食前酒
ある日の食事風景。
広い広いテーブルの上には、淡雪のように儚く美しい繊細なレースが縁取りされた真っ白なテーブルクロス。ピシーッとしわも見せず、この食堂に品格を添えている。
せめてこの上にビニールシートでも被せてくれていれば、気兼ねなしに美味しく食べられるのに。
この染み一つない綺麗な布に食べこぼしでもしたらと思うと、食事前は緊張で胸が一杯になる。まあ、お皿が進むに連れてそんなことはどうだって良くなってくるんだけれど。でもナイフとフォークよりはお箸が恋しい。
1の皿はいつも食前酒。
この習慣が日本人である私にはどうにも解せない。お酒は二十歳になってからという常識の元で育ってきた私は、ここへ来るまでアルコールの類を体内に入れたことがなかった。せいぜい、料理の中に入っている料理酒やら、風邪の時に作ってもらう卵酒ぐらい。でもあれだって火を入れてアルコール分を飛ばしているんだろうし。
それでもこの食前酒、飲んでみると甘くて美味しかったりする。
これ、本当にお酒なの? と思って訊いてみると、度数は極控え目な、それこそ十歳にも満たない子供が飲むためのお酒らしい。
もうすぐ十三歳になる私としては、年相応な飲み物を振る舞って欲しいというほんの少し背伸びした思いと、別に日本にいるわけでもないのに、決まりに背いた悪いことをしているという後ろめたい思いが交錯して、ちょっとばかり複雑な心境だ。
まあ、とりあえずは量も少ないし美味しいんだから、良しとしておこう。別に酔うわけでもないんだし。
ちなみにアステルが飲んでいるお酒を試しに飲ませてもらったら、全然甘くない。むしろ辛い上に一口含んだだけでいかにもお酒ですよという味が口の中に広がってきて、急いで水を流し込んだ。舐めるだけにしといた方がいいという忠告の意味がやっと分かった。
というか、アステルだって二十歳以下なのに、こんな強そうなお酒を飲んでいいのか?
どうしても日本の基準で考えてしまう。
どうせヘンリー父さんは強いのを飲むんだろうけれど、リディはどうなんだろう?
そう思ってリディの方を見てみると――あれ?
リディの前に置かれているのは透明なグラスではなく、磁器製のティーカップ。食前酒ならぬ食前茶?
「リディはお酒飲まないの?」
うっかり訊いてしまって後悔した。
困ったみたいに控えめな微笑を浮かべるリディの目は「余計なことを言うな」と警告している。
「ええ、私、お酒は飲めないんですの」
「リディは体質的にアルコールを受けつけないんですよ」
急いでリディから目を逸らし、注釈を付けてくれるアステルに目を向けて、そうなんだと必要以上に強く相づちを打った。
「でもお父様もアステルもお酒は強いよね。何でリディだけ?」
どうせリディに後で文句を言われるのは確定しているのだ。この際突っ込んで訊いておこう。リディの方は見ないようにしておく。
「母親が同じ体質だったからね。リディは似てしまったんだろう」
ヘンリー父さんの言葉にふーんと納得した。
私はまだ子供だから理解できないけれど、お正月とか親戚一同が集まる場所では、大人たちが昼からお酒を飲んで楽しそうに騒いでいた。
いつかは私もあんな風にお酒を飲んで酔っぱらってみたいなと思いつつ、その時にはもうここにはいないのかなと思うと、ちょっと寂しくなってしまった。