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外伝 灰の誓い

――王国騎士団長、アルフォンス・ド・ラフェーレの日誌より


正義とは、血を流さぬ清らかな理想ではない。誰かの涙と痛みの礎の上に、ようやく築かれる脆い現実だ――。

あの人が、その命のすべてを懸けて私に教えてくれたのは、そのあまりにも残酷で、そして尊い真理だった。


ミシティアが断頭台の白薔薇と散ったあの日から、五年が経つ。

王国の空は変わらず青く、人々の営みは続いている。罪も正義も、善も悪も、同じ陽光の下に等しく息づいている。


私は今、王国で最も貧しい辺境の地で、騎士団を率いている。

かつて、ラフェーレ家がその闇の力で支配していた土地だ。民の目にはもう、ラフェーレの名への憎しみはなく、ただ忘れ去られた過去となっている。

それでも私は、この名を棄てなかった。贖罪とは、忘れることではない。その罪のすべてを背負い、光に変えていくことだと信じるからだ。


部下が、緊張した面持ちで報告書を持ってきた。近隣の村を脅かす盗賊団の摘発。そして、廃坑に潜む違法奴隷商の存在。

……奴隷、か。

かつて、この国の最も深い闇から目を逸らさなかった彼女の覚悟を、私は“家の罪に加担した裏切り”と断じたのだ。なんと愚かだったことか。


報告書に力強く署名をしながら、私はそっと胸元の小箱を開いた。

中には、処刑の炎でわずかに焦げ跡の残る指輪。今は銀の鎖に通し、肌身離さず身につけている。それが、私の唯一の道しるべだ。


夜、焚き火のそばで一人、剣を磨いていると、風がふと懐かしい香りを運んできた。

――白薔薇の香り。

瞼を閉じれば、記憶の中の彼女が、あの頃と何も変わらぬまま、静かに微笑んでいる。


「君の正義は、守るためのものだった。私の正義は、裁くためのものだった。どちらも間違いではなかったのだな……。ただ、この世界が、我々二人が並び立つことを赦さなかっただけだ」


あの日の慟哭は、五年という歳月を経て、静かな確信に変わっていた。

裁く剣と、守る盾。その両方を持って初めて、騎士は真の正義を体現できる。お前は、その“守る盾”を私に与えるために、その身を砕いたのだな、ミシティア。


翌朝、私は民を集め、演説を行った。罪を犯した過去を持つ者、罪に怯えながら生きる者。そんな彼らに、初めて、私の本当の言葉で語りかけた。


「人は誰でも過ちを犯す! だが、その過ちを赦さず、ただ断罪するだけでは、新たな闇を生むだけだ。真の正義とは、過去の罪を認め、それでも未来を信じて、恐れずに光を掲げ続けることだと、私は信じる!」


風が、強く吹いた。

私の言葉に応えるように、胸元で鎖が鳴り、指輪が朝日を浴びて、まばゆい光を返した。


その瞬間、私は確かに聞いたのだ。

あの人の声が、風に混じって、優しく私の心を撫でた。


“ええ、それでこそ、私の愛した騎士様だわ。あなたの正義は、ようやく私と並んでくれたのね”


私は天を仰ぎ、磨き上げた剣を高く掲げて誓った。


「この命が尽きるその日まで、私はここにいる。彼女が信じ、私に託してくれた“光の正義”を、この地で守り抜くために」


やがて焚き火の灰が風に舞い、夜が明ける。

東の空に、一羽の白い鳥が昇っていくのが見えた。

その翼は、燃え尽きた灰のように淡く、

けれど、その先に広がる空は――

確かに、希望の色をしていた。

初期設定をしていただいた、ゴロさんに感謝を捧げます。

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