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王宮にある聖堂では、未来の聖女を目指す少女たちが、ルミナの指導を仰ごうと目を輝かせていた。
「皆様、素晴らしい魔力の輝きです。でも忘れないで。魔法の強さよりも大切なのは、対象を慈しむ心です」
ルミナの言葉に、少女たちは一斉に頷く。その中には、ひときわ熱心に相槌を打つリリィの姿もあった。ルミナはリリィに小さく微笑みかけ、それから傍らに控える教育係の司教に、さりげなく問いかけた。
「司教様。……この中に、『闇魔法』の適性を持つ子はいますか?」
その問いが出た瞬間、聖堂の空気が凍りついた。司教は不快そうに顔を歪め、首を振る。
「ルミナ様、冗談はやめてください。ここは大神殿の加護を受けた聖なる学び舎です。あのような不浄な……『闇』の資質を持つ者が混じるなど、あってはならないことです」
「……資質そのものに、善悪はないはずですが」
「いいえ。統計が示しております。闇の魔力を持つ者は、その性質に引きずられるようにして、暴力や盗み、あるいは禁忌の術に手を染める。犯罪者の多くが闇魔法の使い手であることは、否定しようのない事実なのですから」
ルミナは唇を噛んだ。
(それは逆だわ。闇を持っているというだけで忌み嫌い、居場所を奪い、どん底に突き落とすから、彼らは生きるために闇に頼るしかない。……クロエのように、その闇を『誰かのため』に使おうとする子が、どれだけ苦しい道を歩まされるか……!)
教室を後にしたルミナは、廊下で深い溜息をついた。彼女は知っている。自分が「聖女」として称賛されるのは、彼女の光が美しいからだけではない。人々が嫌悪する「闇」という汚れを、彼女が一度も身にまとわないように見えるからだ。
ルミナの公務は、午後からも続く。
貧民街への訪問。そこでは、病に伏せる人々が「聖女様!」と彼女の服の裾に縋り付く。ルミナは彼らを癒やすが、その都度、複雑な思いに駆られる。
(私が今、この人を癒やせたのは、昨夜クロエがこの街に溜まった『瘴気』を吸い取ってくれたから……。もし彼女がいなければ、私の光だけでは、この人の命は救えなかった)
ルミナは、自身の清らかな魔法が「クロエという犠牲」の上に成り立つ贅沢品のように感じていた。
日が落ち、王宮に戻ったルミナに王太子エドワードが「今日も素晴らしかったよ、ルミナ」と彼女を労いに来る。ルミナは適当に相槌を打ちながら、彼が去るのを待つ。
夜が明ける少し前、ルミナは人目を忍び、クロエの部屋の扉を叩く。
「クロエ、入るわよ……」
部屋の中は、クロエが吸い取ってきたばかりの瘴気の匂い――焦げた肉や濡れた土のような、不快な匂いが充満している。ベッドに倒れ伏すクロエの背中を、ルミナは自身の光でそっと包む。
「……ルミナ。また来たの? あなたまで、闇に汚染されてしまうわ……」
「いいの。あなたの痛みは消せないけれど、せめてこの『澱み』を中和させて。……ねえ、クロエ。今日、聖女候補の子たちを見てきたわ。あの中に、あなたのように強い心を持った子が、一人でもいてくれたら……そう願わずにはいられないの」
クロエは、黒く変色した指先を見つめながら、力なく笑った。
「いない方がいいわ。……聖女なんて、私たち二人だけで十分よ。あの子たちは、太陽の下で笑っていればいい」
二人の聖女は、闇に包まれた部屋で、互いの体温だけを頼りに夜明けを待つ。
一人は光を背負わされ、一人は闇を押し付けられ。
どちらも「自分という人間」ではなく、「聖女という偶像」としてしか見てもらえない孤独を、彼女たちだけが共有していた。




