表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

第二十五話 実験

それから、三年の月日が過ぎた。メアリの教会は廃墟から甦り、小さな町の中心のように人々を引き寄せる場所になっていた。


広場には、天使、竜人、人間が肩を並べて作業する姿があった。どの集団にも人間と天使と竜人がいた。汗の匂いも、祈る言葉も、歩き方でさえ違う。それでもメアリは全種族の共生を望んだ。メアリの教会は全員がともに食事をし、ともに祈る場所となっていた。


祭壇には天使の崇める聖天使シーラと人間の崇める地母神と竜人の崇める體母が並んでいた。


全員が同じ言葉を用いて、同じ動作で祈りを捧げる。しかしどの神を祈っているのかわからないように工夫がされている。それがメアリの教会だった。

「共に祈るには、混ざりあう形が必要なのよ。」

それが司祭メアリの考えだった。


教会には様々な人々が集まった。彼らはかつての拠点から物品を回収し、銃の弾薬生産を生業として生活をしていた。教会の周囲には、かつての拠点から回収した道具類をもとにした簡易工房がいくつも建ち並んでいた。今、最も必要とされている物品は弾薬だった。だから、ウィルは人々をまとめ上げて弾薬作りの組織を作り出した。弾薬と商人の運んでくる物品を物々交換して生計を立てる。それがウィルの生存戦略だった。


工房群を結ぶ小道には、硝酸の匂いと湿った土の匂いが入り混じり、昼夜を問わず白い蒸気が漂っている。天使ブラウンの率いる集団は朝方に自動車両を用いて移動し、下水遺跡から硫化物を回収する作業に没頭していた。天使ブラウンは鉄槌を振るって手下たちを督促していた。

「教訓はここで肉を削ぎ、血を流さなければ手に入らないんだ。政治家も民間人もガールフレンドも。誰もが一度はここで働くべきなんだ。」

それが天使ブラウンの言葉だった。ブラウンの言葉は荒いが、その奥には疲弊した戦士らしい重さがある。彼は鉄槌の扱いに熟練した戦士でもあった。


竜人サンダウンの率いる集団は接触法を用いて濃硫酸を捕集する作業を行っていた。サンダウンはいつも歌っていた。


人間のドラム、人間の屋根に雨がふり散る。

竜人のドラム、竜人の屋根に雨がふり散る。

天使のドラム、天使の屋根に雨がふり散る。


それがサンダウンの呪文だった。濃硫酸の白い蒸気が漂う工房で、彼の呪文だけが妙に澄んで響いた。サンダウンは拳銃の扱いに熟達したガンスリンガーでもあった。


天使カイゼルの率いる集団は地下遺跡から硝石を回収する作業を行っていた。

「以前、大型竜と戦ったことがあるんだ。俺は死ななかった。俺は永遠に死なないかもな。竜の咆撃が直撃したんだぜ。俺は空まで引っ張り上げられて宿命的な白さと一瞬の閃光を見た。でも、俺はこうして生きている。」

それがカイゼルの言葉だった。彼はしばしば戦場の自慢話を口にしたが、その笑い方はどこか乾いていた。カイゼルは天使隊に所属していた剣士だった。


竜人の技師ミシェルは、硝石に濃硫酸を加えて濃硝酸を捕集する作業をしていた。ミシェルは華奢で若い女性型の竜人だったが、タフな竜人を演じる傾向があった。そういうポーズをとって周囲にあれこれと吹聴する癖があった。ある時は完全に常軌を逸していた。体中に油絵の具を塗りたくり、焚火を囲んで錯乱して踊っていた。誰もが驚いたし、誰にも意味が分からなかった。彼女自身、なんでそんなことをしたのか覚えていない、とのことだった。彼女の問題は自己評価が高すぎることだった。あるいは低い自己評価を消し去るための努力に傾き過ぎることだった。それがミシェルと言う女性だった。


竜人ヘイゼルが濃硫酸と濃硝酸を少しずつ混ぜ合わせて混酸を作る作業をしていた。

人間ハユンが混酸にコットンを浸して硝化綿を作る作業をしていた。

竜人ボッシュが硝化綿に添加する安定剤を作る作業をしていた。

人間トカリが硝化綿に安定剤とアセトンを混ぜてゲル化する作業をしていた。


天使エステヴァンが硝化綿を粒状に成型する作業をしていた。

天使カルメンが無煙火薬を紙袋に小分けし、箱詰めにしていく作業をしていた。


まだ安全面を考慮した町作りは行われていなかった。教会周辺のあちこちから、硝酸の匂い、油の匂い、薬草の匂い、焚火の煙の匂いが混ざり合い、いつもむせかえるような生活の臭気が漂っていた。


そうして、メアリが集団を代表して交易商人と交渉し、食料や薬と交換する作業を行う。商人たちは言葉を用いる達人であり、メアリはいつも真剣に交渉に臨んだ。時にたとえ話を用いたやり取りがあり、時に恫喝ともとれるやり取りがある。メアリは常にウィルから地域の情報を仕入れ、商人たちとの妥協点を探る戦いに臨んでいた。


そして、ウィルは騎竜ロコを駆る竜狩りの戦士へと成長していた。かつて倒した白竜から魔弓を作り、魔弓の扱いにもよく熟練していた。ウィルは生活に馴染めない者たちに長銃と魔弾を与え、その扱いに熟練させた。そうして教会周辺の集落を巡り、小型竜を見つけて狩猟する戦士団のようなものを作り出していた。規律を乱す者は容赦なく除隊させた。ウィルは騎竜コーマを覚えていた。コーマを一瞬で破壊した白竜を覚えていた。それらの思い出と恐怖はウィルの全細胞に浸み込んでいた。


それがウィルとメアリの作った組織の成り立ちだった。そこには実験的な試みがなされていた。メアリの教会は教義と呼べるものがなかったし、共有できる神話も存在しなかった。全員が機械的に儀式だけを共有しているだけだった。ウィルの作った戦士団も決して無敵ではなかった。小型竜一匹相手に手間取ることが何度もあった。


夜になるとメアリは教義を溶け合わせる方法を模索し、ウィルは戦士団をより強力なものにする術を模索していた。それが二人の新しい戦いだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