第二十一話 戦士
教会廃墟には地下に続く階段があり、ウィルはメアリに誘われるままに階段を下りた。足を踏み出すたび、石段がかすかに軋んだ。湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつき、古い書物の良い匂いがした。
教会地下室は狭く、天井も狭かった。灯りはなく、メアリが壁に掛けられた鉄燭台に火を灯した。
そしてウィルは、部屋の最奥に飾られている長銃と魔弾を視界に収めた。長銃は、竜人の作る精緻なボルトアクション・ライフルだった。触れると、冷たい金属の感触が指先の皮膚の奥まで沁みる。魔弾は騎士が用いる戦槌によく似ていた。黒い柄の部分には微かな香草の匂いが残っており、何かの儀式に使われた形跡があった。どちらも美しい彫刻が彫られていた。死者の魂が昇天していく様子を描いていた。
ウィルは目を瞬いた。メアリの保管する長銃と魔弾は戦うためのものではなかった。実戦性は期待できない。教会を飾るための美術品に過ぎない。それだけがメアリとウィルに残された最後の武器だった。
しかし、メアリは白竜に勝つつもりであるようだった。メアリはウィルに向けて、静かに説明を始めた。メアリは、白竜の足跡や糞塊から白竜に弱点がある可能性を見出していた。「白竜の糞便に大量の血液が混じっていた。白竜の骨に食い込んでいた矢じりが落ちていた。竜は不死身だが、強力な咆撃を乱発すると力が弱まる。一時的に不死性が弱まっているのかもしれない。」
メアリは自分を励ますように頷いた。
「白竜は激戦から立ち直っていない。だから今。私たちが倒すのだ。」
それがメアリの主張だった。
ウィルは無意識にレインから受け継いだ魔剣を抱きしめていた。メアリのように楽観的にはなれなかった。自分はあっという間に死んでしまうだろう、という哀しい気持ちが沸いた。自分は白竜の咆撃で死ぬだろう。咆撃の一瞬の閃光を見るだろう。ふいに、レインやカイネと同じ場所に行ける、そのような気持ちが溢れた。勇敢に戦えばレインに会える。死後の世界で、きっとレインに会える。その期待に縋り、ウィルは戦う決意を固めていた。
教会を出ると、湿った風が顔を撫でた。雨上がりの大地からは草の青い匂いが立ちのぼり、崩れた石壁の間を抜けていった。
メアリは緑竜ロコの背に食料と水を括りつけ、手際よく革紐を締めた。革が軋む音が、静かな空気の中で小さく響いた。メアリは長銃と魔弾を帯び、銃の弾薬を携帯していた。彼女の衣の裾には泥が跳ね、白い指先には火薬の匂いが染みついていた。長銃と魔弾を帯び、弾薬を腰に携えた姿は、もう祈りの人ではなく戦士だった。
ウィルは長銃を背に担ぎ、魔剣を腰に帯びていた。金属の重みが身体に沈み、肩に食い込む革の感触が現実を強く意識させた。
そして物陰に、ウィルの表情を窺うように、あのナバがいた。濡れた髪が光を受けて鈍く光り、じっとウィルの表情を窺っていた。ナバの足もとには、湿った土を踏むわずかな音だけがあった。
もういい。ウィルはそう思った。もういいのだ、と思った。ナバはかつて、自分があの白竜を呼んだ、と言った。だが決して、ナバが白竜を支配しているわけではないだろう。
すべては運命だったのだ。天使教会が新大陸へ入植し、アメリンド族の土地に踏み込んだ。その瞬間から今までのすべてが物語であったのだ。
だから、ナバへの怒りはもう消えていた。レインは怒らないだろう、と思った。
ウィルはナバに向けて、力強く頷いていた。静寂の中でメアリは出発し、ウィルも彼女に続いて歩き出した。遠くに白竜の咆哮に似た雷鳴が起った。その音は遠く、そして低く響いていた。




