第二十二話 決戦
メアリとウィルは崩壊した拠点に再度、到着した。朝方だった。朝の冷たい光があたりを包み、空気は夜露を吸った土の匂いで湿っていた。メアリは緑竜のロコを座らせ、ウィルは竜鱗に覆われたロコの背を撫でた。温もりとざらついた硬さが掌に伝わる。ロコの鱗が軋み、重たい呼気が白く漏れた。
地面には、大型竜が通った痕跡がいくつも残っており、土が深くえぐれていた。メアリとウィルは完全に崩壊した妖精セルファータ・アシド(硫酸)の捕集工房に潜み、白竜が現れる瞬間を待った。
工房廃墟の石壁は黒く焦げていた。壊れたガラス片が朝日を反射して、青白い光を散らしていた。廃墟の奥はひんやりと湿っており、粉になった石灰の匂いが漂っていた。
白竜が訪れる気配は全くなかった。ウィルとメアリは交替で眠った。メアリがウィルをゆすり起こし、ウィルがメアリに代わって見張りをした。ウィルはまだ、ぼうとしていた。ウィルはなんとなく魔剣の手触りを指先で確かめた。指先に冷たい金属の感触と生物的な拍動があった。それから長銃に力を込めて握りこんでみた。銃把部分は職人が樫の木から削り出した業物で、美しい彫刻が滑り止めの効果を果たしていた。
ウィルは武器の具合を確かめ、それから半時間ほど片膝立ちの姿勢で見張りをしていた。
風が吹くたび、瓦礫がかすれる音を立てた。崩れた柱がきしむ音が響いた。ひとつひとつ細かく段階を踏むように、太陽が中天へと昇ろうとしていた。光がいくつも細い筋になって廃墟に差し込んでいた。蚊がしつこく飛び交い、耳障りな音を立てた。ウィルが蚊を払い、目を上げた瞬間、百メートルほど先に白竜の巨躯が現れた。
白竜は霧の中を歩いていた。建物と比較すると、体高は三メートルだと分かった。竜鱗は剥がれ、その肉体にはいくつも矢が食い込んでいた。表皮は黒ずみ、ひび割れていた。傷口からは乾いた血がこびりついていた。右の眼窩は完全に潰れ、もう片方の目も白濁していた。翼腕を杖のように用いて後ろ趾を引きずるようにして歩いていた。周囲の音を拾い集めるように巨大な頭部を左右に振っていた。顎の筋肉が断絶しているのか、長い舌を垂らしていた。
ウィルは白竜の姿を凝視していた。負傷した白竜は朝もやの一部のように現実感がなかった。あるいは幻想から抜け出してきたかのようにも思えた。しかし総毛立つ全身の皮膚の感覚にははっきりとした現実感があった。冷えた指先の震え、胸に押しつぶされるような圧迫感。すでにウィルは銃を構えていた。
引き金を引いた瞬間、火薬が爆ぜる匂いが鼻を刺した。廃墟に乾いた衝撃音が反射して、耳をつんざくような痛みが走った。弾丸は白竜の頭部に正確に命中していた。白竜は動きを止めた。ウィルは、次の弾丸を装填するんだ、と自分に言い聞かせ遊底を往復させた。その間にはね起きたメアリが長銃を構え、弾丸を放っていた。続く銃声が腹の底に響き、金属の匂いが更に濃く漂う。緑竜のロコが吼え、白竜が全身の竜鱗を震わせていた。
ウィルは、咆撃、と叫んで身を伏せた。瞬間、空気が歪むほどの衝撃が走った。突進した緑竜ロコが白竜の咆撃をまともに受け、致命傷を負いながら白竜に激突した。ロコが力の限り白竜を押し込み、白竜もロコの肉体を押し返そうと全身の筋肉を稼働させていた。メアリは魔弾(成形炸薬弾)を携えたまま前進できずにいたから、ウィルはメアリから魔弾を奪うようにして両手で構え、そして廃墟を飛び出して前進した。
魔弾だけが完全に竜の動きを止められる。ウィルの中で思考が空になり、そして恐怖が溢れた。密集する茂み、崩れたレンガ、押し潰れた木枠と壁板。一瞬一瞬が目に焼き付いた。ウィルは前進していた。
ロコに押し込まれた白竜がついに悲鳴を上げた。喉の奥で裂けた金属板がぶつかり合うような、濁った絶叫だった。白竜の大腿骨の部分が折れ曲がって足全体が歪んでいた。ロコが前のめりに斃れ、ウィルが踏み出し、さらに踏み込んだ。瞬間、ウィルは魔弾の引き金を引いた。撃針が炸薬を爆ぜさせ、炸薬が発射薬を爆ぜさせ、発射薬の燃焼が魔弾をひどくゆっくりと飛翔させた。一秒近い時間をかけて魔弾は白竜に着弾し、魔弾が爆ぜた。それは柔らかくもなく、烈しくもない、奇妙にくぐもった破断音だった。ウィルが想像していたどの音とも違っていた。しかし白竜は上に吊り上げられたように巨体をねじって、そうして地面に斃れた。モンローの奇蹟が魔弾内部の金属板を矢のように尖らせて白竜の肉体を貫いていた。肉体の一部が内側に向けて陥没していた。




