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第四十一話 迫害

そのような状況下で、ひとつの政治的変動が起きた。ウィル王を失って後、空白となっていた王座にある男が君臨した。男は過去を語ることを好まず、ただジョンとのみ名乗った。その声音には、蒼白い刃のような冷たさがあった。多数の天使たちを従えたジョンは種族としては天使であり、天使教会の信任を受けた司祭でもあった。


司祭ジョンは稲妻のように烈しく改革を断行した。王として町に君臨することを宣言し、翌日には、町に住む全住人に対して天使教会の聖典に基づく生活をすることを要求した。町には勢力を回復した天使隊が溢れていた。彼らは鉄靴の音を響かせ、市民に対して容赦なく暴力を振るった。殴打の鈍い音と悲鳴が、通りごとに跳ね返った。


このジョン王の登場に、住民は当然、憤激した。もはやだれも司祭メアリを支持していなかった。しかし彼女の混成した三貴神信仰は確実に生活に根付いていた。祈りの言葉が食卓に残っていた。祈りの匂いが三貴神の神像に籠っていた。


そしてある夜、暴動が起こった。住民たちが仮設された天使教会を壊した。木材の裂ける音があり、石が崩れる音があった。怒号と怒号がぶつかる濁った轟音が、町の空気を震わせた。


報せを受けたジョン王は報復として三貴神の神像を打ち壊した。同時に天使隊に命じ、主犯と思われる住民に烈しい暴力を加えた。打ち砕かれた神像の破片が路上に散り、白い粉塵が血の匂いと混ざって漂った。


町は一気に恐慌状態に陥った。これはもはやただの政治的変動ではなかった。多文化主義という町の物語。それが今まさに壊滅の危機に陥っていた。


誰もが救世主を期待していた。誰もがウィルのような指導者の再臨を期待していた。


メロウは危険な情勢を察知し、身を隠さざるを得なかった。鎧の足音が聞こえるたび、壁に背を押しつけ、息を殺した。メロウはかつて教えに耳を傾けてくれた人々を頼り、小さな貧民窟で自身の信仰を語った。メロウは貧民たちに向かってこれまで以上の烈しい熱量を持って神王ウィルを語っていた。メロウの語る神王ウィルはもはや司祭メアリの説くウィルの再臨とは全く隔絶していた。


「終末の日は神王が万物を創造したまいし開闢かいびゃく以来、最も過酷な苦難があるでしょう。それこそが計画のうちなのです。神王ウィルは特に選びたまいし人々のため、特別に終末を縮めもうたのです。」


メロウの説法はついに天使教団を超え、さらに霊的飛躍を遂げていた。メロウは素朴ではあっても、終末論と黙示思想に基づく神王ウィルを語っていた。


メロウはこの時期に多くの信徒を獲得した。人々が世の終わりとウィルの再臨を烈しく説くメロウの声に実感を持って耳を傾けたからだ。メロウにとって、町の危機は逆に有利な条件となった。


状況が急激に変化しようとしていた。メロウの言葉は貧民から貧民へと伝播し、乾いた野に火が走るように広がった。その勢いは烈しく、神王教徒は制御できないほどの数に膨れ上がっていた。狭い路地裏の湿った空気さえも熱気を帯び、ざらついた囁き声が夜ごとに増えていく。神王ウィルの名が、すれ違うたびにかすかな祈りのように耳へ触れた。


この原始神王教徒はしばしば三貴神信仰者と接触し、激論を交わした。市場の片隅。壊れた井戸の前。炭の匂いをまとった食堂跡。町のあらゆる場所で争いは噴き出した。


三貴神信仰者も、この時期には異様な熱量をもって自身の信仰を守ろうとしていた。両者は互いを指差し、唾を飛ばし、顔を真っ赤にしながら非難し合った。


三貴神信仰者は原始神王教徒を非難し、原始神王教徒は三貴神信仰者こそこの災いを招いたのだ、と非難する。怒声は石壁に反響し、通りを行く者の足をすくませた。


両者の激論は軽く押し合うような身振りや仕草から、袖をつかみ合う動作へと発展した。火が付いた怒気は肌を刺す殺気へと変わり、一気に拳や短剣を用いた物理的な闘争へと発展した。両者の殺し合いは町中で日常茶飯事に起こるほど緊迫したものになっていた。


鋭敏なジョン王はこの闘争を利用した。彼は即座に天使隊を派遣し、三貴神信仰者を“表向き”支援することを決めた。それは救済ではなく、支配のための布石だった。ジョン王の目的は三貴神信仰者たちに恩を売り、彼らに天使教会の正当性を認めさせることだった。


ジョン王は三貴神信仰者を積極的に支援し神王教徒を迫害する一方で、三貴神信仰者に形式的に天使教会の教えに従うことを強要した。


そのようにして神王教徒への迫害が起った。天使隊の白い鎧が春の陽光にぎらりと光り、

鉄靴が硬く町を打った。天使隊は神王教徒と思しき貧民たちを捉え、そして町の広場で拷問にかけた。

焼けた鉄の匂い、

縄が締まる音、

骨の折れる鈍い響き。

神王教徒たちの悲鳴は、冷たい朝靄に溶けていった。


この事件を聞き及んだメロウは苦しく決断を下した。躊躇ちゅうちょする時間はない。貧民たちを引き連れてより自由な西方へと逃れる旅をしようと決めた。そうせねばならないほど、町は神王教徒にとって危険な場所に変わっていた。


メロウは怯える者たちを励まし、すすり泣く者たちを慰めた。服の袖をつかんで離れようとしない貧民たちを引き連れ、より自由な西方へと逃れることを宣言した。


貧民たちの持ち物はごく少ない。メロウは数百もの貧民たちをつれて町からの脱出を敢行した。夜風が全員の頬を打ち、その冷たさが決意をさらに固くする。メロウは戻れないその旅路にヤハナがついてきていることに気が付いて驚いた。ヤハナは月明かりの下で、ただ一人、影のようにメロウを追ってきていた。

「なぜついてくるの。」

メロウはヤハナに向けて叫んだ。ヤハナは答えなかった。メロウの歩幅に合わせて歩く、その無意識の動きだけが、彼女の答えだった。

「どうしてついてくるの。」

メロウは必死にヤハナにそう問いかけていた。ヤハナは答えなかった。その瞳にメロウを追う決意だけが静かに宿っていた。


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