秋の楽しみ方 不穏
※今回、いつもとはちょっと違って思考遊び(風)な内容となっております。お時間のある方は、主人公と一緒に考えながら読んでやってください。
稚拙な出来ではありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ではでは、迷走する主人公の奮闘をご覧ください。
野の生き物は涼しくなった大気に髭をひくつかせ、暑さに打ち拉がれていた植物たちは胸を張るように背丈を伸ばす。夕暮れにもなると冷たく感じる一筋の風に、何とはなしの寂しさを感じる。もうひと月もすれば、山々は錦の衣で装いだす。
乙女ゴコロを存分にくすぐってくれる季節。
そう、秋だ。
王都よりも北に位置するローズランド。短い夏を終えた秋の三日間、ローズフォール城のふもとにある村では、収穫祭が開催される。今年は幸いにも天候に恵まれ豊作で、家畜の発育も良く、広場の祭壇には沢山の野菜や果物、チーズなんかの加工品も捧げられていた。
祭りの間、村の人たちは普段よりもより一層の笑顔と活気に溢れ、空気中にはうきうきした気分が漂っている。若い女性たちは着飾り、男性たちは力比べの大会で強力を競い、意中の異性にアピールをしていた。お祭りがきっかけでのカップル誕生も多いそうだ。
お城からはお祭りにかかる費用の大部分はもちろんのこと、料理長が腕をふるったご馳走も提供される。ちなみに私はこの三日間だけでしか味わえない香草を効かせたソーセージ、祭りのために特選された、最高の牛と収穫されたばかりの野菜を煮込んだシチューが大好物だったりする。
やっぱり秋は食べ物が美味しい、幸せな季節だ。
祭りのために私たちは、六日間の予定でローズランドに帰ってきていた。
そして今現在は、皆で朝食の席に着いている真っ最中だ。滞在期間はあっという間に過ぎ、明日はもう帰る日になる。ちなみにヘンリー父さんは王都へは戻らず、ローズランドに残るらしい。寂しいな。
今回の滞在では面白い趣向を用意している、と事前に聞かされていたのだけれど、特に目立ったような出来事は起こらなかった。まあお祭りの出し物も増えていたから、それを指していたのかもしれない。なんにしろ、舌も胃袋も充分満足したんだし、私的には文句のつけようもない帰省だった。
焼きたてのパンや薫り高いお茶、瑞々しい果物なんかが乗せられた広いテーブルを、全部で五人が囲んでいる。まずは当然私と、隣に座っているアステル。お向かいにはヘンリー父さん、リディ、グアルさんが順に並んでいる。
グアルさんはローズランドに来るのは初めてらしい。家族水入らずの所を申し訳ない、と恐縮しつつも、祭りの夜はヘンリー父さんとアステルと三人で、村の人たちに混じってお酒をガブガブ飲んでいた。
私も私も、と仲間に入ろうとすると、何故だかアステルに真面目な顔で止められてしまった。お酒を飲めないリディが可哀想だから遠慮してくれ、というのが理由だったんだけれど……。なんか、他の理由が隠れているような感じがしたのは気のせいか? 「ここで歌い出されては……」と言いかけて、慌てて口を噤むという怪しい態度が気にかかる。
お祭りなんだから、美声を披露したっていいじゃんか。むしろ、場が盛り上がろうってものだ。
この三日間のことを思い出しながら、私はお腹を満たし終えた。
「グアル、いつもファーミルの管理をありがとう」
私がお茶に移行したところで、ちぎったパンを片手にヘンリー父さんがグアルさんに話しかける。
「作業の上で、何か困ったことはないかい? 報告してくれれば、いつでも改善するからね」
「とんでもないことです」
労いの言葉に、剥いていた葡萄をお皿に置いてから、グアルさんが恐縮したように頭を少し下げて言った。
「同僚にも恵まれていますし、条件も申し分ありません。こちらこそいい職場に置いていただけて感謝しております」
「本当に大変なお仕事ですわよね。夜通し起きていなければならない時もあるのでしょう?」
ナプキンで口を拭った後に、隣のリディが優雅に小首を傾げる。グアルさんの顔がパーッと輝いた。私には向けたことのない実に素敵な笑顔で、「交代制ですし、勤務時間も決まっているから大丈夫です」と答えている。あのやに下がった顔を見る度に、いつか彼女に言いつけてやると誓わずにはいられない。
以前、ファーミルの管理とはどんなことをするのかとグアルさんに訊いたことがあった。それによると、データの送受信はもちろんのこと、その内容を文書に起こして記録したりもするらしい。いつどんな重要通信が来るか分からないから、三交代で常に誰かがファーミルの傍にいなければならないそうだ。
確かに、責任が重そうな役割だよなあ。そう思いつつ、真ん中の籠に盛られた葡萄に私も手を伸ばした。巨峰のように一粒一粒が大きく、表面がつやつやしていてとても美味しそう。グアルさんのを見て、食べたくなったのだ。
「グアルさん、ファーミルって大体五十年前に発明されたんだよね」
皮を剥きながらグアルさんに尋ねる。ちなみにグアルさんとは大分仲良くなっていて、最近は口調も砕けてきている。
「それまでは、通信機器ってなかったの? 遠くの人と連絡を取る場合はどうしてたの?」
言い終わった後に、私は剥いた葡萄を口へ放り込んだ。甘い! 美味!
