秋の楽しみ方 行動
短い時間話し合った結果、私たちは意を決して最初のペトラに触れてみることにした。
その際、誰が触るかで少し迷ったんだけれど。
「これは桜の役目だと思う」
グアルさんが、励ますように私の手を握りながら言った。
「僕は雇われた者にすぎないし、エレーヌたちは使用人だ。家族であり、アステル様と将来を誓い合っている君だったら、どんな結果になっても道理が通るだろう。そしてどの部屋のペトラに触れるかは、最終的に君の判断で決める必要があるけれど、僕たちもできる限り知恵を出させてもらう。それ相応の責任は分かち合うからね」
エレーヌ、ソフィア、マーガレットさんも賛同した。
皆に浮かぶ決意の表情を見て、私の腹も決まった。
とはいえ熱い覚悟の裏で、でも……といささか尻込みしている自分がいることも、確かではある。
私だけに重い荷物を負わせるつもりはない、と宣言してくれるのはとっても嬉しく、心強いことだ。けれど、それで気が楽になるわけでもない。それどころか、な、なんか、今の自分の立場が誰かの命を鷲掴みにしている位置にあるということを、重り付きで自覚させられた感がある。さらには私だけでなく、グアルさんやエレーヌたちの進退もかかっているんですよ、というようなプレッシャーも。
身が雑巾みたいに絞られるほど引き締まる思いで、私が選んだ最初の部屋は、やっぱりヘンリー父さんの所だった。限られた時間、目一杯考えた中で一番可能性が高そうだし、これが正しければ――間違ってたら困るんだけれど――今までの思考の道程は間違ってないってことになる。進んでいく方向が分かれば、次に続く道も決めやすい。
ここのペトラは、部屋の南側にある壁の中央、大窓の正面を向いたヘンリー父さんの机の下に仕掛けられていた。発色の優しいベージュの絨毯、さらには威容を以て君臨する机に隠されて、発見されにくかったんだろう。
「じゃ、やってみるね」
今からとる行動を知らせるためと、尻込みする自分を奮い立たせるために、皆の顔を見渡してから言った。少し声が上擦ってしまったのは、ご愛敬だ。全員が、緊張した顔を返してくる。
私は重そうな木で出来た、大きな机の下に潜り込んだ。座り込むだけだったら全然余裕な広さがあった。
ペトラは、直線に走った絨毯の縁の、かろうじて内側に収まった状態で隠れていた。ペトラの部分だけ、わずかに丸く盛り上がっている。絨毯はピンと張られてあるから持ち上げにくい。縁に手を掛け力を込めて引っぱり、指が入るだけの隙間を作った。もっと身を乗り出さないと、絨毯に遮られてペトラ自体は見えない。けれど、手探りで分かるからそこまでする必要はない。意識して呼吸を深め、つばをゴクリと飲んだ。
絨毯の隙間にもう一方の指を僅かに差し込み、目を瞑ってから、思い切って手全体を奥まで押し込んだ。手首を内側に曲げた、随分と不自然な体勢だ。自分の変な格好が頭をチラリと掠めたと思った瞬間、手の甲、親指の付け根部分に固い肌触りを感じた。
ついに触れた!
私はしばらく、凍り付いたように動けなくなった。
やってしまった、もう後戻りはできないという事実を私に補強する現象が、何か現れるかと思っていたのだ。具体的にいえば、ピリッとした軽い刺激が走るとか、眩い光がペトラから発されるとか。
でも、いつまで待っても何事も起こらない。拍子抜けするほど何も変わらない。
もしかしたらペトラ自体に変化が起こっているのかもしれない。私はペトラの様子を確認するために身体を前のめりに傾け、床に顔を近付けた。絨毯を引っぱる指先にさらなる力を込め、それ以上前には行かせまいとする壁に頭を押しつけて、なんとかペトラを見た。
全く変化なし。
不安になってベタベタ何度もペトラに触れてみるものの、なんの異常も訪れてくれなかった。
気勢をそがれた気分で机から脱出すると、待ってましたとばかりに皆が私を取り囲む。
「どうだった? ちゃんと触れたかい?」
「うん……。触れた……と思うんだけど」
「なんだい? 何かあったのかい?」
煮え切らない私に懸念を感じたのか、グアルさんが眉をひそめる。私は慌てて「違うの、変なことがあったんじゃなくて」と目の前で両手を振りながら言い繕い、感じたことを説明した。
むしろ、何も起こらないから不安だったのだ、と。
「ペトラには目で見ただけで確認できる異変は起こらないのかもしれないね。現に、魔術が仕込まれている状態でも通常のペトラと全く変わらないわけだし」
「旦那様方も特にお変わりありません」
理由を付けてくれたグアルさんと、ヘンリー父さんたちの様子を確認してきてくれたマーガレットさんの言葉を聞いて、やっと私にも安堵感が少しだけ芽生えた。
「じゃあ、一つ目は成功って思っていいのかな?」
「いいと思うよ」
「お見事でございました」
「ご立派でございます」
皆が私を労うように、口々に肯定を返してくれる。
じわじわと、さざ波のように実感が押しよせてきた。まだ処理しなければいけないペトラは残っている。気が早いと分かっている。それでも幸先が明るいように思えて、頬が緩んでしまった。
――第一関門、突破だ!
