ハロウィン
※題名の通りハロウィンに書いたものでした。
15禁です。いちゃこらしてます。
ハロウィンとは、元々は外国の宗教行事だったらしいのだけれど、私にとっては馴染みのないイベントだ。せいぜいお化けの姿に仮装した子供たちが、お菓子をせびるというくらいの認識しかない。あとは、恐い顔をしたカボチャ。
そう、カボチャ。
アージュアには、当然ハロウィンというお祭りがない。ついでにいうと、カボチャもない。でも味も形もそっくりな野菜はちゃんとあって、勝手にカボチャと呼んでいる。
そして日本でいう十月三十一日に当たる今日、急に思い立った私は、エレーヌに頼んで厨房の人にカボチャプリンを作ってもらった。ハロウィン→カボチャ→プリンという順で連想してしまっただけなんだけどね。
「と、いうわけでハロウィンなんだよ」
「ハロウィン、ですか。どういうお祭りなんですか?」
アステルの部屋でソファに座ってカボチャプリンを食べつつ、偉そうに知ったかぶったのはいいんだけれど、私だって詳しいことは何も知らない。だから適当に答えることにした。
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ?」
適当過ぎるだろう、私。いや、間違ってはない。うん。
「それとカボチャがどう関連するんですか?」
そんなこと、私だって知るもんか。
「お菓子をくれない人は、カボチャで出来たお面を被らされるの」
それじゃカボチャ人間じゃないか。何言ってんだ、私。
幸い、アステルは私の戯れ言を気に留める風でもなく「そうなんですか」と頷いてくれたので、話題を変えることにした。
「このプリン美味しいよ。甘さ控えめだし、これだったらアステルも食べられるんじゃない?」
口の中でスッと溶けていくきめの細かい舌触り。香り付けのお酒も少し入っているみたいで、大人向けの味だと思う。
親切心を発揮してスプーンに一さじすくい、アステルに持っていく。アステルは素直に口を開けかけ、でもすぐにまた閉じてしまった。やっぱり甘い物は嫌なのかな?
アステルの前で留まっているスプーンと腕が虚しい。まあいいか、と気を取り直して自分の口に運ぼうとする。すると、その手首を掴まれた。
お、やっぱり食べるのかな?
アステルは、そのまま腕ごとスプーンを私の方へ導いていく。望むところだ、と私はパクリとプリンを口の中へ入れた。やっぱ美味しいな。そのまま至福の世界を味わう。
「桜」
アステルに呼ばれたので、何? と顔を上げた。そしたらどういうわけか、目の前の顔が迫ってくる。プリンを飲み込む余裕も、ついでに驚く暇もない。
「んんっ!?」
状況を把握できないまま柔らかい感触に口を塞がれた。
突然の事態に鼓動が跳ね上がる。ワケの分からないまま、お腹の奥が浮き上がってくすぐられるような感覚に襲われた。
上手く力を配分できなくなって、プリンが乗った容器を持つ手とスプーンを持った手が震える。落ちてしまうんじゃないかと心配で、身じろぎ一つできなかった。そんな私の懸念を余所に、上唇と下唇の隙間を舐められたと思ったら、アステルの顔の角度が変わり、そのまま舌がスルリと忍び込んできた。
うわっ。うわわっ!
一気に痺れが走り、首筋が泡立つ。口の中に残っていたプリンを汲み上げるように奪われた後、アステルの顔が離れていった。私のプリン、とそれどころじゃないことを考える。
プリンを飲み込んだのか、アステルの喉が上下している。呆けた頭でそれを眺めながら、つられたみたいに私の喉もコクンと音を立てる。
「甘い」
自分の唇に指を持っていき、アステルが呟いた。濡れた光が色香となって、私の脳に直接まとわりついてくる。
惑わされる。
いつもとは全然違う、特別な状況の空気を纏った仕草。口元は笑みを刷いて穏やかな表情に見えるけれど、視線は焼かれそうに熱っぽい。それに当てられたのか、私の顔は燻されたように火照り、その温度が全身に広がっていった。
そして私は慌てふためいた。
甘いって言った……! そりゃ、いくら甘さ控えめだからって、やっぱりプリンは糖分があってこそでしょう。っていうか、今考えるのはそんなことじゃなくて。ううう、気が動転して何を考えていいのか分からない!
