第三十一話 覇王
湿った石壁が放つ冷気と、千人以上の群衆の体温が混じりあう。教会の狭い路地は異様な雰囲気に包まれていた。
ウィルが緑竜ロコに騎乗し、全員を見渡した。
「聞いてくれ。おそらく、これから天使隊との激突になる。これは避けられない。」
ウィルは第一声、そう言い放った。
「諸君らはこの俺に対して、天使隊に勝てるのか、問うだろう。だから俺は諸君に、勝てる、と断言したい。」
ウィルは全員を見渡した。誰かの震えた呼吸が背後でひっそりと漏れた。
「この島はスコールが多い。包囲戦はできない。天使隊は俺たちに向けて銃や大砲を撃ちまくり、そして前進してくるだろう。だが心配はいらない。すぐに弾切れだ。俺たちは敵を待ち受け、攻め込んできた天使たちを一気に叩き潰す。弾薬の尽きた敵を全員で倒すのだ。体力を消耗した敵に逆襲するのだ。」
ウィルはそう叫んだ。ようやく群衆の興味の火が灯ったこの瞬間に、ウィルはさらに言葉を重ねた。
「みんな聞いてくれ。今いるこの場所。天使と竜人と人間の溢れるこの場所の秘密を教えてやる。この場所はこれから敵によって瓦礫に変わる。そのあとに諸君らの手によって洗練されたデザインに再構築される。その瞬間を待っている。」
ウィルが言葉を重ねた。
「君たち一人ひとり、俺が鍛え上げた戦士団。何度斃れても立ち上がる多文化主義の闘士。諸君に伝えたい。決して諦めるな。敵を殺すか、敵が自殺するまで決して諦めるな。諸君も分かっているはずだ。ここで諦めたらどんな結果になるか。種族間の惨めな殺し合いがまた始まる。万人による万人の闘争が再び始まる。諸君はそれを知っているはずだ。そのことを身が痛むほど知っているはずだ。」
ウィルが全員に叫んでいた。
「だったら、今ここで天使隊に勝って種族間闘争を終わらせた方がいいに決まっている。人間と天使と竜人が手を取り合う生活を手に入れた方がいいに決まっている。今ここで天使隊さえ粉砕できれば、諸君らの障害は消え失せる。諸君は島の種族間闘争を終わらせた英雄となるのだ。そして諸君は最高級の外套を羽織り、従者付きの馬車で移動する暮らしを手に入れることになる。諸君らに全員が服従する。なぜなら人は勝者になびくからだ。人は勝者になびく性質を持つからだ。」
ウィルが全員に叫んでいた。
「それでも怯える奴は今すぐ逃げ出せ。英雄にはふさわしくない。だがその前に俺の話を聞け。今、前進するだけでどんな未来が待っているのか。それは種族間闘争が終結した生活だ。常に最新型の馬車に乗り、隣に座るパートナーは選び放題の生活だ。食卓には銀の食器が並び、脂のたっぷり浮いたローストビーフにオニオンのクリームソースを塗り付けて食事を摂る生活だ。誰ももう殺し合うことはない。誰もが諸君を支配者として認める生活が始まるのだ。それが諸君の勝ち取る未来だ。それを手に入れる方法はただ一つだけだ。私と共に天使隊を撃滅することだけだ。」
ウィルの言葉に、群衆のさざめきと拍手で応じる音が響いた。
「仲間が銃で撃たれた、ならば私と共に敵を殺せ。仲間が砲撃で吹き飛ばされた、ならば私と共に敵を殺せ。仲間がびびって立ち上がろうとしない、ならば私と共に敵を殺すのだ。ここで勝利すれば多文化主義がこの島を支配する。勝利さえすれば。」
ウィルの言葉に、拍手の音と歓声が響いた。
「約束する。これから起こることは諸君の勝利だ。まずは防御して敵の弾切れを待つ。そして敵を待ち受けて全員で逆襲する。それだけだ。敵が泣き出して、自殺する時間をください、と言い出すまでぶちのめせ。拳を敵の延髄から脊髄までねじ込んで、敵が絶命したあとも蹴りつぶしてやれ。絶対に容赦するな。」
歓声が路地全体に響いた。
「問おう、諸君らは勝利するか。」
応、と叫ぶ声が響いた。
「問おう、諸君らは勝利するか。」
応、と絶叫する声が響いた。
「諸君らは勝利するのか。」
応、という絶叫が地鳴りのように響いていた。
「ようし、やろう。勝利しよう。」
応、の大歓声が教会の路地を震わせていた。




