第二十話 再生
雨が降り止むと、陽光と入道雲が蒼空にあった。雨が降り止むと、雲間からまぶしい陽光が差し込んだ。濡れた大地が一面にきらめく。遠くでは入道雲が立ちのぼり、蒼空を背景にゆっくりと形を変えていた。雨粒の残る草葉が光を反射し、風が通るたびに微かな水音を立てた。湿った空気に土と草の匂いがあり、緑葉の匂いがわずかに混じっていた。
ウィルはメアリに付き従い、無言のまま歩き続けた。靴底がぬかるみに沈み、泥が重く足にまとわりついた。メアリの後ろ姿からは、肩当と腕当ての甲冑が響かせる金属音と、油と鉄の匂いがあった。
途中、ウィルは深緑の竜と心話を重ねた。深緑の竜は自分をロコ、と名乗った。緑竜ロコの体温は人間よりも高い。ウィルの指先がロコの竜鱗に触れると、しっとりとした温もりと苔の匂いがあった。ロコは静かに息を吐き、その鼻息が草を揺らした。ウィルはその鼓動を掌に感じ、少しだけ安堵した。
そうして辿り着いた先は天使教会の廃墟だった。レンガ造りの美しい場所だった。玄関の扉はなく、朱色の布地が吊るされていた。異国の鈴が涼しい音を立てていた。
内部に踏み込むと、踏みしめた木床がぎしりと鳴った。足元には、手作りの敷き藁と、古びた布の跡が残っていた。壁面には、誰かが描いた絵が並んでいた。煤けた指の跡で描かれた天使。翼を広げた竜。手を取り合う人々。そして木皿に似た燭台にはろうそくがいくつも立てられていた。
メアリが圧気法を用いて火をおこし、ひとつ、ひとつとろうそくに火を灯した。そのたびに淡い炎が強くなり、壁画を照らしていた。蝋の匂いに混じって、乾いたハーブと樹脂の香りが漂った。屋内の中央には聖なる台が置かれ、聖天使シーラ像やアメリンド族の聖母像、竜人の崇拝する體母冥蘭の像が飾られていた。それぞれの像は金属や石ではなく、木で彫られていた。木目が柔らかく、指で触れると温かい感触があった。聖母の衣には布切れが縫い付けられ、體母冥蘭の像には子供の描いたような花の紋様が刻まれていた。像の周囲を囲むように、バラやマリーゴールドのドライフラワーが丁寧に結わえてあった。
「さあ、」
メアリが頷き、ウィルを振り返った。
「ここだよ。」
メアリがそう言った。彼女の声は静かだったが、濡れた石壁に反響し、教会の奥深くまで染み込むように響いた。その響きが、嵐のあとの空気の中で唯一の音として残った。窓枠から差し込む陽の光が淡く広がっていた。
「私は天使隊の暴力を見た。見て何もできなかった。天使シーラも再臨しなかった。私は黙示思想を捨て、父から受け継いだ天使教会を捨てた。そして自分の魂を救うため、自分だけの教会を作った。後戻りはできない。」
メアリはそう言った。ウィルはメアリの言葉を受けて、初めて関心をもってメアリを見つめた。メアリはなにかの徴のように目を瞬いた。
「実在する奇蹟が私たちを導く。」
メアリが言葉を重ねた。
「組織の成長が私たちを導く。」
メアリが言葉を重ねていた。
「私は本気だ。力を貸してほしい。」
メアリがそう言って、ウィルを見つめていた。
ウィルは初めて関心を持ってメアリの視線を受け止めた。そしてすぐに目を伏せた。
「いったい何をしろというの、こんな僕に。」
こんな僕に。血を吐くように、ウィルは言葉を紡いでいた。ウィルは首に下げたコーマの逆鱗を握りしめ、静かに目を伏せた。
「僕は取り返しのつかないことをしてしまった。」
ウィルはそう呟き、メアリは静かに頷いた。
メアリはウィルの言葉を受け止め、静かに言った。
「ここには銃と弾薬、そして魔弾(成形炸薬弾)が備蓄されている。これらを用いて、あの白竜と戦う。」
その言葉に、ウィルは視線を上げた。メアリの両眼には決意があった。
「拠点を取り戻すぞ。」
メアリがそう言ってウィルを見つめていた。




