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第三十九話 再生Ⅱ

短い冬の季節が巡ってきた。それでも凍った大地の下で、芽吹きの気配が確かに息づいていることを感じる。


メロウは、もう天使教にこだわろうとしなかった。昼間は日割りの仕事を掛け持ちし、日没後はせわしく司祭メアリの許を訪ねる。そのようして司祭メアリの声に耳を傾けるうち、ふと人間の娘を見つけた。彼女は足をぶらぶらとさせて祈祷用の椅子に座っていた。乾いた木の軋む音が、小さく、規則正しく響いている。ランタンの淡い光が横顔を照らし、娘の頬にやわらかな陰影を落としていた。


祈祷所に訪ねて来るものは絶えて久しかった。たいていは司祭メアリと自分だけだった。興味を抑えきれず、メロウは思い切ってその娘に声をかけた。メロウは、ねえ、と声を発した。その声に反応して、娘はメロウを振り向いた。少女の澄んだ瞳がメロウを見つめていた。その透明さ。メロウは一瞬、息の仕方を忘れた。

「君は、ウィル王の復活を信じているの。」

メロウはそれを娘に問いかけた。娘は目を瞬いて、しばらく考えて首を横に振った。

「信じてない。」

娘があっさりとそう言い、メロウは少し戸惑った。

「じゃあ、なぜここに来たの。」

メロウがそう問うと、娘はレンガに塞がれた頭上を見た。冷えた外気がわずかに流れ込み、埃の匂いがふわりと漂った。娘の動きはゆっくりとしていた。まるで言葉が降り積むまで待つように。そのような仕草をしてから、娘は再びメロウを見つめた。

「わからないわ。」

娘がそう言った。


メロウは、隣に座っていいかな、と尋ねた。

娘は肩をすくめるような仕草をして、いいよ、と言った。


それから司祭メアリが祈祷所に現れた。メアリの話を聞いているのはメロウと娘の二人だけだった。それなのにメアリは決して気まずいような様子を見せなかった。三人の足もとで火鉢の炭がかすかに鳴り、暖気がゆっくりと足元を撫でていく。


メロウは、司祭メアリは立派な聖職者だ、と思った。それから娘の様子をそっと盗み見た。娘の口元は優しい曲線を描いていた。そこには微笑むものなんて何もないというのに。娘は世界に向けて微笑しているようだった。


司祭メアリは凛としてメロウと娘に向かって話を始めた。メアリの話の中心はウィル再臨論であり、その霊的世界を説明するためにアメリンド族の神話を用いた。


女神が死した後、生命神の恵みを受けて復活した話。

豊穣の神が旱魃の神に殺された後に、妹である女神の献身によって復活をとげた話。


そしてメアリは冬の後に必ず春が来るたとえを用いて、そこに救世主ウィルの再臨論を重ねた。


メロウは司祭メアリの苦しみが分かるようだった。天使教に復活という概念はない。竜人の體母信仰にも存在しない。だから、メアリは人間達の神話からウィルの再臨論を語ったのだろう。そこには苦しい霊的困難があったはずだ。


それでも司祭メアリはそれをやり遂げた。それはつまり、厳しい天使教の一神教と豊かな汎神論を融合させ、ウィルの再臨論を紡ぎ上げようとする試みに他ならない。


メロウは懸命に司祭メアリの言葉を吸収した。それは意識的な努力でもあったし、無意識的な渇望でもあった。それだけではない。メロウの鋭い霊的感覚がこの瞬間を捉えて一気に芽吹こうとしていた。


それから奇妙なことがあった。司祭メアリが、ふと思いついた、というような仕草をして席を立った。しばらくメアリは戻らなかった。


メロウは自分を興味深く眺める人間の娘に気が付いた。娘はためらいがちな仕草をした。

「君は天使なんだね。」

娘がそう言った。メロウは頷いて応じ、そして、深呼吸をした。冷たい空気が肺の奥に流れ込んだ。

「僕はメロウ。君の名前を教えてくれないか。」

「ナヤナ。」

ナヤナは恥ずかしそうにそう言い、メロウは深呼吸した。

「ナヤナ、僕はね。」

そう言ってメロウは何度も頷く仕草をした。

「僕は救世主の再臨を信じている。万人の救世主を。」

メロウはそう言い、そして言葉を重ねた。

「司祭メアリのように一人で戦う。この残酷な人間世界で。」

メロウはそう宣言していた。ナヤナは怪訝けげんな目をしてメロウを見ていた。メロウにとって、それはただの言葉ではなかった。


戦う。それはただの言葉ではなかった。それはメロウ自身の命を賭けてウィルの再臨論を説くということだった。自分は神聖王ウィルを手にかけた天使隊の一人だ、と告白することだった。危険を冒して新しい信仰の火を他者に手渡す、という意味だった。


信仰に目覚めた天使メロウを、ナヤナが見つめていた。それはある意味ではメロウを試そうとするような、ぞっとするような暗い眼差しだった。


メロウの内側で心臓が一度、強く鳴った。メロウは、負けるわけにはいかないんだ、という思いに駆られてその両眼を見つめ返した。両眼に、僕は本気だ、という意思を込めた。


視線の圧し合いは一瞬だった。攻撃をいなすように、ナヤナがふいに視線を和らげて視線を外した。


メロウは肩透かしを受けた思いでナヤナを見つめた。


それが天使メロウと人間の娘ナヤナの出会いだった。


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