[第二章]
帰ってきた町では奇妙なひったくりが流行っていた。被害者は口々に身体を折り畳まれるような感じがしたと思ったらそのまま縛られたように地面に倒れたと言った。犯人は1000円札1枚を抜き取り、用立てなく是申し受け候、相済まぬとか何とか言って去っていったという。何だか聞いたことのない訛りがあったそうだ。
三田君には変な訛りがあった。皿洗いの達人で不思議な力を持っている(ように見える)。だから、ひったくりの話を聞いたとき、三田君?と思ってしまった。でも、普段ならそんな失礼なことは絶対に言わない。それなのに、たまさかの話す機会に何だか三田さんみたいですねとうっかり口走ってしまった。言ってから血の気が引いて、そこから自己嫌悪で自分でも訳の分からない弁解をして、見苦しい言い訳をする自分にさらに嫌気が差した。三田君は、古い友人ですから、同じ山で暮らしてましたと答えた。そして、どうにかしなくてはと思ってますとだけ続けた。その頃になってようやくごめんなさいとだけ言えた。私はいつもそうだ。いつも声が出なくて、言わなきゃいけないことが言えなくて、珍しく口が開いたと思ったら言っちゃいけないことを口走ってしまう。
でも古い友人って何だろう。場を変えるための冗談という気もしなかった。私の気持ちを知ってか知らずしてか、山では次郎吉と言いました、この町で何と名乗っているかは知りませんと話し始めた。