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第四十二話 外界

幾人もの脱落者を出しながら、メロウの率いる神王教徒たちは町を脱出した。舗装された道路の無い、獣道のような場所をメロウ達は進まねばならなかった。


足元の土はところどころ湿り、踏みしめるたびに鈍い音を立てて沈む。折れた枝が肌を掠め、朝露が布の袖に染みこんで身を冷やす。ランタンとわずかなハプタ藻油、そして身に纏う布だけが全員の持ち物だった。


メロウたちは時間の大半を、食料と水の確保に努めねばならなかった。ツタを折り水筒代わりのランタンに水を貯え、手分けをして春の若葉や野生カイコを摘み取る。そして土器で菜と虫達を煮込み、食べる。煮汁を啜り、わずかな食料を胃の中に流し込む。煮汁は苦味と土の匂いが混じり、喉を通るときにざらりとした感触があった。胃に落ちる量はわずかで、空腹がはらわたの底で軋みを上げた。そうして残されたわずかな時間に前進し、暗くなれば祈りの言葉を紡ぎ、眠る。日が暮れると途端に冷気が骨に染みた。吐いた息は白い霧となってすぐに闇へ溶けた。それがメロウ達の数日間だった。


——主の再臨するその日のために、我ら前に進まん。主は生き、主は真であるがゆえに。


この美しい祈りは、この時に生まれた。過酷な旅だった。足の皮が裂けるものが幾人もいた。メロウは旅の途中、幾度もヤハナを見た。そういう時、ヤハナは暗い両眼でメロウを見返してくる。それでも、ヤハナはメロウの傍らを離れなかった。三日目の晩、眠りにつくその時に、メロウの指がヤハナに触れた。ヤハナは拒まなかった。次の瞬間も、その次の瞬間もその状態が続いた。


そうしてヤハナが、メロウの指先をそっと引き寄せた。心臓の鼓動が、はっきりと聞こえた。


ヤハナは眠ってなんかいない。メロウはそのことに気が付き、そしてようやく、メロウは理解したのだ。それは闇の中へ陥没していくような感覚だった。それは秘密の共有だった。頭が麻痺したように働かなかった。ヤハナの肺の中で眠り、血の中で呼吸し、窒息して吸収されたいという感覚だった。それなのにどうしてそんなに憎しみを込めて僕を見るんだ。どうして闇色の瞳で僕を見るんだ。どうしてそんなに謎めいているんだ。メロウは一睡もできないまま、自分の心臓の高鳴りを感じた。陶酔する心の揺らぎだけを感じていた。


翌日の朝。内側の烈しい混乱を、メロウは決して外面には出さなかった。内向的で感情を表面に出さない性格がこの時、役に立った。冷たい風が、汗で湿った額を撫でていく。腹の底では、飢えが針のように内臓を軋ませる。

——主と栄光を共にするために苦難をも共にするのだ。

メロウはそう言って同志たちを励ました。

——主と我々の物語は重なる。

メロウはそう言って同志たちを慰めた。


そうして到達した場所は、ウィルの町から200km西方の集落だった。その時にはもう、神王教徒の数は数十人まで激減していた。彼らは飢えていた。渇きは極限に達していた。顔はこけ、頬骨は影のように突き出ていた。唇はひび割れ、渇き切っていた。


メロウはふと天を仰いだ。乾いた鼻孔がひくりと震えていた。

——干した魚の匂いだ。

極限まで飢えた嗅覚が、集落の内側にある干した魚の匂いを鋭敏に嗅ぎ取っていた。それは塩気を帯び、乾いた風に乗って、裂けた喉の奥を甘く刺激した。その瞬間、メロウの中で厚く硬い城壁が崩れる音がした。なにかが永久にほどかれる感触があった。ここが限界点だ、という声が内側から響いていた。

——ここが限界点だ。

天啓のように、その声は再び烈しく響いた。ここで神王教団を潰すわけにはいかない。ヤハナを失うわけにはいかない。渇きと飢えが、圧倒的な力でメロウの内的世界を砕こうとしていた。

「皆、聞いてほしい。」

メロウはそう言って、最後まで付き従った神王教徒たちを見回した。誰もが沈黙していた。誰もがメロウの次の言葉を待っていた。

「これから、あの集落で暮らす。あの集落で生きる。邪魔をする者に容赦をするな。恐れるな。なぜなら、」

メロウは超えてはならない一線を超えようとする自分を感じた。自分はあさましい飢えのために信仰を失おうとしている。おぞましい渇きのために聖なるものを失おうとしている。自分が人生だと感じた全てを失おうとしている。

「なぜなら、」

瞬間、メロウはヤハナを見た。ヤハナはメロウを見ていた。ヤハナだけが真の意味でメロウの同伴者だった。蔑まれてきたメロウを必要としてくれた。


ヤハナの視線にはもう、棘はなかった。その視線が、私はメロウと一緒にいるよ、とメロウに語っていた。


瞬間。メロウは全員に向けて声を発していた。

「なぜなら、私たちは語り継ぐからだ。神王ウィルを語り継ぐ責務があるからだ。これから先、幾度も幾度も慈愛に満ちた行いをするからだ。私に続け。逆らう者は容赦するな。」

メロウは叫び、そして前進していた。


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