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嗚呼 美しき哉 人の世は

作者: 文愚堂 直純

 幼き背に、小児一人が足を畳めばすっぽりとしまい込めそうな程の編み籠を負いながら裏路地に紙屑を老翁の如く腰をねじ曲げ拾い集める年の頃七、八の男子、名を徳次という。彼の少年、同類の若き輩を引き連れて夜明けとともに寝床を発しては処々の公園を巡り、屑箱より溢れ出でたる汚穢なる襤褸布や喰い糟、紙屑等を細長き竹の先に打ち付けたる釘の先にて器用にひき掛け各々選りて背負いし籠に収拾す。彼らの中に両親の健在なるは稀にて、片親にのみ養われる者も多くは無い。片親の多くは病におかされし未亡人、日に数百円の報酬を得んがため夜を日に継ぎて内職に精を出し、その日わが子を養う糧となす。

また、病愈々重く身を起こすも容易ならざる母を持つ児も少なからず。しかし徳次は母をももたず、天涯の身無し児、明日をも知らぬわが身にあって尚も眼球は煌々として逞しき小親分の風体をなしていた。

 早朝より徳次の縄張りである公園を一通り巡った憐れな籠負いの固まりは、正午を過ぎた頃より行きつけの飯屋の裏戸に立って、下ごしらえを終え不用品の廃棄せられるのを待ち構えていた。一同の飢えた眼は裏戸の取手の一点に向けられている。まさに生きるか死ぬかの分岐点に彼らは毎日立っているのである。風雨吹き荒れる嵐の日にも、襤褸草履にのせたる跣足の悉く蒼褪めるが如き吹雪の暗昼も、其れ一日を逃しては明日のわが身は言うに及ばす愛しき母の命さえ油を欲して滅する灯の如く露と失せんとするならば、覚悟の眼差しは他を排し唯只管に生への挑みを見据えたり。斯くして、裏戸が開かれ屑箱に廃棄せられるや否や、我先に漁らんとする乞児らを制止し徳次が一手に屑箱を抱え粗戸を背にして座り込んだ。先ず以って内を見分し大根葉を数え、各々均等に是を其の剥きし皮を伴にし配分す。また、種々の野菜屑、殊に剥きたる皮類を患いの母を養う児らに分け与え、全く空となった屑箱を恭しく頭上に戴くと一同此れに頭を垂れて跪き、あつき感涙に噎ぶのであった。古新聞に野菜屑を夫々が包み懐に抱けば、その温かき感情は即ちわが父母の恩愛となり籠を背負いし児らの眼精もまた絶ち難き契りの涙を浮かべている。

 飯屋を後にした一行は、背負いし籠より溢れ出さんとする襤褸屑を徳次が棲みかとする目黒川に架かる浪々橋へと運び込んだ。袂の川原に莚にて区画せる一畳ほどの破屋には燭台と蜜柑箱、箱上には世に言う思想書の類また歴史書などが山積みになっている。他に煩わしき物は一にも無く、転寝の莚が二重になっているのみである。分別された襤褸布や喰い糟、紙屑は其々麻袋に入れられ、一旦は徳次が管理し、乞児らは散り散りにわが棲家へと古新聞を抱いて駆け出していった。


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