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萌黄色の災難 結末

 生活感に溢れた空間、使い込まれた四人掛けのテーブル。現れた先は、見覚えのある場所だった。

 そのテーブルにはお茶のカップが乗っていて、四人の男女が座っている。向こう側の席に座り、呆気に取られたという感じでポカンと口を開けて私を凝視しているピジョン。ちなみに今日は男性姿。それからピジョンの斜め向かいに着席し、身体を捻ってこちらを向きつつ、興味深そうに目をしばたたかせているスター。

 後の二人は……誰だろう?

 ピジョンの斜め、つまりスターの向かいには特に表情を動かさない男の人が。残りの席には特売品を見るような目――要するに、好物を前にして輝くような眼差しを私に寄越す女の人が座っている。

 二人とも天海の彩だから、多分ユヴェーレンなんだろう。男の人は瑠璃色の、女の人は赤みがかった褐色の髪と目をしている。服装から見て、大陸東南側の人たちなのかなと憶測した。これについては先生に習った覚えがある。

 上半身部分はなんの変哲もない、八分袖で生成り色の無地Tシャツを着ている。特徴的なのは下半身部分で女の人はスカートに、それから男の人はズボンに、各人で考案した刺繍を縫いつけるのだ。しかも結構ド派手な。ちなみにその作業は男女、更には貧富の差関係なく自分でやるらしい。

 テーブル下から垣間見えるスカートには、幾種類かの円形を繋げて構成されるカラフルなラインが、横方向に何本も張り巡らされている。ズボンの方は、これまたカラフルな多角形が組み合わさって、規則的な模様を作っていた。なんか、ホープの魔術陣を思い出す。

 あ、そうか、とそれで気付いた。確か、ティア・ガーネットは一角、ティア・ラピスラズリの象徴は十二角だ。それをアレンジしているのか。

 この人たちは石をどんな形で身につけているんだろう?

 好奇心混じりにそう思ったけれど、パッと見で分かる部分には飾ってないようだった。

 それにしても、間近で見なくても二人の刺繍は中々見事なものだと分かる。あちらの地域の人々は、自分の持ち物に自らのマークを刺繍するのが一般的らしく、そういった技が生活に根ざしているらしい。私は己の刺繍技術を顧みて、ちょっと落ち込みたくなった。いや、でも一ヶ月間の地獄の特訓のおかげで、これでも結構上達はしたんだけれど……。まあそれは置いといて。

 ただ、都市部ではその伝統芸能的な習慣も段々薄れていっているらしい。人や物資が沢山集まると、考え方も作業も合理化・簡素化されてしまうのは世の習いというやつだ。それについて私がどうこう思うのはおこがましい気がするので割愛しておこう。この二人が今現在もその地方に住んでいるのか、それとも故郷の風習をただ受け継いでいるだけなのかはちょっと分からないな。

 そんな具合に、うーむとイヴに抱きかかえられた格好で、頬を掻きつつ私は二人の服装や背景について思い巡らせていた。時々、肩に乗った梔子が私の髪を嘴で突っつく。


「イヴか?」


 背後から、嬉々としたと形容するのがピッタリな声が聞こえてきた。多分、イヴがフードを取っているから喜んでいるんだろう。

 そう見当をつけながら、私は梔子が乗っているのとは反対側のイヴの肩越しに、よいしょと振り向いた。すると声の主、布を敷いてある床にペタリとあぐらをかいて座っている、おじいちゃんと目が合った。

 その目がまず、驚いたように見開かれる。次いで頬が痙攣するように震えだし、合わせて口が大きく開く。

 そしておじいちゃんは、一気に爆発したように膝をバシバシ叩いて「なんじゃ、桜か!」と吹き出し、それからヒーヒーと腹を抱えて笑い出した。

 なんなんだ、その反応は! 愛くるしい幼児を目に入れてまず起こしたリアクションがそれか!

