第二十四話 騎竜
それからウィルは緑竜ロコの看病をした。と言っても、竜には優れた復元力がある。逆鱗がある限り、竜は必ず復活する。実際にウィルがなしたことと言えば、ただロコのそばにいたことだけだ。平和な夕暮れがあった。ピンクを帯びた深紅の光が生き残ったウィルたちを照らしていた。空気はぬるく湿り、焦げた鱗と土の匂いが混じり合っていた。
竜の肉体には体内の異物を押し出す性質がある。ロコは生き延びるために静かな戦いを行っていた。内臓に残留する咆撃の破片を血肉の組織で包んで体の外側へ追い出し、骨に食い込んだ咆撃の破片を新しい骨の組織で押し出す。そのたびロコの体がひくりと震え、押し殺したような低い唸りが喉の奥から漏れた。痛みがあまりにひどいのか、ロコは時折呻きを漏らした。ウィルはそばにいることしかできなかった。ロコの体からは獣の匂いと血の匂いがした。腐敗臭はしなかったから、壊疽にはなっていない。そこにあるのは重たい生の匂いだけだった。
メアリは父親から受け継いだ、竜のためのどろどろのスープを作った。それはヨモギやシロツメクサを煮込んだもので、そこに少しだけ塩の塊を混ぜて作られていた。湯気がロコの傷んだ鼻孔をくすぐり、ロコは弱々しく舌を動かしてスープを受け取った。
ロコはそれから一週間の間、決してうめき声を上げなかった。だがウィルがそばを離れると、途端にロバの化け物に似た叫びを上げた。乾いた空気を裂くその声は、耳の奥がじんと痛むほど鋭かった。その瞬間だけ、ウィルはロコが不気味な性質を備えていることを感じた。緑竜ロコの『心の中』には普通の騎竜(人と暮らす竜)が備えていない、闇色でじっとりとした感情のうねりがある。ウィルの内側にある怒りや悲しみと同じ性質の何かがある。
そう思えたから、ウィルは献身的にロコの看病をした。口移しでスープを与え、排便の始末をした。夜になると火を焚いてロコの体を温め、除虫菊を使って腸内の寄生虫を払った。
数日間、それが続いた。その間、なんどもウィルとメアリは話しをした。正確には話しをする、というのでもない。焚火に火をくべて、強く伸縮するロコの腹を撫で、そしてお互いに言葉を紡ぐことをした。
ウィルはメアリに向けて、自分はいろいろなことがわからないまま生きている、と言った。そして、それをわかろうと努めているけれど時間がかかる、ということも言った。世界は不確実だし、その結果として自分が他人になにかを誰かに押し付けてしまうことが悲しい。そのような言葉で、ウィルは自分の内面の混乱を告白した。
メアリはウィルのとりとめのない話を、きちんと聞いてくれた。メアリは、いろいろなことを気にしないでほしい、と言った。たとえ何が起こったとしても、自分やほかの誰かを責めたりしないでいいと思う、と言った。
それから、メアリはウィルの頬にキスをした。唇の温かさが一瞬だけ残り、微かに草の香りが混ざった気がした。ウィルは息が止まるような感覚を覚え、何かが静かに胸の奥に灯ったような気がした。メアリは、私は君に口では表現できないくらいに感謝している、と言った。
ロコは一日ごとに静かに、確実に回復していった。心臓の音は力強いドラムのようになり、三日目には立って歩けるようになっていた。ウィルも、おそらくメアリも、その騎竜ロコの回復力について適切な表現を見つけることが出来なかった。復活したロコはウィルやメアリに馴染んでいて、二人を背中に乗せてくれた。ロコは一瞬だけ骸となった白竜を一瞥したけれど、すぐに興味が失せたように自分の肉体を稼働させた。そのしっかりとした力強さは、とても死の咆撃を受け止めた動物のものとは思えなかった。ロコは自信にみちた足取りで、二人を乗せて教会の方角へと歩き出していた。
足下の土が柔らかく沈み、草の香りが風に混ざる。世界は荒廃していた。けれど、ロコの歩みは強く、そして希望の音を帯びていた。




