8(最終話)
王都の広場、かつてクロエが引きずり出されたその場所に、新しい勇者の像が建った。だが、その式典に勇者一行の姿はなかった。街から遠く離れた、誰も知らない静かな丘の上。
直哉、ガストン、セーラの三人が見守る中、リリィは小さな二つの墓標を建てた。一つは、最後まで親友を想い続けた光の聖女、ルミナ。もう一つは、世界に嫌われながら世界を守り抜いた闇の聖女、クロエ。
「……誰も、貴女たちの真実を覚えていないかもしれない」
リリィは、二つの墓に交互に花を手向けた。
「でも、私たちが知っています。世界が明日を迎えるたびに、私たちは貴女方が守ったこの光を噛み締めます」
リリィが空を見上げると、そこには抜けるような青空が広がっていた。
かつてクロエが避けていた太陽の光は、今は優しく、名もなき二人の聖女の眠りを包み込んでいる。
風が吹き抜け、ルミナの髪飾りがカチリと音を立てた。
まるで、親友と再会できたことを喜ぶ、小さな笑い声のように。
クロエが消え、瘴気が晴れた後の王宮。
王となったエドワードは、かつて自分が「正義」と信じてクロエを引きずり出したあの広場を、沈痛な面持ちで見下ろしていた。
彼は、ルミナが命を削って遺した手記、そして大司教が秘匿していた「闇の聖女」の全記録を読み終えていた。そこには、自分が「怠惰」だと蔑んでいた少女が、どれほどの地獄を一人で歩んでいたかが、血の滲むような言葉で記されていたのだ。
「……私は、救いようのない愚か者だった」
エドワードは、震える手で自身の「王印」を押し、一つの歴史的な法案を可決させた。
それは、建国以来の常識を覆す「魔力平等法」だった。
「属性による善悪の判断を禁じ、闇魔法の特性を持つ者を国が保護・育成する」という内容だ。
彼は、かつてルミナが教育係に聞き、一蹴されたあの問い――「闇魔法が使える子はいるか?」という問いを、今度は王として公に発し続けた。
「闇は悪ではない。闇を恐れ、排斥する心こそが、真の絶望を生むのだ」
彼は自ら、路地裏で虐げられていた闇魔法の特性を持つ子供たちの元へ足を運び、跪いてその手を引いた。
「君の力は呪いではない。誰かを守るための、気高い力だ」と。
数十年後の王都。
そこには、かつてとは違う光景があった。夜の街を、黒い制服を着た「夜警魔道士」たちが巡回している。彼らは闇魔法を使い、人々の悪夢や小さな澱みを、かつてのクロエのように吸い取っていく。
彼らはもはや「不吉な存在」ではない。夜の平穏を守る、誇り高き守護者として、街の人々と笑顔で挨拶を交わしている。
「クロエ……ルミナ……」
年老いたエドワードは、杖をつきながら王宮のバルコニーから、夜の街を歩く若き闇魔法使いの姿を見て、静かに涙を流した。
彼らの笑顔の中に、彼はあの日救えなかった少女の面影を見ていた。
丘の上の二人の聖女の墓には、今や王家の手によって、絶やすことなく花が供えられている。
そこには、新しい碑文が刻まれた。
『ここに眠るは、太陽を支えた夜の聖女。
貴女の流した涙が、今の世界の光となった。』
しわくちゃな姿のリリィがその墓を訪れたとき、そこには一人の少年がいた。
闇魔法の適性を持つその少年は、憧れの眼差しで墓石を見つめ、自分を導いてくれた王への感謝を語っていた。
「……よかったですね、クロエ様」
リリィは風に吹かれながら微笑んだ。
クロエが命を賭けて飲み込んだ闇は、今や、新しい世代を育む「優しい影」へと変わっていた。
光と闇が、本当の意味で手を取り合った世界。
そこにはもう、孤独な聖女はどこにもいなかった。