 新しいユヴェーレンの二人については、頭から吹っ飛んだ。デリカシーのないおじいちゃんに私は当然腹を立て、身を捻ってイヴにここから降りたいと合図を送り、降ろしてもらった。

 憤りを込めて一声叫ぶ。


「じいっ!」


 おじいちゃん、と言えない自分を不便に感じる。その拙さ全開の発言を受け、さらに腹を折って笑い転げているおじいちゃんの所まで、私は猛突進していった。ちなみに今回はありがたいことに、転ばなかった。そして背中に飛び乗り、ぐいぐい体重をかける。

 どうだ、成敗だ!

 でも無念なことに、私は「参った、参った」と全然降参する色のない笑い声で言うおじいちゃんの、背中に回した手に腕を掴まれた。そのまま頭を低くした体勢の肩越しにくるっと回転させられ、ポスッとあぐらの膝に乗せられてしまった。くそお、体重が少ないと効き目がないな、やっぱ。

 私はおじいちゃんに背中をもたせかけ、鼻に皺を寄せてぶすくれた。


「こりゃまた縮んだのう、桜」


 頭上から愉快さを滲ませた声が降ってくる。


「イヴの仕業か?」


 さらには頭を撫でられた。その仕草に若干怒りを掃き散らされつつ私は、この光景をハタから見た場合について想像を巡らせた。

 これってさ、まるで。


「お前ら、そうして見ているとひいじいさんとその孫だな」


 そうそう。それそれ。っていうか、じいちゃんじゃなくてひじいちゃんなのか、ピジョン。

 私はもたれかかった状態から身を起こした。頬杖を突いて発言した紅玉のユヴェーレンに顔を向けて、同意のためにうーと唸り、コクコクと頷く。

 イヴは私を取り戻したいけれど、相手がおじいちゃんだから近寄るに近寄れないらしい。ジレンマに陥ったようにそわそわしていた。わざと年寄り姿になっている薄紫の魔術師が、「孫か……」といささかショックを受けたように呟く。いや、誰が見てもそうだと思うよおじいちゃん。

 それにしてもこの幼児姿、身体全体の大きさに対して頭の占める割合が大きい。だから、さっきみたいな首を振るだけの動作で頭が傾き、バランスを崩しそうになる。

 機敏な動作は止めておいた方がよさそうだ、と考えながら体勢を立て直す。おじいちゃんが後ろからお腹に手を回して支えてくれた。お礼を込めて、その腕をペチペチと軽く叩いておいた。


「イヴがあの時妙な様子だったのはこれだったんだな」


 ピジョンが納得したように言う。あの時というのは、波真太比の洞窟で鱗を手にした際の怪しい挙動のことだろう。そういえば、なんか嫌な予感がしてたんだよな、と私も合点がいった。

 双子の片割れの言葉にスターがクスクス笑いを零しながら立ち上がる。こっちへ向かって歩いてきた。


「私たちに子供の桜を見せにきてくれたのですか?」


 横を通り過ぎながら尋ねられ、もどかしそうに私とスターを見比べながらイヴが答える。


「こっちの桜……。すごくかわいい……」

「確かにかわいいですね」


 紺碧の天海の彩は、可笑しそうに口元へ手を当てながら返事した。そのやりとりに、私はもの申したい気持ちで一杯になった。

 私は普段だって清楚で可憐でかわいいぞ。しかもスター、見せにきたって、私はイヴのペットか!

 唇を尖らせつつ、目の前に来たスターに険しい視線を送った。でも送られた当人は鋼鉄の槍のような私の視線を聖母じみた微笑みで跳ね返し、しゃがむと両腕を差し出してくる。


「ジスタ、私にも抱かせてください」

「いいぞ、ほれ」


 ほれじゃない! 本人の了承を得なくていいのか!

