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第三十七話 復興

負傷者の手当てをするメアリの許に、天使隊の使者として現れた。冷たい外気をまとい、わずかに砂塵の匂いを運び込んでいた。使者はメロウと名乗った。まだ少年と言っていい年齢の兵士だった。その使者はただ一言、和平を結びたいのです、と要件を告げた。


天使隊の使者メロウと多文化主義の闘士たちの話を総合すると、要するにどちらも全滅状態にあることがわかった。天使隊は後続部隊を含め壊滅的な状態に陥っており、多文化主義の闘士たちもそのほとんどが全滅していた。どちらも生き残りは非戦闘員に近い者たちだけだった。疲労と血の匂いが、町の空気そのものを重たくしていた。


メアリは表面的には仕方なく、という風を装い、天使隊との和平を受諾した。けれど、内心は飛びつく思いだった。ウィルを探すために、時間が欲しかったからだ。


簡素な和平の儀式を済ませると、メアリはすぐに町へ走った。踏みしめるたび、乾ききっていない泥が靴底に吸い付くようだった。


天使隊は西側から町に侵入しようと試みたようだった。どこにも遺体があり、どこにも負傷者がいた。祈りを求めてメアリの袖を掴む者もいた。冷たい指先が震えている感触が残った。


メアリはただ一人、ウィルだけを探していた。


突撃した闘士たちと天使隊の主戦場は凄惨だった。最初に気になったのは臭いだった。肉の焼ける臭いがした。そこは牧草地帯で、冬には荒野のように荒れ果てて見える。傷つき仮死状態に陥った竜達があちこちにいた。弱く呻く竜たちの吐息は、白い霧のように地面にこぼれ、凍った土の上をかすかに揺らした。死した戦士達の骸があちこちにあった。いくつかは折り重なっていた。離れた場所にある遺体もあった。跪いている遺体もあり、別の遺体は身を折り曲げるようにしていた。最後に見た光景の方向へ目を開いたまま固まっている者さえいた。


メアリはたおれた戦士達ひとりひとりを注意深く見て回った。メアリはウィルの死を受け入れる覚悟などなかった。ウィルを探していたのは、ある意味でウィルが生きているという確認が欲しかったからだ。メアリは、ウィルがいなくなった後も抱いていける何かを探して歩いていた。気を失って倒れているウィルを見つけたかった。その時に良い印象を与えたかった。ウィルと自分との間に秘密の信号が生じることを求めていた。


そうして、メアリはウィルを見下ろす緑竜ロコを見つけた。全ては静寂のなかにあった。ロコがメアリにそっと口元を寄せて、小さく息を吐いた。


ウィルの遺体は現実のものとは思えなかった。何かの間違いのように思えた。ウィルの横顔は穏やかだった。肉体にいくつもの銃痕があった。それらは完全に胸部から背部に完全に貫通していた。


メアリは膝をつき、祈るようにウィルの頬へ指を滑らせた。ウィルがよみがえることを希望して。一瞬、ウィルが目を覚ます瞬間を信じかけさえした。しかしウィルは目を覚まさなかった。皮膚はもう温もりを失い、冬の石のように冷たかった。


メアリは心の中ではきちんと分かっていた。これはウィルなんだと。でも、そうは思っても現実の遺体と生前のウィルをきちんと結びつけることが出来なかった。


だからメアリは、決して涙を流さなかった。


戦死者を弔うにはあまりにも人が少なかった。生き残った男たちが一列に溝を掘り、そこに遺体を投げ入れた。遺体は重いのだろう。男たちは弾みをつけるようにして遺体を思いきり溝に放り投げていた。そうして短い弔いの言葉を与えていた。敵である天使隊の遺体も同じように弔った。本当に膨大な数の遺体が残されていた。ウィルの遺体だけは特別に竪穴が掘られ、そこに葬られた。出来たことはそれだけだった。


そうして焚火を囲み、だれもがその熱に縋るようにして眠りについた。メアリは眠りの中でウィルと再会した。ウィルが自分の髪をヴェールのように持ち上げ、そうして自分を見つめていた。周囲には美しいキャンドルが並んでいた。メアリとウィルは話をしない。そんなことをしなくてもいい。


ウィルが目を瞬く。

「俺は必ず戻るよ。」

ウィルがキスをする。

「俺は死なない。」

それがウィルの言ったことだった。


ある部分ではそれはメアリの意思の力だった。ある部分ではそれえは信念だった。物語はそのようにして生まれる。それに気が付いたのはずっと後になってからの事だった。


その後の数週間は復興のための準備に使われた。木枠造りの家屋を作り直すため使える木材を回収し、崩れたレンガを泥で接着して組みなおす。仮組の家屋がいくつも立ち並び、古い家屋が解体される。その際、天使隊の物資集積所を見つけた者たちが粗末な闇市を形成した。折れた槍の柄、天使隊の干し肉、見たことのない薬瓶、破れかけの天幕布。それらが即席の台に広げられ、人々は囁くような声で値段を交渉し合った。


