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ときは少し遡り深夜、王宮の一室にて王太子のエドワードは一人、執務机で眉を寄せていた。
彼の手元には、近衛騎士団から提出された「最近のルミナ聖女の体調不良について」という報告書がある。
「……またか。ルミナはまた、夜中にあのクロエの部屋へ通っているのか」
エドワードは溜息をつき、羽ペンを置いた。彼にとって、ルミナは汚れなき白百合だ。その彼女が、夜な夜なドブネズミのような奴の世話を焼き、顔色を悪くして戻ってくる。それが許せなかった。
「ルミナは優しすぎる。あのクロエが、自分の無能と怠惰を隠すために、ルミナの慈悲を利用して寄生しているのだ」
彼の中で、一つのロジックが完成していた。
『クロエは闇魔法使いではないのか?闇魔法使いは、その性質上、人をたぶらかし、光を吸い取る。クロエが昼間に寝ているのは、夜にルミナから聖なる魔力を盗み取っているからではないか?』
エドワードは立ち上がり、窓の外を見つめた。遠くに見える聖女の離宮。その一角だけが、いつも重苦しい闇に包まれているように見える。
「闇は、光に当てれば消える。それが世界の真理だ」
彼は本気で信じていた。クロエが闇に染まって動けないのなら、強引にでも太陽の下へ引きずり出し、強制的に浄化してやればいい。そうすれば、彼女の中の不浄な魔力は消え失せ、彼女も「まともな人間」としてルミナを助けることができるようになるはずだ、と。
「彼女も、本当はそれを望んでいるのではないか? 闇に囚われ、昼夜逆転した惨めな生活から救い出してほしいと……」
それは、持てる者が持たざる者に抱く、傲慢な同情だった。そこへ、教育係の司教が訪ねてくる。前々から教育係にクロエについて、どうにかならないかと聞いていたのだ。
「殿下、例の件ですが……明後日の中央広場での式典、二人の聖女を並び立たせることで、民衆の不安を払拭してはいかがでしょう。クロエ様に甘い大司教様も一週間後まで他国で公務の予定で不在です。このタイミングしかありません。今こそ光の力を示さねば」
エドワードは頷いた。
「ああ、決めたよ。明後日の式典には、クロエも出席させる。大司教には帰ってきたら伝えよう。ルミナは反対するだろうが……それこそが彼女のためだ。クロエを光の下へ晒し、その『病』を治療してやる。それが、次期国王としての私の義務だ」
彼は、自分が今まさに、国を守っていた唯一の防壁を壊そうとしていることに、微塵も気づいていなかった。エドワードは、壁に掛けられたルミナの肖像画に誓うように微笑んだ。
「待っていなさい、ルミナ。明後日、君をあの忌々しい影から解放してあげるからね」