「次は誰の部屋にするか、だよね」
私たちは一度、隣の部屋から寝室に戻った。変わりのないヘンリー父さんたち三人の寝顔に、がっかりしながらも安堵しつつ、二番目はどの部屋のペトラにすべきかを話し合っているところだ。といっても、さっき時間を確認した時からもう五分も経っている。おちおちしてはいられない。
「残りはアステル様、リデル様、桜様、グアル様のお部屋でございますね。男性が先か、女性が先か……」
「もしくは、順当にアステル様のお部屋を優先いたしますか……」
エレーヌが小首を傾げ、ソフィアが後を続ける。
うむむむ。頭を抱えてしまう。男性を先と考えるなら、アステルかグアルさん。女性の方だったらリディか私。ああもう、選択肢が多すぎる。まずどっちの性別を選ぶかの根拠を考えて、それが確定できてもまだ選択肢が残っているなんて。こんがらがった頭がショートして、プスプス湯気が出ているような気がした。
そもそも、男女の違いで順番を決めるというのが正しいかどうかも分からない。
さっきはヘンリー父さんが一番手で正解だった。それなら、考え方の道筋を変えない方がいいんじゃないだろうか?
「やっぱり、アステルの部屋にしよう」
私は、目を閉じたままみじろぎもしないアステルを見ながら言った。
「しかし……先程みんなで考えていた時に僕も言ったけど、アステル様の部屋が最後という見方もある。もう少し、突き詰めていった方がよくないかい?」
「だって、男性なのか女性なのかを考えるより、こっちの方がよっぽど確率が高そうな気がするんだもの。時間だってないし」
遠慮がちに提案しているようだけれど、グアルさんは語調に、私の意見には反対だという意味を含ませている。
でも時間がないという事実と、つかみ取った直前の成功からか、私の中ではそれしか答えはあり得ないという風に確定されてしまっていた。他の可能性に踏み出そうとしても、思考が進みやすい道に軌道修正されてしまうのだ。
私が意見を翻すのを待つように、グアルさんが躊躇いを宿した目でじっと見つめてくる。そんな一時を過ごす時間も惜しいと、私は焦れながらグアルさんを見返した。こっちだって折れる気はない。
「分かった」
ほんの少しの間見合った後、先に視線を外したのはグアルさんの方だった。
「確かに、アステル様の部屋を次点に持ってくるのは手堅いと思う」
「じゃあ、早く行こう!」
無防備なヘンリー父さんたちを、三人だけで置いておくのは心配だ。様子を気にかける人も必要だということで、マーガレットさんに留守番を頼み、私、グアルさん、エレーヌ、ソフィアはアステルの部屋へ向かった。
アステルの部屋にあるペトラは、廊下と室内を隔てる扉の近くにあるらしい。部屋の内側に向かって全開した戸板の、ちょうど真下辺り。まあ、死角になって見つけにくいといえば見つけにくいかな。
部屋の主の目に影を落としたような色の絨毯が、ペトラを隠しているようだ。地の色が重い絨毯だけれど、生地自体の滑らかな質感、それに沢山使われている差し色が鮮彩で、部屋に与える雰囲気は暗くない。落ち着いている、と形容する方がピッタリくる。
頭の片隅でそんなことを思いながら、グアルさんに絨毯を捲ってもらった。ヘンリー父さんの部屋もそうだったけれど、角部分じゃないからちょっと重いのだ。
壁際から数センチという所にペトラは埋まっていた。虹色のペトラは、それ自体が内から光を放っているんじゃないかと思えるほど清らかに見える。なのにその実はといえば、危険な魔術の温床になっているだなんて。
こんな澱んだ目的に使われるなんて、ペトラがかわいそうだ。
などと、人跡未踏の山奥を流れる透明に澄み渡る清水のごときに無垢な心境が胸に滲み出てきたのは、私が絹糸のように柔らかく繊細すぎる感性を持っているからというのはもちろんのこと、悲哀極まりない切迫した状況に陥っていることで、ナーバスになっているせいなのかもしれない。私の多感な胸は今、潰れそうに痛んでいるのだ。
何はともあれ早くしなくては。
さっき上手くいったうえに二回目とあって慣れが出てきたのか、私はさほど緊張することもなく、躊躇わずにペトラに触った。
