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幕間 アルフォンスの葛藤

夜が、深い。

王城の冷たい石壁を叩きつける雨音は、私の心の乱れを嘲笑うかのようだ。

机の上には飲み干せずに冷え切った酒と、山と積まれた書簡の山。その全ての始まりは、一月前に私の私室に届けられた、一通の匿名の告発状だった。


最初は信じなかった。信じたくなどなかった。ラフェーレ家の名を騙る、悪質な戯言だと破り捨てようとさえした。

だが、そこに記された不正の数々はあまりにも具体的で、騎士としての私の魂が、その真偽を確かめることを命じたのだ。

そして、調査の果てに私が暴いてしまったのは……信じがたい、一族の罪の全てだった。


私がこの手で署名したのは、告発状そのものではない。その匿名の告発が真実であることを証明してしまった、忌まわしい調査報告書と、王家への上申書だ。

家の罪を正す。その決意の中に、彼女だけは、ミシティアだけは無関係だと、心のどこかで祈っていた。

だが、その願いは、帳簿の最後に彼女のサインを見つけた瞬間に、無残に打ち砕かれた。あの時、私の中の何かが音を立てて壊れたのだ。


なぜだ。正義を執行したはずなのに、なぜこの胸は、まるで彼女に裏切られた時のような鈍い痛みに苛まれるのだ。


昼間、王の御前で罪状が読み上げられたとき、他の者たちが己の無実を叫ぶ中、彼女だけは、ただ静かに、黙って私を見ていた。

そのアメジストの瞳に映るのは、罪人の怯えでも、断罪者への憎しみでもない。理解不能なほどの、静けさだけ。

まるで、何もかもを受け入れたような、あの不気味な微笑みはなんだ。家の罪に手を染めた者が、なぜあのような顔ができる。


「あなたは、あなたの信じる道をお進みなさい」


あの言葉が、棘のように心に刺さって抜けない。

お前もその家の一員として道を踏み外したのだろう、ミシティア。

かつての気高さはどこへ消えた。私を、そして自らの誇りを裏切ってまで、家の罪に加担したというのか。


怒りと失望で張り裂けそうになる心を支えてくれるのは、ただ一通の手紙だけだ。

断罪の後、衛兵が届けてくれた、“名無しの令嬢”からの最後の便り。


“あなたのその光が、きっと多くの人を照らします。

だから、どうかご自身を責めないでください。

あなたの正義は、間違ってなどいませんでした”


この言葉だけが、私の唯一の救いだ。この国のどこかに、私の正義を信じてくれる清らかな魂がある。それだけで、私はまだ騎士でいられる。


――だが、その時だ。脳裏に、あってはならない疑念が毒のように広がったのは。

このインクの滲み方。この優しく、それでいて芯の強い文字の流れが、幼い頃から見てきた義妹の筆跡に、あまりにも似ていはしないか。

……やめろ。考えるな。そんなはずはない。

光と闇が、同じであるはずがないのだ。一方は私を裏切った罪人、もう一方は私を支える聖女。決して、混同してはならぬ。


私は、インクの染みがついた自分の掌を見つめた。

この手で、彼女が裁きの場に引きずり出される原因を作った。

この同じ手で、かつて純粋だと信じていた彼女の涙を拭ったというのに。


「……なぜだ、ミシティア。なぜ、お前は家の罪を止めようとしなかった」


答えなど、どこにもない。

ただ胸の中に、怒りなのか、悲しみなのか、それとも断ち切れぬ愚かな情なのか……ぐちゃぐちゃに混ざり合った焔が渦巻いている。


雨音が遠のき始めたころ、私は壁に立てかけてあった剣を手に取った。

磨き上げられた刃に映るのは、“正義の騎士”などではない。

信じていた者に裏切られ、憎しみと愛情の区別さえつかなくなった、ただの愚かな男の顔だった。


静まり返った部屋で、私は誰にともなく呟いていた。


「……お前を、憎みきれたなら、どれほどよかったか」


胸の奥の棘だけが、終わらない夜の中で、確かな痛みをもって存在を主張し続けていた。

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