[第六章]
「そりゃ、こっちのセリフじゃ。ふざけた真似ばぁしくさって。」
何だか言い合いを始めた。きな臭い感じがしたけど私はじっとしていた。三田君が次郎吉さんを捕まえたら警察を呼んで引き渡す。私の頼まれ事はそれだけで、それまでは安全のためじっと身を隠しているよう言われていた。
二人はやいやい言い合いをしていたが、その内どちらかの手が出て揉み合いになった。言い付けを守るためではなく、本当に怖くて動けなかった。大の大人の喧嘩なんて初めて見た。
木の葉や草むらがうねるように動いて片方の影を捕まえようとする。影は頼りなげにふらふらしているがやっぱり捕まらない。
地面の川が渦を巻いてもう一方の影を飲み込もうとする。こちらの影は素早く飛び跳ねて水には捕まらない。
30分くらいはそんな状況が続いていたけど、次第に葉っぱや草が影に追いついてきた。足を取られ手が絡め取られ、最後には木に逆さに吊るされてしまった。あれ、もしかして三田君返り討ちにあってる。
気の抜けたコーラみたいにつまんなくて、ヤモリみたいに気持ち悪い下宿人だけどそれはあんまりだ。そんなつもりはなかったのに私は立ち上がって叫んでいた。
「止めて、うちの大切な下宿人なんだから。」
立っている方の人影がふっと振り返ったような動きをする。急に怖さが湧き上がる。
「おかちめんこぉ。三太夫よぉ、なんでおめぇやこぉがあげな美人とおるんよぉ。」
泣きそうな声がしたと思うと逆さ吊りの人影がぼとりと地面に落ちた。