第0.5話 企画書
【プロローグ】
巨大産業文明が崩壊して十万年の後、世界は竜によって支配されていた。
人間は食われるだけの存在でしかなかった。
竜と戦った異形がいた。
“竜人”。産業文明が残した新しい生命体がいた。竜人は銃火器で武装し、硝石から麦を豊かに育てる術を備えていた。
“天使”。奇病に侵され、奇病と融合した新しい人類がいた。彼らは信仰を持って竜と戦い、竜を滅ぼす力と勇気を備えていた。
長き戦いの後、竜人と天使はついに竜を新大陸とよばれる土地へと撃退した。
竜を追い詰めねばならない。
天使と竜人は敢然として新大陸への入植を決行した。
そのようにして入植した新大陸に、平和を愛する人々がいた。
人間。彼らは狩猟採集の生活を愛し、竜と共に生きる術を用いていた。
天使と竜人は、人間に対して選択を迫るべき立場にいた。
天使と竜人に服従して共に竜を滅ぼすか。
それとも竜と共に誇りをもって死を選ぶか。
服従か死か。
今、運命に満ちた物語が始まる。
無頼の天使レインと竜人カイネは、竜の仔を抱く人間の少年、ウィルとの出会いによって大きな冒険へと踏み出そうとしていた。
【シーンその1】
天使による人間狩りがあった。竜狩りの本質は竜ではない。竜なんてどうでもいい。大切なことは、旧文明人が取りつくした銅や鉛や亜鉛を回収することだ。それら卑金属が大量に死蔵されている土地から原住民を『移動』させることだった。すくなくとも、レインはそれを言葉通りに受け取っていた。
騎士官と天使隊が50人の人間を集めて縄で繋いでいた。子供や赤ん坊もいた。
天使隊の全員が突撃機関銃で武装していた。ゼア・イズ・ノードラゴン、と必死に叫んだ男が真っ先に撃たれた。
レインはそれに驚いて銃口を下げてしまった。移動させる、という話だった。そうだったはずだ。移動させる話はどうなったんだ。
騎士官が撃ちまくっていた。天使たちもそれに続いて突撃機関銃を連射していた。数秒のうちに人間は一気に斃れていて、レインはへたり込んでいた。
すべてが終わった後で、騎士官が、ウジ虫が、と言ってレインを蹴り上げた。
それから天使たちは残った人間達を全員、穴倉に押し込んだ。そうして白燐手りゅう弾を投げ込んだ。
悲鳴は爆発の時と、それから燐が燃え上がった時で二回起こった。二度目の悲鳴はずっとひどかった。
それに度肝を抜かれてレインは耳をふさいだ。仕事どころじゃない、と思った。それでレインはへし折れてしまった。職務放棄。軍紀違反。でも呼吸が出来なかった。
集落は焼け落ちて、士官としての天使レインのキャリアはそれで終わりだった。レインはその場に放置された。夢遊病者のようにたたずむレインを、自動車両の整備士がじっと見ていた。整備士は竜人だった。その竜人が、カイネだ、と自己紹介をした。
「お前、なんでそんな勇気ある行動ができたんだ。」
とカイネがレインに言った。レインは何のことか分からなかった。集落は燃えていた。誰一人助けられなかった。
「でも、『仕事』を拒否したじゃないか。ちゃんと見てたよ。」
レインは首を振った。拒否したのではない、できなかったのだ、と説明しようとした。
「同じことだよ。」
とカイネが言った。
レインは首を振った。できたことは何ひとつなかった。
【シーンその2】
自動車両のタイミングベルトが破断していた。竜人カイネがタイミングベルトを鋲打ちして補修している間、天使レインは小さな襲撃者を眺めていた。
人間の子供が竜の幼生を抱いてレインの許へ歩み寄ってきていた。
水と食料をよこせ、とでも言っているのか。皆目わからない言語で、少年は何か意味のある声を発していた。
人間が天使に近づくと邪霊カムイゼフに感染する。レインは躊躇しなかった。拳銃を抜いて天上へ向けて空砲を一発撃った。それから強い声で、失せろ、と言った。それがレインにできる精いっぱいだった。
少年は逃げなかった。そして何かを訴えていた。少年は竜の幼生をしっかりと抱きしめていた。
「子供。」
天使レインが絶望的にそう言った。
「そして竜の幼生。」
竜人カイネが自動車両の機関部に顔を突っ込んだままそう言った。
少年はもう何も言わなかった。少年は涙をためて、レインに竜の幼生が死にかけていることを伝えようとしていた。レインはしっかりと理解できた。聖霊カムイゼフは竜にも感染する。竜の幼生に天使化の兆候があった。鱗の表面に双樹に似た組織体が形成されていた。
