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第三十話 玉座

天使隊が二度、退いた。切迫した空気の中で、人間集団はこの奇蹟を歓喜した。三貴神という霊的紐帯を信じた天使や竜人たちもこれを悦んだ。乾いた冬の風の中で、その声は野太く震え、石壁に反響していた。


天使隊を退けたウィルが教会に戻ろうとしたとき、三貴神信仰に踏み込んだ人々は、香油を振りまいてその喜びを表現した。甘いクルミに似た匂いが夕暮れの風に混じって流れ、それが人々の胸の奥を熱くしたようだった。


王を玉座に、と彼らは叫んだ。

王を玉座に、彼らは叫んでいた。


下手に制すれば暴動にもなりかねないこの熱狂に、日和る天使たちが同調した。逃げ場を持たない竜人たちもこの声に同調せざるをえなかった。王を玉座に。住民たちは熱気を放ち、その言葉を連呼していた。後続隊のようにウィルの後に続き、足踏みで土埃を上げる。民衆は歓喜と叫びを上げてウィルに続いていた。


これら一切の報せを受けたメアリは修道士全員を引き連れて、教会の狭い路地に移動した。扉を開いた瞬間、二階建ての小屋からドライ・フラワーの花びらを散らす光景が見られた。娘たちが歌っていた。


祝福あれ いと高き人よ

祝福あれ 誇りある町よ

永遠に 事も無きために。


歌声は細く澄んで、冬の空気に溶けた。


ウィルが緑竜ロコに騎乗し、狭い路地を抜けてくる。その姿がメアリにも見えた。ウィルの率いる戦闘集団は千名を超える大集団となっている。知恵に優れた竜人が長銃と魔弾で武装し、その銃身が天を向いて林立して見えた。怪力を誇る天使たちが頑丈な盾と剣で武装していた。その盾の表面が夕陽を鈍く反射していた。そして騎竜を駆る人間達が様々な武器を携えてウィルの周りを囲んでいた。


ウィルはメアリだけを見ていた。ウィルはメアリの許まで近づくと緑竜ロコから降りて、そしてひざまずいた。それは通常であれば帰還報告のための姿勢だったが、この瞬間は意味が違う。メアリは三貴神信仰の最高司祭であり、ウィルは王に最も近い騎士なのだ。そして今、誰もがウィルに王となることを求めていた。


メアリは決断せねばならなかった。この緊迫した情勢下で、だれもが縋れる希望を求めている。誰もがウィルに王として振舞うことを求めている。その熱気は冬の寒さを溶かし、肌に重くまとわりつくほどだった。


ウィル、とメアリは声を発した。


ウィルはメアリを見上げ、そして頷いた。運命だったんだ、というように。死は覚悟の上だ、というように。


メアリは集団が鎮まるまで目を閉じた。そうしてから、跪くウィルを見下ろした。

なんじは、」

メアリは凛然とした声を発していた。

「三貴神を信じるか。」

メアリはウィルに問いかけていた。


ウィルは深く頭を下げ、

「信じたてまつる。」

と声を発した。その声は力強く、全軍を導く指導者の声だった。


その言葉を受けて、さらにメアリが声を発した。

「死後のシーラ、大地の地母神、海の體母を信じるか。」

その言葉にウィルが頷いた。

「信じ奉る。」

ウィルが強く声を発していた。


そして、ついにメアリは言わねばならなかった。メアリは両手でウィルの頬に軽く触れた。皮膚の温かさが指先に伝わり、メアリの心臓がわずかに跳ねた。

「聖王ウィルよ。永遠に祝福のあらんことを。」

メアリはウィルに、その言葉を紡いでいた。


その瞬間、集団が歓声を上げた。王よ永久とこしえにあれ、の声が何度も繰り返された。香油の香りと竜の体温が混じり、路地に熱気が湧き上がった。冬空を割るように、歓声が町中に響き渡っていた。



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