第十一話 成長
ウィルが心話を用いて竜を撃退してから、六カ月が経過していた。空には入道雲が立ち上り、パームが濃い影を落とす。グアバとアカシアの熟れた果実の甘酸っぱい匂いと湿った土の匂いが拠点全体に漂う。幾千のセミが耳膜をくすぐるようにせわしく鳴き、ときおり遠くで雷鳴が響く。
季節は夏になっていた。
汗腺のない竜人たちにとって、この季節はつらいものであるらしい。全員が大型のアモニアルコの冷凍器に群がり、凍らせた水の塊を口に含んでいた。扇風器と濡らした布を首に巻き付け、体温を下げる工夫をしていた。
カイネも例外ではなかった。カイネの住み家は自動車両のスペアが積み上げられていて、ハプタ藻油から分留された軽油の樽詰めがいくつもあった。カイネは暑さにやられないように肌を水で濡らし、正午には扇風器の近くにいた。カイネはふらつきながら、現場に行こうよ、と言ったが、レインは、とても現場に行けるような状態ではない、と判断してカイネに向けて首を振った。
「やだよ。平気だよ。」
カイネがそう言った。
「みんなの食費を稼ぎたいんだ。」
カイネが細い目を瞬いてそう言った。
それは本当にそうだ、とレインは思った。かつて幼竜だったコーマは成獣になりかけていた。一日一kg近いカイコ肉を平らげるようになっていた。身体は数カ月で急激に大きくなり、竜鱗や牙がきちんとした成獣のものに変わっていた。肉体から湧く獣臭が鼻腔に染みるほど強いものになっていた。神経質に物音に反応するところがなくなった。鳴き声はぐっとピッチの低いものになり、唸り声は猛獣のそれに代わっていた。コーマによって破壊された家具は数知れない。なにより、コーマは実際的に役に立つようになっていた。レインとウィルが現場で作業をするとき、コーマは暗闇に目を凝らすようにして、竜が近づくと信じがたい咆哮を発して追い払ってくれた。
少年だったウィルもはっきりと背が伸びていた。もちろんウィルはまだ少年だったけれど、ウィルが上半身裸になると、薄い身体に強靭な筋肉が張り付いている様子がきちんと確認できた。予防接種のおかげでウィルは天使化を免れていたから、伸びきった四肢は綺麗な人間のものだった。
いつからだろう。レインとカイネにとって、少年ウィルと竜であるコーマの成長を見守ることはほとんど当然の責務のようになっていた。
そして世知辛いことだが、そこには食費の問題が付きまとう。現場に出ようよ、とカイネは言った。
扇風器の風が二人の間を通り、軽油と汗の匂いを薄く撫でていく。だめだよ、とレインは言った。待って、とレインは言葉を付け足していた。
そのような夏の日々を過ごしていたある日、扉板が乾いた音を立て、熱気の層がわずかに揺れた。竜人の頭目グラントが上半身裸のまま、カイネの住み家を訪ねてきた。
「明日、」
思い切ったように、グラントはレインとカイネに話しかけた。
「どうしても古い下水に潜る必要がある。レイン、一緒に来てくれんか。」
グラントがレインにそう言った。
グラント曰く、いよいよ鉱石が足りなくなってきた、とのことだった。グラントたちは妖精セルファータ・アシド(硫酸)を捕集する工房を運営していたが、原材料としてどうしても黄銅鉱や硫化鉄が必要になる。それらは旧文明によって採掘されつくしていて、回収できる唯一のポイントが硫化物の堆積する下水道の遺跡である、とのことだった。
レインは一瞬、腐乱した卵の匂いを想像した。ぬめる壁、足裏で沈む泥、そのような感触を考えた。レインの表情を見て、グラントが鼻を鳴らした。
「心配するな。お前の出番は、竜が現れた時だけだ。」
竜までいるらしい。レインは天を仰ぎたい気持ちになった。