 虚しくも言葉にならない意見は置き去りにされ、私はおじいちゃんの膝からスターへと、気軽な調子で手渡された。スターは私を抱き取ると、そのまま立ち上がる。

 私はむむう、とうめきながら過去を思い出していた。

 前回、幼児姿になった時は、周りの連中から散々構い倒されたのだ。プライベートな時間は皆無。トイレの時さえ付き添われた。さすがに個室の中までは立ち入らせなかったけれど。

 今回もそうじゃないだろうな、と今にも雨が降り出しそうな空を見上げるような、憂鬱な気持ちでスターを仰ぐ。するとなんというか、やる気満々な表情に迎えられてしまった。

 私はこれから過ごす不自由な時間を確信し、悟りを開いたお坊さんのような気分で諦観した。きっとどうしようもない現実に直面した多くの人が、私のような心境に陥るんだろう。ま、悟りなんて開いたことないけどね。

 なんにしろ、あと数時間のことだ。魔力の無い私は、術が解けるのにアステルやヘンリー父さんよりも長くかかるかもしれない。けれど前回よりは短いはずだ。改造されたことでさらに日数がかかるようになる、なんて可能性は頭から閉め出した。人間前向きであらねばな、うん。

 そうやって私がスターに撫で繰り回されていると、この機会を待ってましたとばかりにイヴが近付いてきた。


「桜……。――っ!?」


 あれ?

 どうしたことか、両手を伸ばしてきたイヴが私の視界から弾き飛ばされる。代わりに、今までイヴのいた位置に、ティア・ガーネットと思しき女の人が息を荒くして立っていた。凄い勢いだな。

 ちなみにイヴは尻餅をつき、ティア・ガーネットを見上げて睨んでいる。梔子も一緒にピィピィ文句を言っていた。でもその感情は全く届いてないらしく、ティア・ガーネットの視線は私に釘付けされている(照れるじゃないか)。両者の目線が交わることは決してない。

 気の毒に、とイヴに同情を贈りつつ、私は改めて目の前の女性に焦点を定めた。

 髪は引っ詰めていて、多分伸ばしたら肩より下くらいだと思う。年齢は私より上、スターたちより下ってところかな。顔立ちはユヴェーレンのお約束通り整っている。背はあまり高くないみたいで、スターの顎辺りか。もしかしたら私といい勝負かも。親近感湧くな。

 なんとなく、見ていると尻尾を振っている子犬を思い出す。庇護欲を誘うタイプで、イヴが成長したらこんな感じかなという印象を持った。

 そのティア・ガーネットがこちらに腕を差し伸べ、無邪気に言い放つ。


「スター、私にも、私にも!」


 そしてスターが「はい」とも「いいえ」とも返事をしない内に、私は掠め取られてしまった。

 まだ立ち上がっていないイヴが下から「ガーネット……!」と強い口調で文句を言う。べーっと舌を出し、ティア・ガーネットは私を抱いたまま自分が座っていたテーブルの席まで戻っていった。

 意外だった。イヴがティア・ガーネットに取る態度は、他の皆に対する時よりも余程親しいように感じたのだ。距離が近いとでもいおうか。以前におじいちゃんとイヴがやり合っている時も仲良く見えたけれど、間には怯えが横たわっていた。でも今回はそれがない。


「おーうーあー」


 ホープ以外にも仲良しがいるんだね。

 そう嬉しい気持ちで伝えたかったんだけれど、やっぱり言葉にならなかった。でも今回もちゃんと通じていたみたいで、イヴは思いっきり眉をしかめた後、「ガーネットとは仲良くない……。むしろ嫌い……」と明後日の方向を向いて吐き捨てた。それを受けたティア・ガーネットも、「私だって!」とイヴとは反対方向を向く。どうやら、遠慮のない間柄と言い換えた方がよさそうだ。


「まあまあ二人とも」


 気を取り直させるようにスターが言った。


「イヴと桜にはお茶を淹れましょう」


 次いで私には、いつもよりもっと甘めにしましょうか? と少しからかうように確認してくる。

 年齢は元のままだってば!

