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月夜の誘い 影

 アステルは夜、突然人の気配を感じて意識を覚醒させた。

 いつでもフリューゲルに手を伸ばせるよう心を構え、身体は寝台に横たえたまま空気の動きを探る。そして耳慣れた息遣いを捉え、警戒を解くと静かに身を起こした。

 広い寝台の向こう、目に入った影は二つ。声を上げようとして、一方の影に仕草で止められた。

 スターが寝息を立てている桜を右腕で抱きかかえ、左手の立てた人差し指を唇に当てている。音を立てて起こすなといいたいのだろう。

 それにしても、とアステルは歩み寄ってくるスターを視線に留めながら思考を巡らせた。

 このユヴェーレンが女性だと充分承知しているとはいえ、男性の姿で桜を腕に抱いている様子を目にすると、どうしても気分が下降の一途を辿る。しかもアステルの内心を見抜いているスターは、意図してそれを見せつけているふしがある。

 スターには軽い苦手意識を抱いているアステルだった。

 サファイアの座に位置する魔術師は枕辺まで近づくと、桜を寝台の脇へ降ろした。どうやらまだ完全に寝ているわけではないらしい。寝惚けた娘がそのまま寝台へよじ登ろうとする様子を見て取り、アステルは驚愕に目を剥いた。

 問いかける視線をスターへと向けると、その本人は見かけだけは人のよさそうな顔で「お休みなさい」と微笑み、姿を消してしまった。

 桜はここがアステルの寝室だとは全く気づいていないらしい。倒れ込むように寝具の上へ突っ伏した。

 静かな部屋に、呑気な寝息が響く。


「ユヴェーレンとは…………」


 ダイヤモンドといい、サファイアといい、ペリドットといい、どうしてこうも対処に困る状況を作り上げてくれるのか。

 やり場のない感情を発散させるためにわなわなと肩を震わせ、やがてアステルは深い憂慮の滲む溜息を落とした。……それは桜も同じだったという、今さらな事実を思い出してしまったのだ。

 天海の彩とは共通の性質を持っているのだろうか? 諦観からくる疑問を抱き、この状況をどうしようかと暫し思案に耽る。

 桜が自らやって来たのであれば大歓迎である。だが据え膳とはいえ、意識のない相手にはいささか手を出しにくい。以前、夜中に桜の部屋に忍んだ事実は都合良く数にいれないアステルだった。

 このままアステルが他の部屋へ移るか、桜を本人の自室まで運んでいくか。

 そこで、どうしてスターがこんな時間に桜と行動を共にし、何故ここへ彼女を連れてきたか考えを巡らせた。世界の平定者であるスターは桜を守護している。そしてペリドットよりは周囲の事情に配慮する。

 とすれば、スターが桜の元を訪れた原因となる、何かがあったということなのだろう。そしてここへ連れてくるべきだと判断した……

 アステルは改めて桜を見つめた。月明かりの中俯せになり、安心しきったように規則正しく背中を上下させている。

 その姿を見ていると、何もかもがどうでもいいことのように思えてきた。

 突然別の世界から現れた娘が、ここで気持ち良さそうに眠っている。今はただ、その眠りを守ってやればいい。

 それだけの話。

 月の光がいざなったのだ。

 天の運行には逆らわないと決めたアステルは、最も大事な存在の隣へ横になった。そして起こさないように気を付けながら桜の身体の向きを変え、腕の中へと閉じ込める。

 この温もりは、常に傍に在る。焦る必要はないのだ。

 桜のこめかみに唇を落とすと、アステル自身も目を閉じた。


 朝日が昇って間もない頃、奇声を上げた桜が驚愕と共に飛び起きたのはいうまでもない。


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