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第二節 実〈ミ〉

 松野洋一は祖父母の家の隣に住む宗方小百合と何度か会った事があった。

祖父母の家に来る度一緒に遊んだ。正確には洋一が遊んでもらっていた。

 面倒見がよく世話好きな彼女は、ひねくれ者の洋一の相手をしてくれる唯一の同年代の友達だった。彼女は賢く、彼の不安を簡単に見抜いてしまった。彼女は分け隔てなく優しく、怒れば誰だろうと容赦せず、悲しければどこでも泣き、楽しければ笑う。宗方小百合は感情に素直な人だった。期待された感情を演じるのが重要だと思っていた洋一にとって、彼女は眩しいくらい羨しく素敵な人だった。


 現在、母親が入院中で父親は仕事に忙殺されている為、松野洋一は祖父母のもとに預けられている。

 宗方小百合は昔会ったときと変わらず感情に素直な人だった。磨きがかかった賢さは洋一の憧れであり尊敬すべきものだった。

唯一の友達にして敬愛の対象。詰まる所、松野洋一の世界は宗方小百合を中心に回っていた。






 授業開始の鐘が鳴った。

普段は動き易そうな服を来ている担任の先生も、今日は白いスーツを着ている。

 授業の内容はいつもと変わらなかった。各学年ごとのグループを作り、教科書で分からない所は先生に聞くというものだ。自習をしているのと大して変わらない。洋一と小百合は当然別のグループである。変わった事と言えば、教室の後ろにいる保護者の数が生徒より多いという事くらいだった。

 その中に松野洋一の保護者の姿はなかった。誰にも話していなかったから当然といえば当然である。はばかるべき人物がいない事を確認すると、洋一はいつも通りに教科書を開いて目を閉じた。






 蝉の声が響き、燦々と照る太陽。半そで短パンの格好で日の当たらない縁側に腰掛ける。桶に汲んだ冷たい水を足の裏で撫でるように回しながら、右手にはバニラのアイスクリーム。洋一は至福の一時を過ごしていた。






「松野さん。ミー太が来てるわよ」

どこからともなく小百合の声が聞こえてきた。周りを見回してもその姿は見えない。

 何が起こったか分からないで呆然としていると、隣りの男の子に肩を叩かれ世界が変わった。洋一は夢を見ていたようだった。至福の一時を邪魔された彼の寝起きは最悪だった。目を細くしてこすり、軽くあくびをする。

「ほら、ミー太が」

洋一は急かされているのを気にせずゆっくりと振り向いた。

 教室の後ろにある棚の上に、普通の猫より一回り大きそうな虎猫が細目で座っていた。

その猫は洋一のよく知るミー太(♂)に間違いなかった。ミー太は祖父母が可愛がっているふてぶてしい猫である。ミー太はこの辺りの猫のボスであるらしかった。


授業参観が終わり、帰りの会が終わり、洋一は帰り支度をしている。その間ミー太はずっと棚の上で寝そべっていた。先に持つ物を持った小百合がミー太を抱っこして連れてきてくれた。

 ミー太を見るなり洋一は夢を邪魔された借りを返そうと大袈裟に手を上げる。

「ミィィ太ァァ! よくも僕のバニラをぉぉ」

半泣きでいきり立つ洋一に落ち着くよう手振りで促し、小百合は全く動じないミー太の頭を撫でた。

「何の事かは知らないけど喧嘩は駄目だよ、松野さん、ミー太ちゃん」

「ねえさゆりちゃん、気になってたんだけど何で僕は『松野さん』て呼ばれるのかなぁ。 昔は洋君って呼んでたよね」

 小百合は人差し指を唇に付けて目を上に向ける。目を閉じ、指を口元から離すと意味有り気にその指を横に三回振った。

「大人には体裁って物があるのよ。それに、今更『洋君』って呼ぶのもちょっと恥ずかしいじゃない」

 洋一は腕組みをしながら下を見、首を傾げている。彼女は分かってないなぁという顔で彼を見ている。

腕組みが解かれ、視線が小百合に戻る。

「分からない。けど他人行儀は嫌だよ。松野さんは止めて欲しい」

「それじゃあ、何て呼べばいい?」

少し考えた後、彼はゆっくりと口を開いた。

「呼び捨てでいい」

「分かった。じゃ、これからは洋一って呼ばせて貰うわ」

小百合は楽しそうに言った。

「そういえば、さゆりちゃん、どうしてミー太がここに居るのか聞きたいんだけど」

「授業時間が半分過ぎのとき教室の後ろの方から保護者達からひそひそと話し声が聞こえて、ちらほらと皆が振り向いた。それで気になって振り向くと、そこにミー太が居たんだ。だから来た理由は分からないの」

「そうなんだ。それにしても来たまま動かないなんてミー太は何しに来たんだろう」

「そんな所は本当に洋一に似てるわよね」

彼は言い返す言葉がなかった。

 ミー太は来てからほとんど動いていない。周りに人が集まっても無関心だった。

洋一も突然現れて何もしないという事がよくあった。彼の場合は大体の理由が『暇だった』のと『面倒臭い』という矛盾する動機だったりする。


 小百合がヒゲを撫でても、ミー太は細目のまま身震いしただけでまた眠ったように動かない。

 視線を洋一に向け、少女はくすっと微笑んだ。

その微笑みに嬉しさと恥ずかしさを感じ、少年も同じように笑った。

読んで戴きありがとうございました。

予定では長編になってしまいますが、何分文章力が不安で書くのが遅いです。


文章が素晴らしい小説とかあれば教えてほしいくらいです。

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