頬を緩めながら二つめの葡萄を取る。そんな私にティーカップの取っ手に指を絡めたリディが、何を下らないことをと言いたげに、呆れ顔で答える。
「それはあなた、手紙や人伝えに決まっているでしょうに」
「君、一体どんな所で育ってきたの?」
グアルさんにまで目を丸くされてしまった。いやだって、もしかしたら何かの魔術で、とか思っていたんだもの。確かに、一般の人間は魔道具以外の魔術にほとんど関わり合いがない。それを考えたら自明の理ではあるのだけれど。
とはいえ私がどこから来たのか知らないグアルさんに、その勘違いをそのまま言ってしまうわけにもいかない。私は曖昧に笑って誤魔化した。
こういう時にボロが出ないように色々こちらの常識を勉強していたんだけれど、あまりにも常識すぎて逆に教えられていない事柄も結構ある。こっそりグアルさんの様子を窺ってみると、どうやらそれ以上追求してくるつもりはないようで、既にさっきの葡萄に取りかかっている最中だった。とりあえずは一安心だ。
さて、それでは私も。二つめの美味なる葡萄を食べようとしたところで、隣から肩を叩かれた。
何? と葡萄を持ったままアステルの方を向く。照明の光を反射する、ゴールドの髪が目にも眩しく映る。
「それ、俺に下さい」
私が持っている葡萄を指差し、深く青い目を和ませながらアステルは言った。
「それ?」
呆けた顔で聞き返す私に、アステルもオウム返しに「それ」と答える。
なんとも不吉な予感を覚えつつも、はいと渡そうとする。けれどアステルは、口を開けて待っているだけだった。
うぐぐ、と一瞬怯む。普通だったらお間抜け面になるだけだろうに。それでも麗しさを保っているんだから、秀麗な顔の持ち主というのは得なものだ。
躊躇いながらもおずおずと口元まで持っていくと――ひえっ! 息を呑む。
パクッと指ごと食べられた。
心臓が急激に躍り出す。アステルが咥えたままの私の手を取り、ゆるゆると引っぱった。舌の感触がゾワゾワする。
引き抜く時に、ななな、舐められたんだ! と思うと同時に、背筋を電気が走り抜けた。
私は慌てて外気に晒されてひんやりする指を奪い返し、もう一方の腕で胸に抱き込んだ。
朝食の席でなにをする!