天使化は一度発症してしまえばできることはなにもない。せいぜい解熱剤や経口補水液を飲ませるくらいしかできない。
レインは準備にとりかかった。竜のための経口補水液なんて存在しない。人間のものを使うしかない。解熱剤も常備薬の中に入っている。乱暴な話だが、これも竜に対し一定の効果があるかもしれない。
何もしなければ死んでしまう。だったら生きるためにできることをした方がいい。
カイネがレインを見守っていた。カイネが首を振った。
「無意味に見えるけどな。」
カイネがそう言い、レインは頷いた。
「わかってるよ。竜の幼生は死ぬだろう。それなら、できることをした方がいい。僕達、天使は聖霊カムイゼフ(カムイゼフ・ウイルス)と融合した亜種の人間だ。」
害をなす存在でしかない、共存の道なんてどこにもない。レインは言葉を紡いでいた。
「僕は竜や人間にとって天使化をもたらす死神でしかない。ちゃんと理解している。」
レインの独白に、カイネがため息をついた。
「なぜそこまでする。言っておきますけどね、僕らが何をしたってなにも変わりはしないんだ。」
カイネの忠告に、レインは強く頷いた。
「分かってるよ。でもこの子と竜の幼生をそのままにはしておけない。僕ら天使は竜や人間にこの子にとってみれば文字通りの疫病神だ。くそ、せめて言葉さえ通じればいいのに。」
どうせ死ぬなら、できることをしたほうがいい。レインは自動車両のトランクルームから経口補水液と解熱剤を取り出し、少年に視線を向けた。
「竜をそのまま抱いていてくれ。」
レインは身振りを交えて少年にそう言った。竜の幼生はしっかりと目をつぶり、か弱く呼吸を繰り返していた。レインと少年が竜の幼生に補水液を飲ませようと苦戦している姿を見かねたらしい。カイネが力を貸してくれた。
「強くハグしておいてくれ。」
レインがそう言った瞬間、カイネが感電したように手を引っ込めた。
「ちくしょう、噛まれた。」
「傷口を水で洗い流そう。深い感じか。」
「そんなでもない。悪霊テタヌス(破傷風菌)の予防接種は必要だけど。なあ、レイン。」
カイネが手をさすりながらレインを見ていた。
「なんだよ。」
「なぜここまでするんだ。」
「あの時、僕はみんなと一緒に人間を撃つつもりだった。」
「もう忘れろよ。撃たなかっただろ。」
「違う。君は根本的に僕を誤解している。僕はみんなと一緒だ。人間たちを撃ちまくるつもりだった。だけど動作不良で弾が出なかっただけなんだ。」
そう言って、レインはうめくように叫んだ。
「これ以上はいやだ。もう嫌だ。」
汗だくになりながら、レインは竜の幼生に解熱剤を溶かした補水液を飲ませようと苦闘していた。
天使化はすさまじい。空気感染のうえ感染から発症まで数時間しかなく、死亡率も高い。レインと少年、そしてカイネに出来ることはもうなかった。竜の幼生は最初の一時間を乗り越えた。次の一時間も乗り越えた。
そして今、竜の幼生は眠りについていた。少年に抱かれて深く、深く、呼吸を繰り返していた。
「生き残ったんだ。」
レインは信じられない、というように首を振った。
「どうしてだろうな。」
カイネがレインにそう問いかけたが、レインは、信じられない、を連発する事しかできなかった。
「信じられないな。天使化は発症から死亡まで数時間しかない。発症したら助からない——と言われている。多分だけど、今まで竜の治療をしようなんて奴はいなかったのかもしれない。それはそうだよ。敵なんだから。」
レインはそう言い、ようやく安堵のため息をついた。まさに奇蹟だ、と思った。
少年は自分の命を分け与えるように、しっかりと竜を抱きしめて眠りについていた。少年を起こさないように、カイネがそっとレインに視線を向けた。
「一つだけいいか。君の慈善には、まさに脱帽。お前は本物だよ。」
カイネがそう言った。
「本物の馬鹿。」
レインがそう言った。カイネが苦っぽく笑った。
「ちがうよ。本当に偉い、と言いたいんだ。お望みなら最高にイカレていると言っていい。最高得点。ほかの連中はつまらなかったなあ。」
カイネがそう言って少年を眺めていた。
【作品のテーマ】
この物語の魅力は、“現実では困難だった多文化的共存を、虚構の世界で再構築する”ことです。
