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第六話 子供

レインとカイネの仕事は徐々にきちんとしたチームワークになった。体力のあるレインが硝石を取るためにトンネルに入り、知識豊富なカイネが硝石を受け取って精査する。外後でカイネは精査した硝石を仮置き小屋に入れ、自動車両を走らせて仮置き小屋から集積場へと運ぶ。いつの間にか、そのような役割分担が成立していた。


現場も少しだけ改良した。ロープを垂らした部分に滑車を据え付け、硝石の入った籠だけを荷上げできるように工夫した。渡し板をより頑丈な木材に交換した。滑り止めのために渡し板に刻みを入れることもした。


そうして冬を迎えようとしたある日、自動車両で現場に向かう二人の前に小さな子供が飛び出してきた。冷静なカイネが初めて悲鳴のような声を上げた。急ブレーキのかかった自動車両はそれでも慣性の法則に従って進行方向斜めに進み、そして道路側面の松の大樹に激突していた。




自動車両のタイミングベルトが千切れていた。カイネが鋲留めの応急ベルトで掛け直しをしている間、天使レインは小さな襲撃者を眺めていた。


人間の子供が竜の幼生を抱いてレインの許へ歩み寄ってきていた。


水と食料をよこせ、とでも言っているのか。皆目わからない言語で、少年は何か意味のある声を発していた。


人間が天使に近づくと天使化が始まる。ごくわずかに生き残る者もいるが、大半は死んでしまう。レインは躊躇ちゅうちょしなかった。強い声で、失せろ、と言った。それがレインにできる精いっぱいだった。


少年は逃げなかった。そして何かを訴えていた。少年は竜の幼生をしっかりと抱きしめていた。


「子供。」

レインは絶望的にそう言った。

「そして竜の幼生だね。」

カイネが自動車両の機関部に顔を突っ込んだままそう言った。カイネは怒っているようだった。


少年は何も言わなかった。道路に立ちふさがった少年は涙をためて、レインに竜の幼生が死にかけていることを伝えようとしていた。レインはしっかりと理解できた。邪霊カムイゼフは竜にも感染する。竜の幼生に天使化の兆候があった。鱗の表面に双樹に似た組織体が形成されていた。


天使化は一度発症してしまえばできることはなにもない。せいぜい解熱剤や経口補水液を飲ませるくらいしかできない。


レインは準備にとりかかった。竜のための経口補水液なんて存在しない。幸い、非常事態に備えてレイン用の経口補水液と解熱剤が常備薬の中に入っている。乱暴な話だが、これらは竜に対し一定の効果があるかもしれない。


何もしなければ死んでしまう。だったら生きるためにできることをした方がいい。


カイネがレインを見守っていた。カイネが首を振った。

「レイン。私には無意味に見えるけどな。」

カイネがそう言い、レインは頷いた。

「わかってるよ。竜の幼生は死ぬだろう。それでも、できることをしたい。」

レインの言葉に、カイネがため息をついた。

「なぜそこまでするの。言っておくけど、私たちが何かをしたって、なにも変わったりしないよ。」

カイネの忠告に、レインは強く頷いた。

「わかっているよ。でもこの子と竜の幼生をそのままにはしておけない。くそ、せめて言葉さえ通じればいいのに。」


どうせ死ぬなら、できることをしたほうがいい。レインは少年に見せるように経口補水液と解熱剤を両手で示し、敵意がないことを示そうとした。

「竜をそのまま抱いていてくれ。」

レインは身振りを交えて少年にそう言った。竜の幼生はしっかりと目をつぶり、か弱く呼吸を繰り返していた。


レインと少年が竜の幼生に補水液を飲ませようと苦戦している姿を見かねたらしい。カイネが力を貸してくれた。

「強くハグしておいてくれ。」

レインがカイネにそう言った瞬間、カイネが感電したように手を引っ込めた。

「噛まれた。」

「傷口を水で洗い流そう。深い感じか。」

「大げさだよ。一応、悪霊テタヌス(破傷風菌)の予防接種は必要だけど。ねえ。レイン。」

カイネが手をさすりながらレインを見ていた。

「なんだよ。」

「なぜここまでするの。」

「あの時、僕はみんなと一緒に人間を撃つつもりだった。」

「もう忘れようよ。君は撃たなかったじゃないか。」

「違う。君は根本的に僕を誤解している。僕はみんなと一緒だ。人間たちを撃ちまくるつもりだった。だけど動作不良で弾が出なかっただけなんだ。」

そう言って、レインはうめくように叫んだ。

「これ以上はいやだ。もう嫌だ。」

汗だくになりながら、レインは竜の幼生に解熱剤を溶かした補水液を飲ませようと苦闘していた。


天使化はすさまじい。空気感染のうえ感染から発症まで数時間しかなく、死亡率も高い。レインと少年、そしてカイネに出来ることはもうなかった。竜の幼生は最初の一時間を乗り越えた。次の一時間も乗り越えた。


そうして、竜の幼生は眠りについていた。少年と竜は毛布にくるまれ、そして自動車両の荷台に放置された。泣き疲れた少年に抱かれた竜の子供は深く、深く、呼吸を繰り返していた。

「生き残ったんだ。」

レインは信じられない、というように首を振った。

「どうしてだろうね。」

カイネがレインにそう問いかけたが、レインは、信じられない、を連発する事しかできなかった。

「信じられない。天使化は発症から死亡まで数時間しかない。発症したら助からない、と言われている。多分だけど、今まで竜の治療をしようなんて奴はいなかったのかもしれない。それはそうだよ。敵なんだから。」

レインはそう言い、ようやく安堵のため息をついた。まさに奇蹟だ、と思った。


少年は自分の命を分け与えるように、しっかりと竜を抱きしめて眠りについていた。レインはどうして少年が天使化しないのだろう、とカイネに問うた。

「少年の腕に注射の後があったよ。天使隊は竜と戦うために使い捨ての兵隊を欲している。あの少年は予防接種を受けたんだ。」

カイネはそう言った。家禽の卵を使って弱毒化した邪霊を使い、奴隷化したい人間に生ワクチンを接種する。薬の神ジェンナーがもたらした奇蹟が利用されたのだ。そうして竜の居場所を特定するための斥候として使われる。カイネの推理は残酷だが、筋が通っていた。


少年を起こさないように、カイネがそっとレインに視線を向けた。

「一つだけ言っていいかな。君の慈善には、まさに脱帽。君はきっと本物だよ。」

カイネがそう言った。

「本物の馬鹿。」

レインがそう言った。カイネが笑った。

「ちがうよ。本当に偉い、そう言いたいんだよ。最高得点。ほかの連中はつまらなかったなあ。」

カイネがそう言って冬空を眺めていた。



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