葡萄を呑み込み、平気な顔で微笑しているアステルに、警戒も露わに抗議しようとした。すると頬を突き刺す不穏な気配にハッと気付き、湧き上がっていた血が一瞬で冷めるのを感じた。
急いで向かいの席へ顔を向けると、ヘンリー父さんはいつも通り、平常通りに泰然と構えている。グアルさんはこちらを決して見ようとしないで、一心不乱に葡萄の皮を剥いている。それ以上剥くと、実の部分までなくなりそうだ。でも、その真っ当な反応になんだかホッとする。
そしてリディはといえば。
あああ、やっぱり。私は天を仰ぎたくなった。
リディが屈託のない笑顔を向ける真正面、その先の、私への視線が全てを物語っている。寄越される氷結の眼差しに、私は身体を凍りつかせた。よく見ると波立つ感情を表すように、リディが持っているカップと受け皿が、カタカタと小さな音を立てて揺れている。中身が少ないのか、こぼれてはいないようだった。
なんとかご機嫌を取ろうと愛想笑いを浮かべ、おののきつつも私はリディに話しかけた。
「む、昔と言えばさ」
動揺のためか、声がひっくり返ってしまう。なんとか自然なトーンに戻した。
「ちょっと前までは、女の人が剣を振るなんて考えられなかったんでしょ?」
「現在でも少数派ではありますよ。騎士団へ女性が入団することも認められていませんしね。リディはよく頑張っています」
ナイスだアステル!
私の作戦に乗ってくれたというわけでもないんだろうけれど、親愛なるお兄様が口添えしてくれたおかげで、リディから射し込まれていた鋭すぎる視線が急激に和らいだ。当の本人は、「そんな、私なんてお兄様の足元にも及びませんわ」と嬉しそうに頬を押さえて俯いている。ふう、と私はリアルに胸を撫で下ろした。
でも、アステルがリディを褒めているのは本心からだろう。
今でこそ王城に女性の護衛職もあるけれど、それもここ十年という話だ。数の少ない、言わば先駆け的な存在なのだから、まだまだ満足に体制も整っていないんじゃないだろうか? 前時代的な偏見も根強いだろうし、公爵家の娘という身分が逆に仇となる場合もあると思う。
リディは全然見せようとしないけれど、並大抵の苦労ではないだろう。でもそんなかっこいいリディたちの姿を見て、憧れる女の子も沢山いるんだろうとも思う。そうやって近い将来、女性の騎士が認められたり、もしかしたら女性だけの騎士団なんてのも誕生するかもしれない。
それにしても、と思考を次へ転がしながら首を巡らし、ヘンリー父さんを見る。私の視線に気付いたヘンリー父さんは、お茶のカップから口を外し、「なんだい?」と穏やかに訊いてくれた。
「グレアムの家は、伝統的に女の人も武器を持つんだよね。これってどのくらい前から続いているの?」
「大体、百年ほど前かな?」
「百年!?」
驚きの余り、素っ頓狂な声が出てしまった。女性の護衛職、つまり女の人が戦うことが、おおっぴらに認められたのが十年前のことなのだ。百年前なんて、変人扱いされそう。
「確かに、周囲からは奇異な目で見られていただろうね」
私の表情を見て考えていることが分かったのか、ヘンリー父さんは一つ頷いた後、裏付けるように説明してくれる。
「ひょっとすると、当時の女性は隠れるようにして訓練していたかもしれないな。今の私たちには考えられないことだがね。当家の女性が武器を持つきっかけになる出来事がその頃にあったのかもしれないが、残念ながら確たる理由は判明していない。祖先の記録にこれだろうという記述がないでもないんだが……」
まああまり憶測で物を言ってもね、とヘンリー父さんは語尾を濁した。ちょっとその、もしやという部分も聞いてみたい。でも残念ながら、話してくれるつもりはないみたいだった。
ちなみに、魔術の世界では男、女という性別の違いは意味を成さないらしい。いつの時代も変わらず、魔力の大きさと才能がものをいう世界なんだそうだ。
そういえば、ユヴェーレンだって男女入り乱れているもんね。
朝食が終わってからは銘々が好きに時間を過ごそうと、一時解散になった。
私は後で一緒に散歩に行こうと、アステルと約束をしていた。久々に帰ってきた私にとって第二の故郷といえる場所なのだから、回りたい場所は幾つもある。『道の始まり亭』にも顔を出したい。
一旦部屋に戻ると、王都で住んでいた間に模様替えがされていたらしく、絨毯の柄が変わっていた。それだけで部屋の雰囲気が結構違って見えるんだから、侮れないものだ。他の部屋の絨毯も変わっているらしかった。
エレーヌとソフィアに相手をしてもらっている内に時間が過ぎ、そろそろ部屋を出ようかと考えたところへ、リディが訪ねてきた。
おや? と思った。朝食の時とは服装が違っている。
ローズランドの服装は動きやすく、王都と比べても断然カジュアルなのに、リディが着るとちゃんとした正装に見える。アステルと同じゴールドの髪を装飾のように携え、質の高い、希少な大粒のエメラルドみたいな目で周りを虜にするリディが身につける衣装なら、なんでも公式装束に見えるのかもしれない。着る方も着られる方も、大事なのは素材なんだなあと改めて得心する。
「桜、今よろしいかしら?」
訊いてくる態度に疑問を覚えた。いつもより控え目で、口調もどこか歯切れが悪い。私と二人きりの時はとにかく遠慮のない態度をとってくるのに、今は深窓のご令嬢感を全面に押し出している。エレーヌとソフィアが同席しているおかげ……にしても勢いがないような?
