第四章 文通の季節
厳しかった春の嵐が過ぎ去り、学園の庭がまばゆい新緑に染まるころ。窓から吹き込む風が、教科書のページを優しくめくるような、穏やかな季節が訪れておりました。
あの一通目の手紙がアルフォンス様の心に届いたのは、まさにそんな初夏の日差しの中でのことでございました。
その日、私は講師室に書類を届けに上がっておりました。
窓辺の席で、アルフォンス様が一冊の古い騎士譚を開いておられたのです。そのページの間から、はらりと滑り落ちた一通の封筒。
それを拾い上げた彼の表情を――私は決して忘れることができませぬ。
それは驚きでも、訝しむ色でもありませんでした。
まるで、とうの昔に失くしてしまった心の片割れを、思いがけず見つけ出したかのような……深く、優しい光がその瞳に宿っておりました。
封を切る、乾いた小さな音。
そして、あの夜お嬢様が涙と共に綴られた言葉が、彼の唇から静かにこぼれ落ちたのです。
「……“あなたの信じる正義は、きっと誰かを救っています”……」
彼はそのまま、窓の外の青葉を眺めながら、長いこと動かれませんでした。
まるでその一文に込められた祈りを、ご自身の魂の最も深い場所に、ゆっくりと染み渡らせるかのように。
その日から、アルフォンス様は少しずつ変わり始められました。
その揺るぎない正義感はそのままに、かつての鋼のような厳しさが和らぎ、しなやかな強さを帯び始めたのです。以前なら厳しく叱責したであろう生徒の小さな失敗を、穏やかな言葉で諭すようになられたのも、その頃からでございます。
私がそのご様子をお嬢様に報告いたしますと、彼女は一瞬、息を呑み、アメジストの瞳を大きく見開かれました。
しかしすぐに、何でもないふりを装って紅茶のカップを口元へ運び、その湯気で表情を隠すように微笑まれたのです。
「そう……少しは、風通しのよい授業になったのかしら。よかったわ。義兄上が、笑ってくださるなら」
それ以上、何もおっしゃいませんでした。
けれど、ソーサーに置かれたティーカップが、彼女の指先のかすかな震えで、かちりと小さな音を立てたのを、私は聞き逃しませんでした。
その夜、お嬢様の部屋の灯りは、再び遅くまで消えることはありませんでした。
机の上には新しい便箋と、磨かれた銀のペン。
夜の静寂の中を、サラサラとペンが走る音だけが響きます。それはもう、前のような迷いに満ちた音ではありません。ほんの少しだけ、明るい希望の色を帯びておりました。
“あなたのお言葉に、私も勇気をいただきました。顔も知らぬ私のような者にまで心を砕いてくださる、あなたのようでありたいと願います。どうか、ご無理だけはなさらないで”
――名無しの令嬢より
こうして、奇妙で、そしてあまりにも切ない文通が始まりました。
昼は、誰をも寄せ付けぬ氷の仮面を纏い、アルフォンス様にさえ冷たい言葉を投げかける悪女。
夜は、彼の正義を誰よりも信じ、その心を案じる、名もなき一人の令嬢。
お嬢様の心は、昼と夜という二つの世界を生きる、儚い蝶そのものでございました。
やがて季節は巡り、彼からの返事が届くようになったのです。
私がそれをお届けすると、お嬢様は小さな子供のように、はっとした顔で封筒を受け取られました。
そして、自室に戻ると、すぐには開けずに、まるで大切な宝物のようにそっと胸に抱きしめられたのです。
誰にも見せることのない、その微笑み。
それは、凍てついた冬の大地にようやく咲いた一輪の雪割草のように――儚く、けれど確かな温もりを持った、春の花に似ておりました。