私たちは現実で、多文化の共生が難しいことを知っています。
同時に、異なる文化の魅力と、それに触れる楽しさも知っています。
生きるために、たとえ不完全でも他者を理解しようとする姿勢が必要だと知っています。
そしてこれからの世界が、多極化へと向かう可能性が高いことを知っています。
私は小説を通して、『多極化する世界を生きる子供たち』に希望を伝えたい。
多極的な世界で共に生きること。
希望を描くこと——それが今回の作品のテーマです。
【世界観サマリー】
巨大産業文明が崩壊して十万年後、地上は竜によって支配されていた。
人間は捕食されるだけの存在に過ぎなかった。
長き竜の支配に対し、懸命に抗う者たちも存在した。
人間の知性を受け継ぎ、銃火器と農耕技術を受け継ぐ新生命体「竜人」。
人間の肉体を受け継ぎ、白鱗症と融合し死病をばらまく新種の人類——「天使」。
長い戦いの末、竜人と天使は竜を「新大陸」と呼ばれる土地へと追いやることに成功する。竜の撃滅という大義名分のもとに、竜人と天使は新大陸への入植を開始する。そこは豊富な資源に満ちた未踏の地だった。
しかしそこには、竜と心話を交わしながら狩猟採集で生きる存在——“人間”が存在していた。人間は狩猟採集生活へ回帰し、畏敬すべき守護者である竜と共に平和に暮らしていた。
天使や竜人は死をもたらす異邦者に過ぎない。
こうして「竜人と天使による征服」と「原住民による竜との共生」という、決して相容れない価値観が新大陸で激突することになる。
暴力か共存か、征服か融和か。
その選択を迫られる世界に、天使レインと竜人カイネ、そして竜の幼生を抱く人間の少年ウィルの物語が始まろうとしていた。
【主要人物紹介】
レイン(天使)
かつて人間の虐殺に加わりながらも、その行為を拒み隊を追放された若き天使。情に厚く、弱者を救おうとする衝動に駆られやすい。
カイネ(竜人)
旧文明の遺物を修理し、銃火器や自動車両を操る竜人の整備士。現実主義で皮肉屋、レインの衝動を「無意味」と突き放すが、最後には手を貸す。技術と冷静さを武器にしつつも、内心ではレインの意思の強さを慈しむ器の広い人物。
ウィル(人間)
新大陸の原住民。竜と心話を交わせる資質を持つ。竜の幼生を抱え、言葉の通じない天使や竜人と対峙する。無垢な存在でありながら「融和の可能性」を体現する物語の象徴。
【物語のあらすじ】
第1部:出会いと成長
新大陸の原住民の少年ウィルは、竜の幼生を抱きながら追放された天使レインと竜人の整備士カイネに出会う。
言葉も文化も通じない中で、ウィルは竜を守る強い意志を示し、二人を巻き込んでいく。
やがて彼は竜との心話を磨き、仲間との旅を通じて「ただの子供」から未来を担う存在へと成長していく。
第2部:希望の火種
ウィルと竜は深い絆で結ばれ、やがて竜の背に乗る「竜騎士」として仲間を導く存在となる。
彼の勇気と人間性に惹かれ、原住民だけでなく竜、追放された天使、孤独な竜人たちが集まり、共生の可能性が芽生え始める。
第3部:最終決戦
しかし、新大陸を資源としか見ない入植者たちは土地を簒奪し、共生の芽を踏みにじろうとする。
ウィルと仲間たちは「暴力による征服」か「共生による未来」か、世界の岐路に立たされる。
竜の咆哮、天使の銃火、竜人の技術、すべてを懸けて、入植者との決戦に挑む。
その戦いは土地をめぐる争いであると同時に、異なる存在が共に生きられるかどうかを試す最後の審判となる。
【用語集】
Ⅰ 種族・存在
竜人:旧文明の知性と技術を継承した新生命体。銃火器や農耕を操る。
天使:白鱗症と融合した新種の人間。新大陸への入植者であり、先住民や竜に死病である「白鱗症」の媒介する。
人間:新大陸の先住民。竜と心話を交わし、狩猟採集生活を営む。
竜:地上を支配する存在。原住民からは守護者として畏敬される。
Ⅱ 病・概念
天使化:白鱗症の症状。感染から数時間で発症し、人間や竜を数時間で死に至らしめる。天使はこの白鱗症ウイルスと融合した新しい人類である。
聖霊カムイゼフ:白鱗症をもたらすウイルスに対する呼称。
Ⅲ 文化・技術
心話:人間と竜が交わす精神的な会話。
聖禽の布:白鱗症に対抗するための、いわゆる生ワクチン。
ドラグナー(竜騎士):竜と絆を結び、その背に乗る者。ウィルの成長の象徴。