銅や布の代わりに、パンの端切れや卵の殻さえ価値を持ちはじめ、闇市は常にざわめきと埃っぽい熱気に包まれていた。


男たちが町の外れから伐り出した倒木を引きずり、使える部分だけを斧で切りそろえた。木目の湿った手触りが指に残り、生木の甘い香りが細い霧のように漂う。そのようにして新しい木材が切り出される。


その間、メアリは壊れた教会で養蚕を行っていた。主な仕事は夜でも25℃を保って卵を保護することだ。昼に明かり(約16時間)、夜に暗い環境(約8時間)を管理する。卵は三か月後には孵化し、数百の一令幼虫は貪欲に春の葉を食べる。


半月後の夏。小さな町は一応の復興を遂げた。新しい家屋が並び、養蚕業とハプタ藻油を中心とした物々交換の市場が成立していた。


そのころから竜人たちが集まるようになった。竜人たちは町にピストン式内燃機関と撥霊器(発電機)を持ち込んだ。その効果は絶大だった。

鉛式霊槽(鉛蓄電池)で動く騒霊器モーターを町に普及させた。

騒霊器で霊導鋸(電動ノコギリ)が使えるようになった。

霊導の旋盤(加工用の機械)が稼働するようになった。


一年後。町には竜人の大商人が常在するようになり、夜にはハプタ藻油を燃料に用いたランタンが家屋の内部に灯る生活が当たり前になった。


誰もが一息つく思いだったに違いない。三貴神教会の立て直しが行われた。木組みの足場が組まれ、レンガの積みなおしが行われた。祈りに来るものも増えた。


メアリは自身の経験から、英雄ウィルを語った。


「俺は死なない。」

夢の中でウィルはそう言った。

「俺は復活し、必ず戻る。」

夢の中でウィルはそう言った。


メアリは臆せずにそのことを伝えた。メアリの物語は語ることによって強化されていくようだった。夢の中で、という文言は次第に、神託によって、という言葉に置き換えらた。


神託によれば、神聖ウィルは竜のごとく不死身である。

神託によれば、神聖ウィルは竜のごとく復活する。


メアリは竜をたとえに出し、自身の妄言に血と肉を与えようとしていた。現実では死んでしまったウィル。突撃によって命を落としたウィル。銃弾で肉体を貫かれたウィル。だが今、その価値は転換した。ウィルは最も力ある三貴神信仰の聖人へと変わり、万雷の拍手と喝さいを浴びて迎えられる存在へと変化したのだ。


メアリの信仰理論は根本から変質しようとしていた。メアリの三貴神信仰はウィルと言う聖人を崇める個人崇拝者へと変質しようとしていた。


辛く、長い夜が続いた。多くのものがメアリの許を去っていった。誰もが個人の自宅で三貴神信仰を続けることが日課になった。メアリが最も多く受けた批判は、ウィルは三貴神信仰の聖人であって神そのものではない、というものだった。


メアリはそれらの言葉に対し、貴方達を哀しく思う、という言葉で反駁はんばくした。

「私は貴方達に深い不満を抱かざるをえません。私は曲がりなりにも司祭として、神託が下される瞬間について知っています。言い知れぬ内面のうずき。一つの貝の内部で聖なる真珠が形成される静かで深い成熟の過程。精神の働きと無意識の働きとがゆっくりと形を作り上げ、やがて言葉となって外部に現れる営み。神託とはそのようにして下されるものなのです。」

それが司祭メアリの反論だった。


メアリの言葉に耳を傾けたのは三貴神信仰者達ではなかった。意外にも、あの天使隊の生き残りたちだった。彼らは、私たちは天使隊の暴力に疲れたのです、とはっきり述べた。

「メアリ様。私たち天使隊は救われるでしょうか。かくも業の深い天使種族の私たちは。」

天使隊の生き残りの一人、少年メロウ——あの和睦の使者として現れた天使隊の少年——はメアリにそう尋ねた。メアリはその言葉に強く頷いた。

「私一人の考えですが、神聖ウィルは決して私たち天使種族を見捨てはしないでしょう。」

少年メロウはその言葉に、はっとしたようにメアリを見上げた。メアリはそっと言葉を重ねた。

「神聖ウィルの師は天使レインというお方でした。」

メアリがそう言うと、少年メロウの両眼から涙があふれた。


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