第四十三話 殺戮
メロウ達は集落の襲撃に際して、一つの策を用いた。それは合図も宣告もなく、乾いた音から始まった。
メロウら神王教徒たちはまず周囲の林に踏み込み、まだ湿り気を残す若木を切り倒した。刃が木肌に食い込むたび、白い樹液が滲み、青い匂いが空気に広がった。折れた枝が地面に落ち、鈍い衝撃が足裏に伝わった。
そのまま幾本かの木の幹を削り、粗末な縄で束ねた。手に伝わる木の重みは生々しかった。湿った繊維が掌にささくれ立つ感触があった。
そのようにして、メロウら神王教徒たちは破壊槌を作り出した。この破壊槌を用いて、集落の正門の破壊を試みようとしていた。
メロウ達は身を潜め、獲物を見定める群狼のように集落を観察した。堀の無い集落だった。正門は貧弱で、木板で作られた正門に閂をかけただけの簡素な設備だった。板の隙間から内部の気配が漏れていた。こってりとした干魚の塩気があった。煙の匂いがした。灯を灯すための獣脂の匂いがした。そして、それら以上に濃厚な人の恐怖の臭いがした。
メロウの腹奥がひくりと痙攣した。瞬間、集落の高台に見張りの男がいるのが分かった。男はメロウ達を見下ろしていた。逆光の中、男の輪郭だけが揺れて見えた。弓が引き絞られ、弦が鳴った。矢が空を切るかすれた音がした。だが矢は勢いを失い、土に突き刺さって虚しく震えた。乾いた土埃が舞っていた。
そして、それが合図になった。メロウは背後に控える神王教徒の男たちを見渡し、手製のこん棒を集落に向けた。
「怯むな、圧し潰せ。」
メロウの声に、応、と呼応して神王教徒の男たちが破壊槌を持ち上げた。男たちの前進は徐々に加速し、メロウの叱咤によってそれは突進になった。
そうして男たちは、破壊槌を集落の正門にぶつけた。閂が軋みを上げ、土煙があがった。神王教徒たちは、引け、押せ、の言葉を繰り返し、何度も破壊槌を正門にぶつけた。男たちの薄くなった肉体が震え、衝撃が腕から肩や背骨へと駆け上がる様が見えた。打ち付けるたびに、集落の内部から悲鳴が上がった。木板の繊維がへし折れる音がした。メロウは確かにその声を聞いた。女の声。子どもの声。獣のように裏返った男の叫び。
「圧し潰せ。」
メロウは力の限りに叫んでいた。誰か悲鳴を圧し潰してくれ。誰か私たちを救ってくれ。弱者が弱者に襲い掛かるこの地獄から——。
次の瞬間、破壊槌が正門の閂を砕いていた。
死に物狂いの神王教徒たちは一気に集落へと流れ込んだ。木屑と血が混じり、湿った土が靴底に貼りつく。全員がこん棒を用いて集落の男たちと白兵戦を繰り広げた。メロウも、集落の男の頭部にこん棒を振り下ろした。鈍い衝突音が響き、骨に当たった感触が腕へと返ってきた。男たちの叫びが近くで、遠くで重なり合い、怒号と悲鳴が空気を震わせた。戦闘は日没まで終わらなかった。
夜の集落は急速に冷え込んだ。血と汗の匂いが夜気にこもり、鼻腔にまとわりついていた。闇の中で木材が踏まれる乾いた音が響く。誰かが呻く声が聞こえる。夜襲が恐ろしくて、とても眠ることはできなかった。
そうして、夜明けに再び戦闘が始まった。
集落の男たちは確実に数を減らしていた。武器となる簡素な弓矢や槍が折れ、集落の者たちは農具を武器として用いていた。だれもが鍬や鎌、木製の柄を武器として振るい、メロウ達に向かって必死の抵抗を試みていた。金属が木に当たる甲高い音が鳴り、刃が空を切るたび、冷たい風が頬を撫でた。
数に劣り、体力の衰えた神王教徒の男たちはそれでも集落の男たちを圧倒していた。メロウ達は死んだ仲間を盾として用いた。血で重くなった衣が腕に絡みつくまま前進を続けた。腐臭に近い温かい匂いが立ち上り、喉の奥がひりつく。メロウ達は叫び、集落の男たちを殺害して集落の内部を練り歩いた。
数と体力で劣るメロウ達はそれでも勝ち続けた。メロウが勝利を確約する言葉を叫んでいた。神王の出現を確約する言葉を絶叫していた。敵も味方も見分けがつかない。狭い道のいたる場所で戦闘が発生した。メロウ達は斃れたものを踏み砕き、空気を震わせる雄叫びを上げた。その叫びが、集落の者たちを萎縮させる効果を発揮していた。
そうして集落の家々を巡り歩くうちに、集落の男たちがついに、絶えた。それから戦いは神王教徒による集落の一方的な殺戮へと移り変わっていた。神王教徒たちは逃げ惑う女と子供、老人たちの背後に向かってこん棒を振り下ろした。慈悲を乞う者の頭部も打ち砕いた。悲鳴と断末魔がかすれて響き、そして途絶えた。
そのようにして殺戮は終わり、略奪が開始された。メロウ達は血まみれのまま、干した魚をむさぼり、真水を飲み干した。そのたびに肉体に温かい血が巡る感覚があった。どんよりとした意識が明瞭になり、こめかみの痛みがなくなる感覚があった。
それからメロウ達は遺体から衣服や装飾品を剥がし、その死体を山のように積み上げた。メロウはその光景から、ずっと目を逸らさなかった。
——ひとまず、助かった。
その悦びがあった。信仰を失った内面の空虚が、支配と暴力の快楽を貪欲に吸収している感覚があった。メロウはもう、後戻りはできない自分を感じていた。