 私はティア・ガーネットの膝の上でスターを睨め付けながら、ぶんぶんかぶりを振った。おじいちゃんが「儂にももう一杯くれ」と台所へ向かうスターに空のカップを渡していた。


「僕も飲みたい」


 それまで黙って一連の様子を眺めていたティア・ラピスラズリが、おもむろに席を立つ。


「手伝うよ、スター。イヴはここへ座ったらいいよ」


 そうイヴへ向かって話しかけ、私の頭を通り過ぎ様撫でて、ティア・ラピスラズリも台所へ向かった。

 撫でられた頭をなんとなく触り、その後ろ姿を目で追いながら考える。

 ティア・ラピスラズリの印象は、ズバリ『静かな人』だ。顔立ちはやっぱり端正で、短い清潔な髪と涼しげな目元に好感が持てる。ユヴェーレンって顔を基準に選ばれているんだろうか? それは置いといて。

 何故だろう?

 ティア・ガーネットは仲間意識を持てるくらい落ち着きがなさそうな人で、お互い正反対なのに、二人からは同じ『匂い』を感じる。服装から見ても同じ場所で住んでいるみたいだし、年齢も同じくらいなんだから当然といえば当然なんだろうけれど。でもそれとは違う、もっと深い、本質的な所が同じという感じがするのだ。


「晩メシはどうするんだ?」


 その声に、ピジョンの方を向いた。視線がこっちに注がれている。どうやら私に対する問いかけらしい。

 とはいえ私に選択権はない。明日の夕方まではイヴに付き合うと決めている。

 そう思ってピジョンには答えずイヴへと顔を巡らせた。

 未だ不機嫌そうに苦虫を潰したような顔をしているイヴは、誰も見ないまま「食べていく……」と呟く。ちなみに答えたのは肩に乗っている梔子だ。

 イヴ、もしかしたら最初からここでご馳走になるつもりだったんじゃ? とちゃっかりさ加減にちょっと呆れながらも、ここで食べるご飯が好きな私は素直に喜ぶことにした。

 不意に、周囲が暗くなったような気分に襲われた。や、多分それは錯覚で、実際に明るさは変わっていないんだと思う。

 どうしてそんな風に感じるんだろう? 不思議に思ってキョロキョロと辺りを見回した。

 そんな私の様子に気付いたのか、ティア・ガーネットが「どうしたの?」と声をかけてくる。私は背後のティア・ガーネットを振り返った。顔を上げ、目を合わせる。

 その途端、心臓をまっ黒な煙で覆われたような気分にさせられた。煙が骨に沿い、血管を通って範囲を広げていく。じわじわと得体の知れない存在に身体を浸食されていくという、妙な危機感を抱いた。

 私を見つめる双つの褐色から目を逸らせたいのに、全身が凍りついたようにいうことを聞いてくれなかった。鼓動が早くなる。身体がスウッと冷えていく。

 おじいちゃんが何かを話しながら移動してきて、空いている席へ着こうとする。私のすぐ側を通っていったのに、とても遠い場所の出来事に感じられた。ティア・ガーネットは笑みを刷いている。普段だったら、とても人懐っこくて愛らしいと思えるはずだ。つられてこっちまで笑顔になってしまうような。

 ティア・ガーネットがその表情を浮かべたまま、手を私の頭へ持っていく。

 やめて。やめて。

 既に膝の上に乗っているのに、触られるのがたまらなく嫌だった。喉があ、と悲鳴に近い声を出す。ティア・ガーネットの手の平が、私の頭に触れる――


「待て、ガーネット」


 間際、私とティア・ガーネットを切り離すようなピジョンの声が響いた。呪縛が解けたように、身体が動くようになった。

 私が急いで顔を背けると、イヴが慌てた様子で「大変、忘れてた……」と言って立ち上がる。身体を伸ばし、私をティア・ガーネットの膝から強引に掬い上げた。というか、私としては救われたという気持ちが大きい。そのままイヴの首にかじりつく。今さらながらに身体が震えていることに気付いた。腕を甘噛みしてくる嘴の感触に安堵する。