「いいよ、どうしたの?」
不思議に思いながらもそれは指摘せず、扉の内側に立っていたリディに手振りで入ってと伝えた。
座って、とソファへ促すと、リディは素直に私の隣にお行儀良く腰掛ける。
「実は、お願いがあるんですけれど」
自分でも納得できていない不可解な事柄がある、という表情をしながらリディが事情を語り出す。
内心で驚愕しながらも、私は黙って話を聞くことにした。リディが私に何かを頼んでくる機会なんて滅多にない。アステルのことでライバル心を常に燃やしている私に借りを作るなんて、プライドがトーリア山脈並みに高くて分厚いリディにとってはあり得ないことなんだろうし。私の方は何度も泣きついているんだけれど。
まあそれはともかく、リディの話は次のようなものだった。
リディも朝食の後は部屋へ帰り、一度着替えたらしい。うんうん。服が替わっているもんね。
それから窓の側へ寄って、しばらく外の景色を眺めていたそうだ。窓辺に佇む美貌の貴婦人、なんてタイトルで絵が描けそうだ。
その時に、イヤリングが落ちてしまった。リディは隣にいた侍女のマーガレットさんが動こうとするのを制し、しゃがんで拾おうとした。すると金具部分が引っ掛かってしまい、色鮮やかな絨毯の縁が、イヤリングと一緒についてきてしまった。丁度部屋の隅、絨毯の角部分だったようで、簡単に持ち上がってしまったらしい。それは一瞬のことで、すぐに絡まりがほどけて絨毯はパタリと元通りになったけれど、剥き出し状態だった床に何かが見えたとリディは気付いた。
マーガレットさんに拾ったイヤリングを預け、今度は意図して絨毯を捲ってみる。すると濃い色をした滑らかな木の床に、透明な球が埋め込まれていた。
球の中には虹色が渦巻いており、ファーミルで使う情報入りのペトラに見えたらしい。ペトラが床に埋め込まれ、上部の半円だけが露出したような形だったそうだ。
「マーガレットに訊いても、目にしたのは初めてだと言うんですの。もちろん、私もあんな所にペトラ――あれがそうだとしたらの話ですけれど、ペトラが埋められているなんて初めて知りましたわ。とても綺麗な物ですけれど、装飾のためだとしたらあまりにも他との兼ね合いが取れていませんし、何より隠すように覆われていたでしょう? それが気になってしまって。桜の部屋にも同じようにあるのではないかと思って、訪ねて参りましたの」
私とリディの部屋はローズフォール城本館の三階にある。この階には東向きの同じ並びに三部屋あって、私とリディの部屋は隣り合っている。三部屋の中でも私たち二人の部屋は内装は違えど、造りはほとんど同じだ。柱の関係で、私の部屋の方がちょっと狭くなっているかな。
そういうわけで、リディはこちらの部屋にも同じ場所に不可解な物が埋め込まれていないか、確認しにきたということだった。
なんだ、それだったらお願いってほどのことでもないじゃない。せっかくリディに恩を売るチャンスだと思ったのに。ちょっとがっかりだ。
正直な内心は置いておいて、じゃあちょっくら見てみますか、と私たちはソファから立ち上がった。
「あそこの窓の下ですわ」
リディが指さしたのは、寝室との境になっている壁の、すぐ近くにある窓だった。胸の高さから天上まで続く長方形に細長い大きな窓で、はめ殺しというやつだ。真ん中部分にだけ、線を放射状に組み合わせた擦り模様が彫られてある。外は雲一つ無い晴天で、キラキラした陽光がふんだんに注ぎ込まれてくる。窓際に立てば、眼下には見事に手入れされた庭が広がっているだろう。
私とリディは窓の下にしゃがみこんだ。