「……?」
途端に、隣の部屋から短い悲鳴のような声が聞こえてきた。グアルさんが「なんだ?」と疑問の声を上げる。同時に、私の胸に不安が押しよせた。
隣の、ヘンリー父さんの寝室にいるのはマーガレットさんだ。マーガレットさんは眠っている三人を見てくれている――
じゃあ、あの悲鳴は……
ドクドクと鼓動が早くなる。私とグアルさんは同時に駆け出していた。すぐ後を、エレーヌとソフィアが追ってくるのが気配で分かる。部屋の位置はすぐ隣なのに、いちいちさらに向こうの部屋に回らないと辿り着けないまどろっこしさに、イライラした。
そして、ヘンリー父さんの寝室に飛び込んでまず目に入ってきたのは、マーガレットさんが口元を両手で覆いながら、愕然とした面持ちでベッドを凝視している姿だった。
「ア、アステル、さまが……」
硬直したように立ったまま呟いている。
アステルって――
私はなるべくゆっくりと、マーガレットさんからベッドの方へと視線を移した。
ベッドで眠っているのはヘンリー父さん、それからリディ。
「なんで……?」
囁くような声が出た。エレーヌが私を心配するような声音で「桜様」と呼ぶ。聞こえているのに反応できない。見開いた私の目は、打ちつけられたようにベッドに釘付けされたままだった。
どうしていないの?
だって、おかしいじゃない。ヘンリー父さんとリディの間には、アステルがいたはずだ。それなのに、その部分の掛け布団が支えを失って弛んでいる。成人男性一人分のスペースが、ぽっかり空いているなんて。
どこへ行ったの?
まるで、煙みたいに掻き消えてしまったように。
「桜……」とグアルさんが呼んだのがスイッチだった。
ヒュウ、と風が鳴るような音を立てながら、押されたように痛む喉が空気を吸い込む。渦を巻くように肺の奥で凝縮され、一気に爆発した。
「私のせいだ!」
「桜!」
「私が、ちゃんと考えずに決めてしまったから!」
胸がきしむ。掴むようにして手で押さえた。心臓の全部が千切られたように痛い。こんなの、いやだ。
呼吸が何かに阻害されているように苦しい。手足が毒に侵されたように痺れ、震えだす。――アステルが!
涙が夏の雨みたいに激しくボロボロ零れてきた。なんて都合のいい目なんだろう。こんな風に泣いてしまったら、皆だって私を責めることもできない。
「桜!」
グアルさんが私の両肩を掴み、自分と向き合わせる。案じる視線に慰撫される資格など、ないと思った。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
何千回、何万回、誰に謝ったって追いつかない。失ってしまった。何よりも、誰よりも大切だったのに。
ありとあらゆる上等の光だけが集まって、紡ぎ上げたような人だった。どんな不安も羽毛のように柔らかく絡め取り、剣のような鋭さで一閃して退けていた。
瞳の中に、青空を映し続ける私の太陽。
もう会えない。もういない。
ごめんなさい。アステル、ごめんなさい。
「落ち着くんだ」
「だって」
「自分だけを責めるものじゃない。僕だって君の決定に賛同した。エレーヌたちだってそれでいいと思っていた」
自分が発した言葉に切り裂かれたように、苦痛を訴える表情でそう言う。グアルさんは私の肩を労るようにさすった。私より、余程辛そうに。
「君だけが重い荷物で肩を潰す必要はないんだ」
「でも!」
「いいから聞くんだ」
ひっきりなしに嗚咽を漏らす私の目を見ながら、一言一言を心に刻み込むようにしてグアルさんは言った。
「諦めちゃいけない。どこへ飛ばされたかなんて、まだ分からないだろう? ティア・アメジストは最悪の場所ばかり並べていらっしゃったけれど、例え屋外に飛ばされたとしても、草食動物しかいない草原という可能性だってある。安全な室内や、もしかしたら誰かの家の寝具という確率だって、全くないわけじゃない。まだ時間だって残っているんだ。目覚めさせることさえできれば、アステル様は君の所へ戻ってくる」
随分と、希望的観測に溢れた説得だと思う。でもやけに確信的な口調には、縋りつきたくなる言葉がふんだんに混じっていた。