「何すんのよイヴ!」と背後から憤りの声が聞こえる。でも私はその声の主と対面したくなくて、イヴの首に顔を埋めたままでいた。


「やめろ。自分の性質を忘れたのか。桜が不安がっている」


 ピジョンの言葉で、今の自分の状態に初めて思い当たった。

 そうだ、不安。

 この、黒いものに身を蝕まれるような感覚の正体は、『不安』だ。


「ごめん。離れるべきじゃなかった」


 その声が聞こえてきた途端、今までの『不安』が嘘のように霧散した。顔を上げて振り向く。頬を膨らませて座っているティア・ガーネットの後ろにスターと、そしてティア・ラピスラズリが立っている。その手が、慰めるようにティア・ガーネットの肩を包んでいた。そうされている当人は、追い詰められたような表情で一人一人を見渡し、最後に私に視線を固定した。

 泣きそうだ、と思った。


「何よ、何よ! わざとじゃないもの!」


 そう叫んだ後、この場から姿を消してしまった。気まずい沈黙の中、全員の目が、今までティア・ガーネットが座っていた椅子に注がれる。そうしていると、またあの人が現れるんじゃないかと期待するように。

 瑠璃色のユヴェーレンがふう、と息を吐き、私を見た。


「本当にごめんね」


 申し訳なさの滲んだ声音で言う。


「でも本人が訴えていた通り、悪気があったわけじゃないんだ」


 ティア・ラピスラズリは私に近付き、頭を撫でた。スターを振り向く。


「片付け手伝わないけど……」

「構いませんよ。お客様にそこまでしていただこうとは考えておりません。それよりも、早く行ってあげてください」


 スターが苦笑しながら応じると、ティア・ラピスラズリはまた「ごめんね」と微笑しながら謝罪した。「じゃあこれで」と片手を上げる。

 待ってほしくて私は咄嗟にその手を掴んだ。瑠璃色の髪が翻り、「何?」と首を傾げる。

 私はさっきのことは気にしないでと告げたかった。悪気はない、わざとじゃないというのはさっきの態度からもよく分かる。私を見てあんなに嬉しそうに笑ってくれていたのに、とても傷付いた顔で帰してしまったのだ。できる事ならまた会いたいと伝えたかった。こんどは笑顔でお別れできるように、挽回のチャンスがほしかった。

 それなのに、私の口から出る言葉といえば。


「あー、ぐぁ!」


 ええい、自分でもわけ分からん! 目線で懸命に訴えつつも、私はままならない状況に髪を掻き毟りたくなった。でもティア・ラピスラズリはパシパシと二度瞬きした後、何を思ったのか相好を崩す。


「何言ってるのか分からない。でも、なんとなく伝わってきたよ」


 ありがとう、と言ってまた私の頭を撫でる。そしてピジョンの方を見た。


「この子、連れて帰っちゃダメ? 喜ぶと思うんだけど」


 そういう場合はまず、本人の意志を確認すべきじゃないのか? 言葉にならないから内心で突っ込んでおいた。


「絶対駄目!」


 イヴが私を抱いたまま断言し、さっとティア・ラピスラズリから離れる。私もそれはちょっと遠慮しときます。

 今までのシリアスな展開に発言を控えていたらしきおじいちゃんが、クックと笑いながら口を開いた。


「桜の保護者殿が承知せんじゃろう。お主も大変じゃのう」


 それにティア・ラピスラズリが幸せそうに目尻を下げ、締まらない面持ちを晒す。

 おっ、と思った。冷静な印象があったけれど、ちょっと意外な表情だ。でも、とてもいい感じだ。


「そうでもないよ、お互い様だし。それに、愛してるからね」


 じゃあと言い残し、ティア・ラピスラズリは掻き消えた。


「……ごっそうさん」


 ピジョンが脱力したようにガックリと顔を俯け、今はもう誰もいない空間へ向けてバイバイと手を振ってみせた。



 その後は各自が席に着き、お茶の時間となった。私はイヴの膝に乗り、普段よりも甘めのお茶を飲みながら、二人について簡単に聞かせてもらうことにした。左斜めに座るスターがカップに口をつけ、一息吐いた後に話し始める。


