っとくけど今までのはただの確認作業、本題はこれからなんだよ」
再び軽く息を吐くと、今度は優しい風が私を吹き抜け、溜まった涙を遠くに飛ばしてくれた。
それを満足そうに見つめた後、イケメン神様は会ってから一番の輝く笑顔で言うのだった。
「御蔵森或音、君を神様に選命する!!」
時が、止まったと思った。いや、実際はこの空間の時が止まったと思うくらい、周りの空気が凍りつき、物音の全てが消えてしまったのだ。
信じらないといった表情で見ているおじさん達を尻目に、イケメン神様はドヤ顔をして私を見つめていた。
一体何に対してドヤ顔をしているのか分からないんだけど、といった感じの表情をすると、相手にも伝わったようでテヘッと舌を出した。
……現役女子高生の私より数十倍も可愛いっておかしいよね。
「意味が伝わってないみたいだね? つまり御蔵森或音ちゃん、君に神様をして欲しいんだ」
「さっきと同じで全然分かりません」
さっきの絶望も忘れて突っ込んだ私を見て、神様はほくそ笑む。
思いついた!!って顔が一番似合う人じゃなかった神様だと思う。
「そうだねぇ、今の君にピッタリくる言葉に変えるなら……愛しの彼、助けたくはないかな?」
「!?」
「ん〜いい顔だ。思わずぐちゃぐちゃにしたくなるけどそれじゃあ意味がない。説明、聞きたいかな?」
「ーーやります」
オロオロするおじさん達も、ニヤニヤする神様も、ついでにジッと見つめたままの三毛猫の神助様も、私の言葉に動きが止まった。
「やります、やらせてください。それで旬ちゃんと助けられるのなら、説明も迷いも必要ありません」
私の人生はたった十六年で生涯を閉じた。家族や友達には先に死んでしまってごめんなさいと、もし伝えられるのなら伝えたい。
今はこうやって自分の意識を持ってるけど、それが消えて無くなってしまう事がどんな事なのかも分からない。
死への恐怖を持たない生き物なんていないはずだ。
けど。
私の中で、一番大切なもの。
旬ちゃんの事を思うと、それら全部は些事でしかなかった。
「大事なんだね、彼の事が」
「ーーーー何よりも、大切な人です」
イケメン神様は相変わらず小馬鹿にしたような爽やか笑顔で、「話が早くて助かったよ」とおもむろに席を立つ。
「っと、その前にーーふん!!」
彼には似つかわしくない気合のこもった声と同時、パンっと風船が割れるような音が響いた。
ーーそして、神様の拳がおじさんの頭を吹き飛ばしていた。
「はいはい逃げない逃げな〜い」
楽しそうに言いながら次々とおじさん達の頭を吹き飛ばしていくイケメン神様。
おじさん達は頭が割れた後、モコモコした白い雲になって霧散するので、どうも現実味がない。
でも、逃げる表情は絶望に染まっていて、やっと私は『殺されている』という事実に気が付いた。
「何をしてるんですか!?」
「何って、証拠隠滅かな? 本来選命の儀は若い神様に経験を積ませるものだから、転生前のしかも人間の女の子が選ばれるものじゃないんだ。彼らは君に尋問しにきただけのつもりで、この事を誰かに言われると不都合なんだよね」
最後の一人の頭を吹き飛ばして、何でもない事のように言う。
それってつまり、私のせいでおじさん達は殺されたって事なの……?
「心配しなくても僕には何ら支障はないから心配ご無用だよ? それにあれくらいのだったらすぐに補充されるしね」
「命を何だと思ってるんですか!?」
「何とも思ってないに決まってるじゃないか? 神様が考えるべきは命の尊さではなく、生きとし生けるものへの平等なる生死だよ」
暴論だ。ならなんで私は死んだ後も神界で意識を残し、おじさん達は私のせいで殺されてしまったのか。
それすらも平等な生死と言うのだろうか。
「神様になると決断した時点で、君を特異なものとして僕は認識した。あんなのより優先するし、多少神様の矜持から外れても仕方ないんだよ」
「……自分勝手すぎですね」
「彼への処遇もその自分勝手の為せる業だよ。それとも君は、自分だけは平等を謳ってると思ってたりするのかな?」
私が押し黙ると、神様は目を細めながら鼻で笑い、一枚の紙を持って近づいてきた。
「僕と最高神助様の認印が押されたものだ。後はこれに君がサインするだけで、神様となる事ができる」
「……」
紙を目の前にして私が動かないので、怖気づいた?とでも言うような視線を向けてくる。
私は目つきを鋭くし睨むと、紙を奪うようにひったくった。
「いい心がけだねぇ」
「……本当に、旬ちゃんを助けてくれるんですか?」
「それは君次第だ。ただ君が頑張る分だけ、彼は助かるチャンスを強めていけるよ」
当初はあんなに格好いいと思っていた顔が、ひどく薄っぺらいものに感じる。
渡されたペンで名前を書き終える寸前、私は強く、強く思った。
旬ちゃん、絶対私が助けてあげる!!
書き終わると紙は浮き上がり、端の方から燃え始める。
炎は勢いを増し全体に燃え広がるが、紙に留まらず周りの空間すら燃やすように炎をあげた。
驚く私の横で、神様は炎に手をかざした。と、炎は円形に広がり隙間に微細な紋様を刻んで、旬ちゃんと一緒に見た漫画やゲームにあるような魔法陣が出来上がった。
「君の補佐に優秀な天使を送ってあげるよ。ただ君のいた世界と色々違うだろうから、最初は戸惑うだろうね」
「色々と違うっていうのは一体……」
「説明は要らないんじゃなかったのかい? ーーまぁ、これくらいは教えてあげるよ」
私の肩を結構な強さで掴むと、神様は笑顔を向けてくる。
恐ろしい程の力で押された私は、抵抗する間もなく魔法陣へと突っ込んだ。
否、突き飛ばされた。
「ーー異世界の神様、がんばってね」
「なっ、はっあーー」
ーーーーはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?
プロローグ終了です。
設定など甘く随時修正していくやも知れませんが、雰囲気でも伝わればと思います。
次話から異世界編となります。




