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萌黄色の災難 序

 ※この話は「水色の災難」の続きのようなものです。さらに、本編の「解放」までを読み終えていないとよく分からない部分があるかと思われます。なので、どちらも読み終えた後にご覧いただくことをお勧めします。


「マース、これ見て……」


 ここはとある絶海の孤島。ユヴェーレン・アクアマリンの座を温めるマースの住み処である。

 イヴは人見知りという気質を持ちながらも、仲間内での交流頻度は随一を誇る。彼女が持つ様々な植物は質も希少性も高く、重用されていた。

 しかしフードを被り、梔子越しに話すという姿勢は余程気を許した者にしか崩さない。そしてこの場に佇むイヴは、常に見られるように顔を隠し、陰気な風情を保っていた。

 マースも魔道具作りに於いてイヴの恩恵に預かっている一人である。とはいえ、マースは供給される物品にきちんとそれ相応の対価を支払っている。例えば研究の最中に偶然出来上がった、植物の成長を異様な方向に促進させる薬などがそれだ。

 この薬がくせものだった。

 試しに弟子が庭の雑草にその液体を振りかけたところ、なんの変哲もなかったはずの緑草は、島全体を瞬く間に覆い尽くす速度で増殖してしまった。

 さらに変異した草たちの勢いは留まるところを知らなかった。

 今度は狭い島を出て大陸に進出しようとでも野望を抱いたのか、塩分などものともせず海底にまではびこりだしたのだ。

 魔術、魔道具と持てる技術を駆使し、マースと弟子は苦労の末になんとか緑の悪夢を殲滅した。

 ところがその話を聞いたイヴが、その薬を分けてくれと言いだしたのだった。師弟は驚いたものだが、畑違いのアクアマリンとは違い、あらゆる植物の性状をよく理解しているペリドットは、不可解な薬物を達者に使いこなしているようだ。時々追加を頼むとマースのもとを訪れていた。

 需要と供給が調和している両者であるとはいえ、お互いに譲れぬ一線も持っている。

 水を司る性質を持つユヴェーレン・アクアマリンは自分が制作した魔道具を、他者の思う通りに改変することを何よりも嫌っていた。

 そのようなわけで、イヴは小箱を自分の望む効果だけを発揮する魔道具に作り替えたいと思っていても、中々果たせないでいた。下手に願い出れば、「返したまえ」と取り上げられるという懸念もあった。

 しかし……、とイヴは内心でほくそ笑む。

 イヴが今手に持っている物を見れば、マースは何を置いても自分にやらせてくれと懇願してくるだろう。

 果たして、マースはイヴが差し出した波真太比の鱗と長剣を一目見るなり、飛びかからんばかりの勢いで身を乗り出し奇声を上げた。


「こここここれは、瑞獣の鱗ではないか! ではフリューゲルなのか!? もっとよく見せてくれたまえ、イヴ!!」


 思い通り……。腕を伸ばして奪い取ろうとしてくるマースの手を寸前でさっと躱したイヴは、そのまま後ろ手に剣と鱗を隠す。


「何故隠すのだね!?」

「落ち着いてください、師匠」


 涙ぐまんばかりの大袈裟な仕草で身悶えするマースを、彼の弟子が冷静な声で宥める。

 イヴは上手くいきそうだと勝利を確信しながら、懐から金色に輝く小箱を取り出した。蓋にはアクアマリンの透明な石が、三角形に存在を主張している。

 見覚えのある印と形状を認め、マースが眉を訝しげにひそめた。


「これは――僕が作った魔道具ではないか。何故君が持っている?」

「取引しよう……。これを改造してくれるなら、波真太比の鱗を預ける……。直させてあげる……」

「取引だと?」


 ふ、ふん、と鼻を鳴らしてマースは金の小箱から顔を背けた。


「見くびってもらっては困るな。僕が自分の作った魔道具に言われるがまま手を加えるとでも思うのかい?」


 魔道具の開発を至上とする研究者は、主の意を受けた梔子の言葉を一蹴する。それでも目はチラチラと、イヴの背後を気にかける様子を隠せてはいない。

 これは師匠の負けだなと瞬時に見て取った弟子が、無駄な時間を短縮するべく口を挟んだ。


「師匠、やせ我慢はよしてください。どうせ最終的にはイヴニング様に屈服する羽目になってしまうのですから。さっさと承諾した方が、瑞獣ゆかりの品を堪能できる時が少しでも早まろうというものです。師匠の念願だったではないですか」

「こら。君はどうしてそこであっさりバラしてしまうんだ」


 判断の速い弟子を叱責しつつもマースの懊悩を表すグラグラと揺れる天秤は、程なくして瑞獣の鱗という垂涎ものの珍品の方へ、地に埋まる勢いで傾いた。

 く……、と未練の心をかみ殺し、研究者は言った。


「足元を見てくれるではないか。いいだろう、君の望む通りにしようイヴ。で、どのように変えればよいのだい?」

「これを開いた者を……、幼い子供の姿に若返らせてほしい……」


 腹の内で小躍りしながら、イヴは梔子越しに要望を伝える。


「む……。何に使いたいかはこの際聞かないでおこう。どうせ僕には関係ないことだからな」

「――少しは気にしてください……」


 弟子が、当然のことのように言い放つ師匠の言葉に嘆息した。


「じゃあ、出来たら連絡ちょうだい……。それからこれを渡す……」


 背後に隠していた手を前に回し、イヴは馬の眼前へにんじんを吊すが如くに剣と鱗を見せびらかす。


「なんと!」


 マースが悲嘆にくれる叫びをあげた。


「先払いではないのか!?」

「当たり前……」


 追い縋るマースを置き去り、イヴは悠然とこの場を後にした。



 かくして数日後、金の小箱は銀の色に装いを変え、能力も新たに生まれ変わったのだった。

 望み通りの魔道具を手に満足した様子のペリドットと、波真太比の鱗を持って狂喜乱舞する嘆かわしい師匠の姿を見て、弟子はこれから災難を被る誰かのことを思い、密かに祈っておいた。


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