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第十二話 下水


下水に侵入するためには、いくつか特別な装備が必要になる。

布地にガラスの面体と吸気弁を取り付けたガスマスク。

面体の吸気口に接続される陶器製のろ過器。

セルファータアシド(硫酸)やセルファータ・ヒドロ(硫化水素)に耐える革製のローブ。

革の手袋。

靴裏に釘を打ち込んだ厚手のブーツ。


これに加えて、灯油ランタンと鉤槍が必要になる。背嚢には異常を知らせるハンドベル(警鐘)と、語り葉(リトマス紙)が入っている。


軽いね、とウィルが言った。レインはウィルを見て、そうだな、と言った。レインはウィルの指のすべすべした感触を思い出していた。コーマの刺々しい鱗の感触を思った。レインは、ウィルとコーマを連れてきていいものか、それについてずいぶん悩んだ。けれど、結局連れてくることにした。二人には故郷がない。ここでの仕事に慣れてもらわねばならない。そうすれば二人は独立して暮らしていける。自分やカイネがいなくなっても、ここで仕事をもらって生計を立てることができる。


レインはグラントとその仲間達に付き添って現場に出向いていた。移動には自動車両が用いられた。車両は三台あり、特にグラントの車は強いトルクを発揮していた。グラントの車両は荷台にレインとウィル、そしてコーマを乗せて舗装路を疾走していた。


荷台に揺られながら、ウィルは不安そうに指先を動かしていた。

「僕たちはこれから下水を探検するんだよね。」

ウィルは独りごとのようにそう言い、レインは、そうだ、と言葉を重ねた。ウィルは頷いたけれど、ウィルはまだ不安そうに身体をゆすっていた。

「レインは、危険だ、と思っているの。」

ウィルがそう尋ね、レインは少し考えて、そうだと思う、と答えた。


ウィルが困ったような顔で遠くを見つめていたので、レインは目を瞬いた。

「危険だよ。だけど、僕がお前とコーマを守る。だから少しは安全だと思う。」

レインはそう言い、ウィルが黙って頷いていた。




現場となる下水遺跡はまさに巨大な横穴だった。横穴付近にグラントたちの資材置き場があった。グラントは辿り着いてすぐに侵入に向けて作業を開始した。訓示もなければ準備体操もなかった。グラントが指示を出し、竜人二人が黙々と彼に従って歩き出す。


コーマが荷台から地面に飛び降りて体を震わせていた。


まずはウィルとコーマを待機させ、大人たちだけで下水遺跡へと進入した。すぐに地表の光が消えた。上層の熱気は途絶え、ひやりとした空気が肺に沈んだ。壁面は黒い硫化膜に覆われ、レインが指先で触れると粉のように崩れ落ちた。表面はぬめりを帯び、手を離すと指に冷たい膜が残った。


足元では、滴り落ちる水が途切れ途切れに響いていた。金属片がぶつかるような高い音が遠くで反響し、空洞の奥から低い風鳴りがあった。光源はそれぞれの装備する灯油ランタンだけだ。炎がゆらめくたび、壁に貼りついた塩類の結晶が青白く輝いた。それはまるで地下の星空のようでもあった。


かつて人が捨てた配管の中を、今は異形の苔と白い菌糸が埋め尽くしている。水面に薄い膜が張り、その上を油のような虹色が走る。腐卵臭と金属の錆びた匂いが混ざり合い、鼻腔の奥に刺さる。壁に刻まれた旧文明の記号はすでに読めない。頭上のアーチに朽ちかけた配管が並び、その一部から黒い水滴が一定の間隔で落下していた。


「ここから先は誰も入ったことがない。足元に注意してゆっくり進もう。」

グラントが叫んだ声が、反響してどこまでも続いた。


レインはウィルとコーマを連れてきたことを後悔し始めていた。二人は待機させたが、こんな場所に子供を連れてくるなんて。馬鹿なことをしたものだ。とにかくそう決めてしまったのだ。次々に想像を働かせて、知恵を使うしかない。そうすれば意外とすんなりいくものだ。ここまでは鍾乳石と石筍せきじゅんがあった。苔と幾種類かの菌糸があった。そして腐卵臭がたしかにある。ここには硫化物を作る精霊(細菌)が存在している。グラントはそれを探そうとしている。硫化物の鉱脈を見つけて、採掘して、帰る。簡単だ。


レインが内面に自分を励ました瞬間、異形の轟音が起った。それは生物の咆哮だった。腹まで響くような音だった。

「俺は進むぞ。俺達は鉱脈を探しにここに来たのだ。」

グラントが叫んでいた。


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