土産
※静寂の祭り2後ぐらい
アステルはローズランドに帰る時、いつもお土産を持ってきてくれる。趣味のいいアクセサリや小物類もあれば、私の好みを分かってか、甘いお菓子類も結構あった。やっぱり王都はローズランドよりも物が豊富で珍しい品が多い。
今回のお土産で一番私の目を引いたのが、飴細工のお菓子だった。ガラスのような琥珀色の花瓶の中から、折れそうに細い翡翠の茎が伸び、珊瑚のような色合いをした薄い花弁がいくつも集まって咲いている。そこにそれぞれ紅、紺、からし色の小さくて可憐な蝶々が止まっていて、夢のように華やかな光景が広がっていた。
照明の光を透かして艶やかにキラキラと光る花束。これが全部飴で作られているなんて驚きだ。
「これ、食べられるの?」
信じられない思いで訊くと、アステルが愉快そうに笑う。
「はい。香りを嗅いでみてください」
確かに本物みたいに精巧だけれど、匂いも花みたいなの? と疑問に思いながら、花に鼻を近付けた。……念のため、オヤジギャクを狙ったわけじゃないよ。
「いい匂い!」
仄かにだけれどとても甘い香りを感じ取って、私は思わず目を瞑ってクンクン鼻をひくつかせてしまった。予想していたようなフローラル系じゃなくて、バナナとマンゴーを組み合わせたような、すんごく舌で味わってみたくなる匂いだ。自然に、顔が溶かされたように緩んだ。その感情を伝えたくて顔を上げ、アステルと目を合わせる。アステルも私につられたように笑みを深めた。
「南方でだけ産出される香料が使われているそうです」
その説明を聞いて、バナナもマンゴーも南国の果物だもんねと納得する。この世界ではどっちも見たことないんだけどね。植物形態は結構似ているから、似たような果物があるんだと思う。
そこでふと、どうやって運んできたんだろうかと思った。こんなに繊細なんだもの、馬車の揺れですぐ粉々になっちゃいそう。崩さず運ぶのに、かなり気を使ってくれたんじゃないだろうか?
「ね、これって――」
疑問をそのまま声に出そうとして、はむっと口を噤んだ。アステルが表情だけで「どうしたのか?」と問いかけてくる。
多分、アステルは私が喜ぶと思ってこの儚い花を持って帰ってくれたんだろう。だったら告げるのは労いや、申し訳なさのこもった謝罪の言葉じゃなくて。
私は心のままに、はしゃいだ口調で提案した。
「このままずっと飾っておけないかな? 部屋に置いておけば、眺める度に綺麗な姿を堪能できるし、どんな味だろうって想像して楽しめるでしょ?」
素直に気持ちを受け止めること。
「食べなくていいんですか?」
アステルがこれ以上ないほど意外だという顔をした。
失礼な。
勢いよく腰に手を当てて、憤慨してみせる。私だってなんでもかんでも口に入れるわけじゃないんだからね。
失敬な発言について「すみません」と謝罪したアステルに対して、私はどこかの見識家のように腕を組み、それなら許してあげるとしたり顔でウンウン頷いた。
や、実をいうとかぶりついてしまいたいんだけれど。全部平らげてしまいたい欲求はめちゃくちゃ強いんだけれど。
でもこの夢のような花が姿を留めていれば、私が向こうへ帰っても、ここの人たちに抱く想いがこの花と一緒に残っていくような気がしたのだ。思春期の純粋な少女らしい感傷だよね。
「では、鑑賞できるように加工する手配をしておきましょう。でもその前に――」
途中で言葉を止めたアステルがおもむろに腕を伸ばし、本物よりも壊れやすい紅い蝶をすくい取った。儚い夢を閉じ込める、限りなく優しい手つきだった。
アステルの手のひらで光に震える飴細工が、そろりそろりと私に近付いてくる。私の目はその一点に惹き付けられ、吸い込まれたまま離れない。
「これ一つくらいはいいでしょう。桜、口を開けてください」
いたずらっぽい声音に誘われる通り、すんなり口を開いた。果物にも似た瑞々しい甘みが唇を通って舌に乗り、綿菓子を含んだ時のようにすぐさま溶けていく。同時に、幸せが身体へ染み込んでいったような気がした。
「美味しい」
どこか放心したように、それでも心から呟くと、アステルが顔を綻ばせる。
それを見て、やっぱり初めてもらったお給料でアステルの分も何か買えばよかったと、後悔してしまった。