「ガーネットは闇。ラピスは光の性質を持っています。闇は光、光は闇」


 なんだそれ? 光は光、闇は闇じゃないの? そう思ってあーうーと適当に唸ると、スターがさもありなん、とばかりに頷く。その後を右斜めのピジョンが継いだ。


「相反するようでいて、二つの性質は同じだ。求め合い、惹かれ合い、別ちがたく結びつく。光は闇がないと自分の存在を確認できない。闇は光がないと全てを滅びに向かわせる。何も産み出せない」


 な、なんか禅問答みたいになってきたぞ。私が苦悩の表情で頭を抱えていると、向かいのおじいちゃんが要点を纏めてくれた。


「どちらも世界にとって必要不可欠な存在であり、お互いがお互いにとって無くてはならぬ存在だということじゃ」


 そう認識しとけばええと重ねて言われ、とりあえずはうんと頷いておいた。それだったら分かりやすい。


「それにしても……」


 背後で子供の声が呟く。私はイヴにもたれかかり、目線だけを上に向けて声に集中した。


「通常の人間だったらあそこまでにはならない……。僅かに気分が暗くなる程度……。やっぱり、桜は影響を受けやすい……」

「そうですね。ですがもうあのようなことはないでしょうし、我々が気をつけておけばいいという話でしょう」


 しみじみと頷き合う一同を見て、やっぱり魔力が無いってこの世界では不自然なんだなと再認識した。

 とりあえずはお世話をかけますと頭を下げておいた。



 それからはまあ、予想通り皆のいいオモチャにされた。そして、夜は結局スターたちの家で泊まっていくことになった。

 寝る時間になってもまだ元に戻れていない私は、朝起きたら大きくなっていますように、と成長期に身長が伸び悩んでいる男の子のような願いを抱きつつ、イヴに抱き枕にされながら眠りについた。

 そしてこれは余談なのだけれど……

 夜中、私は人の声で目を覚ました。何を言っているのか判然とはしないけれど、ぶつぶつぶつぶつ念仏を唱えるような声が聞こえる。私は横向けに寝ていて、その正面ではイヴが寝息を立てている。声は私の背後から響いてくる。

 でも変なのだ。だって、後ろはすぐ壁になっているはずなんだから。

 その事実を認識してから、一気に背筋を悪寒が走った。こここ、これじゃ、何かの怪談話じゃないか!

 ごま粒のように気の弱い私はイヴにしがみついて震えた。すると、不気味な念仏の間に「ピィ」と笛のような音を耳が拾った。

 私はうん? と片眉を上げる。

 まさか、と思って恐る恐る背後を振り返った。

 そして私は、身体がベッドを突き破って床に沈みこんでしまうんじゃないかと思えるほど脱力した。

 ――梔子じゃんか!

 壁と私の間にある狭いスペースには、背中の羽に頭を突っ込んで、スピスピ寝ている梔子がいたのだ。寝息の合間にぶつぶつピィピィ言っている。私は首を忙しく動かし、イヴと梔子を交互に見比べた。多分、ぶつぶつの部分がイヴで、ピィピィの部分が梔子だ。っていうかイヴ、寝言まで梔子に代弁してもらっているのか……

 今日は本当に疲れた。私はへなへなと布団に突っ伏し、二度目の眠りについた。



 果たして、朝起きても私は小さいままだった。さらには、愛想笑いを貼りつけてそそくさと逃げるように消えたイヴに、屋敷へ送り届けてもらった夕方になっても戻れていなかった。

 歓喜の表情のエレーヌとソフィア、それからいつの間に用意していたのか大量の子供服に出迎えられた私は、それから一週間災難な毎日を送ったのだった。

  

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