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第十五話 生還

レインたちは拠点に帰還することができた。陽は中天から傾き、もっと熱い時刻に差し掛かっていた。バイメタル温度計が29℃を示していた。風がほとんどなかった。空気は停滞していて、レインの汗は皮膚の上で乾かずに薄い膜をつくっていた。


下水遺跡からの退却は、ほとんど潰走だった。全速力で自動車両を稼働させた竜人二人は、拠点に到着した瞬間に運転席に突っ伏すようにして眠ってしまった。ほとんど気絶に近い眠りかただった。自動車両のタイヤに砂礫が張り付き、焦げたゴムと油の匂いがした。


時間の経過とともに拠点中の竜人や天使たちが現れ、かなりの混乱になった。誰もがグラントに群がり、なにかあったのか、と尋ねていた。天使や竜人の足音が響き、グラントや竜人たちの怒ったような声があり、空気が熱気を帯びていた。


レインはカイネに抱きしめられた。

「心配したんだよ。」

カイネがそう言った。カイネの声は震えていた。

「私は心配したんだよ。」

カイネがそう言っていた。カイネの指先は少し震えていた。


レインはカイネに抱かれながら、すまない、と言った。それからレインはウィルとコーマを見た。ウィルは身長が伸びたけれど、やはりまだ子供だった。一方で、幼い飛竜だったコーマは強く成長していた。鱗の表面が陽光を反射して銀色に光り、呼吸とともに胸郭が規則正しく上下していた。


大慌ての退却の際、コーマは自力で走り、自動車両と併走してこの拠点まで戻ってきた。コーマは飛竜の仔だ。いずれ斥力を発揮して天空を舞う生物なのだから、そのような異常な能力を発揮できてもおかしくはない。コーマは前趾の鉤爪と後ろ趾を使って自動車両とともに疾走していた。コーマの疾走する姿は美しかった。コーマの肉体はほとんど上下しなかった。地面すれすれを滑空する幽霊のように肉体を稼働させていた。


拠点に戻ると、ウィルとコーマは身を寄せ合い、そして地べたにたおれるようにして眠ってしまった。


夕方になると、拠点に徐々に秩序が戻ってきた。西日が金属壁を赤く染め、長い影が地面を這った。夕餉の支度をする者たちがカイコ肉を煮込んでいた。鍋の中から立ちのぼる濃厚な香りと油煙が風に乗り、一日の終わりを知らせるように拠点全体を包みこんでいった。


グラントが、カイコ肉の粥をすすっていた。器を持つ手が煤けていたが、眼差しは冷静だった。

「作戦を練り直さねばならん。」

グラントがそう言った。その声は錆びた鉄のように響き、容赦ない迫力を持っていた。




夕暮れが迫るころ、地べたに眠っていた竜人たちがようやく、起きた。空は群青に沈みはじめ、西の雲がきた炭のように赤く光っていた。空気にはまだ日中の熱が残り、地面に手をつくと土が体温よりも温かく感じられた。遠くで風が動き、乾いた草の匂いと焦げた油の匂いが一緒に流れてきた。


レインは焚火をおこしてカイコ肉を温めた。カイコ肉の粥を分け与えるレインの隣で、カイネが胎児のような姿勢で座り込んでいた。カイネは焚火を眺めていた。


レインの眼に、カイネの頬に火の色が淡く映って見えた。まるで内側から光を宿しているように見えた。


レインは告白する寸前で思いとどまった。レインは告白したかった。カイネの首筋に柔らかく歯を突き立て、皮膚を裂き薄い脂肪の層を裂いて筋繊維を破ってしまいたい、そのような感情があることを伝えたかった。溢れる血の匂いと体温の熱を感じたいと思った。それは汚らわしい妄想だった。だけど同時に聖なることであり調和でもあるようだった。カイネの肉体と輪郭の内側にある魂に触れたい、という感情であるようだった。それは卑しい性欲に似ていた。けれども神聖な感情でもあった。禍々しく同時に神々しいことだった。一歩間違えば、それらはそっくり失われていたかもしれないのだ。


全員が棲み処に戻るころには闇夜になっていた。星空と焚火だけがあった。カイネは火の粉が宙に舞うのを黙って見ていた。焚火に枝葉をくべて押し黙っていた。


レインの内側でドラムのように烈しい感情が溢れた。カイネ、とレインは言った。カイネの澄んだ闇色の両眼。カイネの視線を受け止めて、レインはカイネの頬に唇で触れた。カイネの頬は弾むような感触があった。


カイネは拒まなかった。でもレインから視線を外し、目を伏せて焚火を眺めていた。


すまない、とレインは言った。焚火の光と音だけがあった。



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