茫然と目を見張って眼前の相手を見つめ、何か言おうと口を開き、でも言葉が出てこなくて噤むというのを繰り返していた。両手に持ったプリンとスプーンがなんだか場違いな感じがする。
「付いています」
心をまるごと引っぱっていかれるような甘い声で呟くと、アステルは自分の唇を触っていた指を私のおとがいに当てる。ちゃんと向き合うように顔を固定された。
今度は唇のすぐ横を舐められる。自分でも大袈裟だと思えるほど肩が跳ね上がった。付いているって、プリンの欠片かな。浮かされたような意識の中、律儀にそんなことを考える。
這う舌が顎に移り、さっきとは逆方向の口角に移る。そのまま上唇と下唇を順番に舐められ、再び口全体を塞がれた。次いで舌先に促され、無意識に力の入っていた合わせめを緩める。
その間、ずっと視線が咬み合っていて。いつもより輝きを増している青い目。
どうして強制されているわけでもないのに、アステルの望む通りにしているのか、とか。頭の中で考えていることが全部伝わってしまうような気がして、我慢できなくて目を瞑った。
難なく入ってきた舌が口内をなぞっていく。初めて受ける刺激に、感覚が弾けていくような気がした。アステルが私の手からプリンの容器とスプーンを取り上げる。なんとなく離したくなくて掴む手に力を入れたけれど、軽く引っ張られただけでこの手はあっさり抵抗を止めてしまった。根性なしだ。
アステルが更に強く唇を押しつけてくる。舌を絡められた。そして荒く吸われる。なんだかくらくらする。
とにかく、与えられる感覚を受け止めるだけで精一杯だった。だから今さらながらに気付く。息継ぎってどうやったらいいんだろう? 苦しくなって空っぽになった両手でアステルの胸を押すと、静かにゆっくりと唇が離れていった。
とんでもなく呼吸が荒い。ぜえぜえいっている。閉じていた目を開けたものの、恥ずかしくてすぐ傍にある目を見ることができなかった。呼吸を整えているふりをして、顔を俯ける。や、実際に整えてはいるんだけれど。
変だ。私、絶対に変だ。心の中が凄く満ち足りている。でも、山ほどの不安が全身を巡っている。無意識に、手が胸のペンダントを服越しにぎゅっと握りしめた。
「こちらへ」
掠れたような声が頭上から聞こえた。ピクリ、と耳が過敏に反応する。声の響き一つで捕らわれてしまう。脇と腰の下に手が回ってきて、アステルの膝にストンと乗せられた。しかも跨ぐ格好で対面して。
いくらなんでもこの体勢はさすがに!
抗議しようと顔を上げたら、最初に出た声音ごとアステルに飲み込まれた。後ろ頭と背中を強い手で支えられ、身動きを封じられる。
熱い、熱い。
口の中も、髪の毛の先まで。意識ごと溶かされる。
どうなるんだろう、この先、どうなってしまうんだろう?
焦りを抱いている裏側で、流れに身を任せたいとも思ってしまう。――って私、何それ!
自分にツッコミを入れた瞬間、蕩けた頭がノックの音を拾った。
「アステル様、よろしいでしょうか?」
エレーヌの声!
唇を離したアステルが、どうぞと応じる。
「えっ!? ちょ、ちょっと待っ――」
慌てて膝から降りようとするものの、身体に回った手を離してはもらえなかった。
「桜様は」
扉が開いてエレーヌが入ってくる。
「ああ、こちらにいらっしゃいましたね。ヘンリー様がお呼びです。お部屋にいらしてくださいな」
エレーヌは顔色一つ変えずに用件だけを伝え、では失礼しますと去っていった。
な、なんか他に言ったり反応したりすることがあるんじゃないの? あそこまで平然とされると、逆にいたたまれない!
エレーヌが出ていった扉の方へ手を伸ばし、言葉にならずにあうあう呻いていた私に、どこか呆れた様子でアステルが言う。
「今さら桜が俺の膝に乗っている場面を見たくらいで、エレーヌが驚くはずないでしょう」
体勢が問題なんだって!
上手く言葉にならなくて目で訴えかけると、それを読んだかのようにアステルが答える。
「どういう状況に出くわそうと、主人の意を汲んで行動するのが良い使用人の証拠です。やはりエレーヌは優秀ですね」
微塵も照れた様子を見せず、柔らかく微笑んでくる。そのまま軽く唇を重ねられた。そしてアステルは少しだけ顔を離して、でも唇を掠めたまま可笑しそうに問うてくる。
「続きをしますか?」
遠慮しときます! 過剰就労中の心臓が音を上げている!
私の顔がその陳情を受けて、小刻みに横へ振れた。
「ではまた今度。父上も桜に用事があるようですしね」
頭を撫でられた後、やっとのことで膝から降ろされる。私は這々の体で扉に向かった。
廊下に出て、扉を閉めようとした時に「ああ、桜」と呼び止められる。何? と顔を覗かせた。
「桜の言葉通り美味しかったですよ。ごちそうさまでした」
私はどういう表情を返そうかと迷い、結局、素早く顔を引っ込めて急いで扉を閉めた。
何を指して美味しいと言ったのか。
そこまで考えて、私は馬鹿か! と自分に天誅を喰らわせるべく額を壁にぶつけてから、星が舞っている頭を抱えて、よたよたとヘンリー父さんの部屋へと向かったのだった。