模様替えの結果現在のローズフォール城では、毛足の長くない、精巧な模様と色彩が芸術品ともいえる、目にも楽しい絨毯が敷かれている。感じ的にはペルシャ絨毯みたいなやつだ。暖かい羊の毛や細い絹糸を手作業でビッシリ編み込んで作られている絨毯は、ふっくら分厚くて、スルスルと異様に肌触りが良い。踏みつけてごめんなさいと謝りたくなるほどの、高級感を訴えかけてくる。どのくらいの値段がするのかは、怖くて訊いたことがない。
私の部屋の絨毯は、夕焼けを連想させる朱が入った鮮やかな赤地を特長としている。そこに白を基調とする記号化された花模様が、縁の幅広い部位や中央を覆っている。派手すぎない、調和した色目が奥ゆかしい一品だ。まさに可憐な風情が売りである部屋の主にピッタリ……脱線してしまった。
私は絨毯の角部分を捲ってみた。そうしたら。
あった。こっちにもあった。
窓から入ってくる光からは死角になった他よりも暗い部屋の隅で、虹色の半球がぼわっと浮かび上がっているかのようだった。
「確かにこれは――」
ペトラに見えるねぇ。言葉を切ってリディと顔を見合わせる。艶やかな唇が「でしょう?」と言葉を紡いだ。
通常、ペトラは丸い小石のような灰色で、中にデータを入れてから初めて彩色を得る。じゃあ、このペトラにはなんの情報が入っているんだろう? というかそもそも、なんでこんな所にペトラが? 二人でうーんと頭を捻るものの、答えは見出せない。
あ、そうだ。ペトラといえば。
「グアルさん!」
「え?」
「ペトラだったらファーミルでしょ? 丁度グアルさんがいるんだし、訊いてみようよ。何か知ってるかもしれない」
「床に埋め込んだペトラの活用方法を、ですの?」
そんな馬鹿げた用途、見たことも聞いたこともない。そう言いたげに眉を潜めるリディには構わず、私はソフィアにグアルさんを呼んできてもらった。幸いグアルさんは部屋にいて、すぐに捕まえられた。
「驚いたな」
床に嵌っている見慣れた仕事道具を目にして、感嘆の声を上げている。
「どう見てもペトラだね。でもこれはファーミルがあって初めて役に立つ、情報保存用の物品だからなあ。こんな使い方は普通しないよ。残念ながら、僕ではお役に立てそうにない」
せっかくスペシャリストを連れてきたのに、またしても困惑顔を突き合わす結果になってしまった。
「これ、取れるのかしら?」
三人で唸っていると、突然何かに気付いたようにリディが腕を伸ばし、指先でペトラに触れた。
次いでグラリと身体が傾いだと思うと、倒れ込んでしまった。柔らかな毛並みの絨毯にリディが受け止められるまで、私は呑気にも、バランスが崩れたのかな? なんて考えていた。
「リデル様!?」
グアルさんが慌てて傍に寄り、それでやっと私も何かあったのだと気付いた。
冗談でなく、リディが倒れてしまったんだ!
そう認識し、私も急いでリディの様子を確認した。
呼吸は規則正しく正常、顔色も悪くないし、表情も安らかだ。ただ、頬を叩こうが大声で呼びかけようが、閉じた目を決して開けようとしない。
「直ちに旦那様とアステル様を呼んで参ります」
エレーヌとソフィアが駆け出した。
眠り姫状態のリディを前に、胸が不安でザワザワする。リディの手を両手で握ると、とても温かかった。その感触に、心臓が締めつけられる。
リディはペトラに触った途端、倒れた。そもそもが通常の状態でない、家人も知らないような怪しい物体にはもっと警戒を抱くべきだったのだ。
さっさとヘンリー父さんたちに知らせなかった自分が腹立たしく、私はほぞをかんだ。
「桜様、旦那様とアステル様が!」
そして火急の報せとばかりに飛び込んできた、エレーヌとソフィアが持ってきた情報に、私とグアルさんは立ち尽くしてしまった。




