第十四話 死闘
ウィルは率先して人間の集団と竜人グラントの集団を取り持ってくれた。人間達は直ちに天使化症のワクチンを受ける必要があったし、人間達だけが危険な竜との心話が可能だったからだ。
ワクチンさえあれば、竜を強力な味方として呼び込める。ウィルは珍しく声を震わせ、人間達を天使化症から救うことを説いた。
グラントは、分かった、と言った。奴隷商からワクチンを手に入れてみよう、と付け加えた。その声が洞窟の岩壁に低く反響し、ランタンに踊る影を揺らした。
グラントの答えを聞いてウィルはすごくほっとしたようだった。胸の奥の空気をゆっくり吐き出した。
「レイン、ワクチンって高いのかな。」
湿った髪が頬に貼りついたまま、ウィルが眉をしかめてレインを見上げていた。
レインはウィルの問いを受けて首を横に振った。
「いくらかはする、でもそんなに高いってものでもない。」
「どうして。」
「ワクチンは家禽の卵に邪霊の混じった血を混ぜて、そうして浮き上がってきた血漿を利用して作る。そんなに難しい作業じゃないから、高くはないと思う。」
レインがそう答え、ウィルは小さく頷いた。手のひらを擦るようにして粘つく汗を拭った。
硫黄と鉄の匂いの混ざる空気が喉を焼いた。
瞬間、竜の絶叫が起った。最初よりずっと近い距離だった。音は洞窟の奥から反射し、骨の中まで響く重低音となってレインの耳を貫いた。ランタンの炎が一斉に揺れ、岩肌の影が歪んだ。
レインは見てしまった。アメリンドの長老の悲しそうな眼を。その双眸に確かな怒りが宿っていることを。
振動が近づいていた。闇の奥から何かが近付こうとしていた。
「グラント。全員を逃がせ。」
レインは叫んでいた。グラントは硬直して動かなかった。
「早くしろ。」
振動が近づいていた。最初に竜の左腕が現れ、それを覆うように竜の右腕が現れた。その奥に巨大な頭部が見えた。死人の肌に似た青白く艶の無い竜鱗が全身を覆っていた。その竜は腐敗と樹脂が焦げるような臭気を放っていた。
レインは魔剣を引き抜き、力の限りに咆哮していた。
以前の竜との戦闘経験がレインを救っていた。竜は左右の腕で交互に体重を乗せない素早い攻撃を繰り出したが、レインは蛇腹の魔剣を鞭のように振るって連撃をいなしていた。魔剣を伸長させて咆撃を吐こうとする竜の予備動作をつぶしていた。すべてを砕かんとする肉体を使った突撃を無理矢理に半身の姿勢を繰り返すことで回避していた。周囲を見渡す余裕は一瞬もなかった。
瞬間、竜の肉体が炎に包まれた。
「焼夷弾を使った。レイン、逃げろ。」
どこかでグラントが叫んでいた。
レインは一瞬、躊躇していた。剣が烈しく拍動していた。レインの全身が狂喜していた。焔に包まれた竜が尾を振り回し、レインは身を屈めてその一撃を躱した。
今は倒すことはできない。
レインは決断し、バックステップの動作を繰り返して竜から間合いを取った。焔に苦しむ竜の全体を視界に収め、レインは元来た道を全力で走り抜けていた。




