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第六章 正義の告発

それは、まるで世界が終わりを告げるかのような、激しい嵐の夜でございました。

黒い雲が空を覆い尽くし、雷鳴が轟くたびに、屋敷の古い窓ガラスが哀れな音を立てて震えておりました。


その夜、私は明かりの消えた書庫に佇むお嬢様のお姿を見つけました。

彼女の手の中には、大切に読み返されたのであろう一通の手紙。それは、いつも彼女の胸の内ポケットにしまわれていた、“アルフォンス様からの返事”でございました。


「“名も知らぬあなたのおかげで、私はもう一度、前を向けそうです”……ふふ。ねえ、ルネ。彼が前を向いたその先に、断頭台に立つ私しかいなかったとしたら……それでも、これは良いことだったのかしら」


雷光が、その問いに答えるかのように一瞬、お嬢様の横顔を白く照らし出しました。その微笑みはあまりにも儚く、私はただ息を呑むことしかできません。

お嬢様は手紙を封筒にそっと戻すと、まるで自らの心を封印するかのように、本棚の一番奥深くへとそれを押し込まれました。


数日後、学園に、そして王都に衝撃が走りました。

“ラフェーレ家の帳簿に、奴隷売買と禁術取引の決定的な痕跡あり”

“王家に対し、ラフェーレ公爵家の断罪を求める告発状が提出された”――と。

そして、その告発者の欄に記されていた名は、アルフォンス・ド・ラフェーレ。


私は知っておりました。

アルフォンス様がその手にされたという、不正のすべてを記した帳簿の写しや証言書……それこそが、お嬢様ご自身が、夜な夜な書斎に籠り、血の滲むような思いで匿名の手紙に託し、彼の元へと送り届けた“道しるべ”であったことを。


お嬢様は、その報せを耳にされても、まるで遠い国の物語を聞くように穏やかでございました。

嵐の後の、嘘のように静かな庭園で、ひとり紅茶を傾けながら、ぽつりとおっしゃいました。


「……あの人は、正しいことをしたのよ。自分の信じる正義を貫ける人間は、本当に美しいわ。だから、好きになったの」


その声音には、悔いも怒りも、一片の悲しみさえもございませんでした。

ただ、遠い春の日を慈しむような、あまりにも静かな響きだけが、そこにありました。


けれど、その夜。私は見てしまったのです。

暖炉の炎の前で、お嬢様が小さな指輪をじっと見つめておられたことを。

それは幼いころ、アルフォンス様から贈られた、ささやかな誕生石のついた、兄妹の絆の証。


「彼の剣は、必ず私の罪を断つでしょう。……それでも、私は誇りに思うわ。私の愛した人は、こんなにも気高い騎士なのだと。私の愛は、彼の正義の前に決して屈しはしなかったのだと」


その声は微かに震えておりましたが、暖炉の炎を映す瞳だけは、どこまでも澄み切っておりました。


翌朝、王家の紋章が刻まれた召喚状が届きました。

ラフェーレ公爵家一同、王宮裁判所へ出廷せよ――と。


私は思わずお嬢様の前にひざまずき、震える声で問いかけておりました。

「お嬢様……まことに、まことにこれで、よろしいのでございますか」


彼女は、まるで初めての舞踏会へと向かう少女のような、優雅さで立ち上がられます。そして、淡い唇に凛とした笑みを乗せ、はっきりと告げられました。


「ええ、もちろんよ、ルネ。

さあ、行きましょう。あの人が命を懸けて信じる“正義”が、本物であったと……この私が、この身をもって証明してさしあげるわ」


その瞬間、再び空が裂け、激しい雷鳴が轟きました。

けれど、嵐の中に立つ彼女の姿は、決して消えぬ灯火のように静かで、あまりにも崇高でございました。


私は深く頭を垂れながら、悟りました。

――この御方は、滅びの運命を恐れてなどいない。

むしろ、それを自らが導いた“愛の完成”として、誇り高く受け入れておられるのだ、と。

それはもはや悲劇ではなかった。あまりにも気高く、あまり-にも孤独な、愛の戴冠式のように、私には思えたのでございます。

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