「本当に……戻って、くる……?」
「ああ、必ずね。なんと言っても」
切迫していたグアルさんの目元が、ふと緩む。
「君だって、グレアム家の人たちは、不公平の塊みたいに運に恵まれていると思うだろう?」
なんだそれ。
額から、風が通っていくような感覚がした。なんか、もの凄く説得力がある。
グアルさんの台詞に吹き飛ばされたみたいに涙はどこかへ行ってしまったし、こんな時だというのに、お腹の底から愉快さが込み上げてくる。
悲しむことが怖くて、壊れてしまった脳のネジが、一時的な躁状態を呼び込んでしまったのかも。
でも。
口元が、頬が、強ばりを失う。唇が、思いの外しっかりした言葉を作る。
「分かった。諦めない」
声が、力に変わった。希望、光明。絶望を打ち砕く、前へ進もうとする力。
そうだ。まだ可能性を捨てちゃいけない。
グアルさんに、深く頷き返した。
「桜様、こちらをお使いください」
ソフィアが張り切ってハンカチを差し出してくれる。エレーヌとソフィアって、実は私のためにハンカチを複数個常備してるんじゃ? そう考えながらグイグイとハンカチを、涙まみれの目に押しつける。顔を上げてありがとうと言って、少し照れながらソフィア、エレーヌ、それからマーガレットさんに笑いかけた。
「もう大丈夫。急いで次を考えよう」
タイムリミットは、刻一刻と迫っている――
「二番目はアステル様の部屋ではなかったけれど、逆を言えば、選択肢が狭まったということだ」
アステルと聞いて、視線の位置が反射的に重く垂れ下がる。目ざとく見つけたエレーヌに心配げな声で名前を呼ばれ、これじゃいけないと慌てて首を振った。余計なことは考えない。思考が立ち止まるだけだ。
「じゃあ、下の階に降りとかない? どうせ、三つの部屋のどれかなんだし」
ついでに何か分かるかもしれないからと、再びマーガレットさんに留守番を頼み、一度階下の部屋を見て回ることにした。
階段に一番近いグアルさんの部屋、その隣に位置する私の部屋、それから私の部屋と双子のような、リディの部屋。
あんまりつぶさに人の部屋を観察するのも悪いな、と思いながらも貴重な時間を割いて巡ってみたのに、成果は芳しくなかった。何か思いつくような、決定的な発見は得られなかったのだ。
見回るのが最後になったリディの部屋で、私たちは頭をひねり合っていた。
リディの部屋の絨毯は、光の加減で部屋の主の髪と同じ黄金色にも見える、華やかなものだ。でも全体に張り巡らされた、模様を作り出している糸が抑えた色で統一されており、けばけばしさは全くない。むしろ存在感のあるリディに負けない部屋を作りたいなら、これ以上の物はないんじゃないかと思えるくらいだ。
「私の考えでは」
そんな豪奢な絨毯を足の下に敷きながら、思案顔だったソフィアが意見を述べ始める。
「ご領主が領民全てを正面から守るという意味で、ヘンリー様のお部屋が一番目でございました。そして、後継者であるアステル様は次点ではございませんでしたので、背後に回り、最後尾からふりかかる厄災を阻害する役目と捉えてよろしいかと存じます。それを前提に男女の違いで次なる部屋を求めます場合、男性の部屋を選択した方がよろしいのではないでしょうか」
「と、申しますのは」
そのままソフィアが根拠の理由を話してくれると思ったら、途切れのない流れるような絶妙のタイミングで、隣にいるエレーヌが続きを語り出した。今回は話す順番が逆なんだな、と息のあった二人のコンビに改めて感心しつつ、拝聴する。
「現在でも女性は男性に守護されるもの、女性はか弱きものという風潮は残っております。肉体の違いから、男性の方が力が強く体力も秀でているため、それは自然の成り行きと申し上げて過言ではない、掟の如き了解事ではございます。しかし女性の身でありながら護衛職に従事しておられる、リデル様のようなお美しいだけではない、強く凛々しいお方もいらっしゃいますことを鑑みますと、その考えはある一方からだけの、側面的なものでしかないと今の時代に生きる私どもは理解することができます」
あれあれ、なんか脱線してないか?
