外伝 古き守り神の記録
――人々に忘れ去られた古き守り神の記録より。
私はルネ・ド・カーミラ。今はもう、ラフェーレ家を見守った一人の執事ではありません。この国の魂の物語を編み、人々の営みを見守る、「古き守り神」でございます。とはいえ、人々はすっかり私の事など忘れていることでしょう。
私が、ミシティア嬢の肉体に「異世界の魂」を宿らせるという、異例の介入を行ったのは、他でもありません。この国を蝕むラフェーレ家の闇を、「外側からの光」でゆっくりと矯正させるためでした。直々に天罰を下すのは容易ですが、それでは人々の間に憎しみと混乱しか残りません。ゆえに、私は人間の姿をとり、家族の愛の力で闇を照らそうと試みたのです。
しかし、これは私の最大の「計算違い」でした。
私は、未来を知る魂が、論理的かつ安全に、罪を遠ざける道を歩むと読みました。ところが、ミシティア嬢の魂は、私が想像だにしなかった「自己犠牲の愛」という、この世界の理すら超える力を見せつけたのです。
彼女は、愛する者の正義が汚れるくらいならと、自ら進んで悪女の仮面を被り、滅びの運命さえも愛の道具として利用しました。その愛の強さは、私の神としての計算を遥かに凌駕し、物語の結末を、悲劇でありながら、最も純粋な愛の物語へと変えてしまったのです。
私が償うべきは、彼女に辛い役割を背負わせてしまったことへの「詫び」でございます。
私は、この世界の理と、私の神としての権能に、深く誓いを立てました。
「あなたの魂が、どこで、いつ、どのような境遇で生まれ落ちようとも、私は再び人間の姿をとるでしょう。そして、今度こそ『幸せな人生』という、あなたの物語の結末を、最も近くで、完璧にお仕えさせていただきます」
私は、天界へ還る光を止め、ミシティア様の魂に、過去の記憶を一切残さず、ただ「魂が望む願い」だけを刻みました。そして、彼女の魂を、美しい少女として、この世界に再び誕生する運命へと紡ぎ直したのです。
私は、最後の力を振り絞り、この世界全体に張り巡らせた「運命の網」を探索しました。
そして見つけたのです。
アルフォンス様の統治する一帯、とある辺境の町で。病により魂が朽ちかけ、肉体がその命の灯を消そうとしている、一人の令嬢の身体を。
私は、この身体に、残るすべての神力を、この令嬢の身体の修復と、ミシティア様の魂との適合へと注ぎ込みました。
神力は、燃え尽きるように私の体から失われました。その代わりに、病で青白かった令嬢の肌には血の気が戻り、魂の器として完璧な、生命の輝きを宿しました。
令嬢が、静かに目を開けます。
しかし、その瞳の色は、私だけが知る、アメジストの輝きでした。
私は、生涯のすべてを込めて、深く頭を下げました。
「おかえりなさいませ、お嬢様。そして、ようこそ、新しい世界へ。今度こそ、貴方様が幸せな未来を紡げるようお仕えさせていただきます」
「えっと……貴方は……」
彼女の声はかつてのお嬢様を思い出させるような、澄み切った美しいお声でした。
「私は、ルネ・ド・カーミラと申します。お嬢様にお仕えする執事でございます」
私は、新しい人生を始めたばかりの、戸惑う彼女に、深く、そして優しく頭を下げました。
夜明けの光が、その小さな邸宅の窓を照らし始めます。
そして何処からともなく、白薔薇の香りが風に乗って窓の隙間から運ばれてきました。
この香りのその先に、きっと、かの騎士との再会が待っていることでしょう。
私は、二人の再会という「物語の続き」を静かに予感したのでございます。