時間もないことだし思想論はまた今度にしようよ、と言いたくても、冴え渡るエレーヌの弁舌に口を挟めない。やきもきしてしまった。すると、今までのはどうやら本題に入るために必要な布石だったようで。
「しかし百年前は女性が武器を取る、という考えを抱くこと自体が禁忌と申し上げても過言ではない空気がはびこっていたと、推察いたします」
いや、さすがに禁忌までは言いすぎなんじゃないか。心の中でツッコんでおいたけれど、朝食の席でも似たような話題が出たなと思い返した。ヘンリー父さんも、当時の女性は隠れるようにして剣の訓練を行っていたんじゃないか、と考えていたみたいだし。
そしてエレーヌはまだ途切れない陳述を続ける。
「男性が女性を守るもの。この考えは先程の、ご領主とお世継ぎが最前と最後で全体を守る、という考えにも通じるものです。申し訳なくも長口上を披露して参りました。ソフィアと私が申し上げたいのは要するに、男性が女性を守るように、男性の部屋で女性の部屋を囲むのではないかということでございます。アステル様のお部屋は最後と愚考いたしますので、残りますのは――」
エレーヌが、自分が何を言いたいか分かっただろうか、と窺うようにグアルさんを見る。
グアルさんが得たりというように頷き、エレーヌの後を継いだ。
「――僕の部屋、か」
そっか、そういう考え方もあるのか。私も思わずうんうんと、グアルさんに追従するように頷いた。
エレーヌとソフィアの意見は理路整然としていて、とても得心がいくものだ。
でも……
二人の意見に耳を傾けながらも、私の頭では別の考え方が渦を巻いていた。
「男性が女性を守る、という考え方を踏まえた上でなんだけど」
顎に手を当ててさっきの意見を反芻している様子のグアルさんと、言いたい意見は出し尽くしたという風に慎ましく佇んでいるエレーヌとソフィアに、ちょっと待ってとこっちに注目してもらう。
「女性を優先する、って考え方は駄目かな? どこかの部屋へ入る時とか椅子に座る時とか、危険に関わる場合でもない限り、大抵何をするにしても女の人を優先してくれるでしょ?」
いわゆるレディファーストというやつだ。この世界へ来た当初は戸惑ったけれど、この国の人たち――私の周辺にいる男性陣は特に――は当たり前に、自然に、さりげなく女性への気遣いを実行する。蒼兄ちゃんに虐げられてきた歴史を持つ私は、薄気味悪ささえ感じていたものだ。それが今では普通に受け止めている。慣れって凄い。
何はともあれ、重い荷物を持ってくれたりだとか、道を歩く時に危ない側にいてくれるだとか、これも男性が女性を守るという観念に当てはまっていると思う。レディファーストの由来は、例えば何者が潜んでいるか分からない部屋に、か弱い女性をまず入らせて相手の油断を誘うというものだ、なんて話も聞いたことはあるけれど、そんな恐ろしい方向に意表を突く説はとりあえず無視しておこう。
「ああなるほど」
私の意見を聞いた後、グアルさんが顎から手を離す。一理ある、という感じでまたもや頷いた。
「前方は領主が守っているから盤石。次は女性を優先させようってことか。でもだったら、今度はリデル様と君の部屋、どちらが先かという話になるよ」
「うーん」
それなのだ。私は拳を口に当てて俯き加減で黙考するフリをして、心の中でがっくりと項垂れた。リディと私の部屋はこしらえがほとんど同じで、違いが見出せない。内装は異なっているけれどそれは今現在の事情であって、百年前がどうだったかなんて分かりっこない。
「例えばさ」
悩んだ末に私は、頭の中にある知識を総動員し、グアルさんを見上げて苦し紛れに言ってみた。
「ここ、リディの部屋はこの階の一番奥、階段から離れた場所にあるでしょ。偉い人とか、優先順位の高い人って大体奥まった方に配置されるじゃない?」
じゃあ階段に最も近い部屋にいるグアルさんは私たちの中で一番粗略に扱われているのか、と胸の内から言葉が聞こえてくる。なんて天の邪鬼な声なんだ、と自分で一蹴しておいた。誰もそんなこと考えないだろうし。どんだけ捻くれてるんだろう、私は。
「だからリディの部屋が先とか」
余計な自問自答を繰り広げながら付け加える。ついでにいえば、柱の関係でリディの部屋の方が若干広いしね。
ふうん、とグアルさんが納得したように腰に手を当てて言った。
「結構いい線ついてるかもしれないね。じゃあ僕の部屋かリデル様の部屋、どちらでもそれなりに筋が通っていると思うけれど、どっちにする?」
ど、どっちにしようか……




