[第一章]
4年前に地元を出たときも自分に失望していた。でもこれからの4年間で何かが変えられるかもしれないと思っていた。それから4年経って何も変えられなかった。滑り込んだ大学での成績も振るわず、仕送りで足りない分を補うためバイトに追われることも多かった。サークルや恋といったきらびやかなキャンパスライフとは無縁だった。就職活動も上手くいかず、失意の帰郷となった。
「花沢さんみたいになりたかったな。」
花沢さんというのは、昔見たドラマの主人公で彼女の憧れの人だった。製薬企業に勤める主人公が、幅広い知識と語学力を武器に次々と降りかかるトラブルを解決していき、最終的には国家の陰謀を阻止するという今思えば無理のある話だった。ドラマ自体は荒唐無稽でご都合主義も甚だしいと分かっても、花沢さんは彼女のヒーローであり続けた。薬学部を目指したのも花沢さんみたいに企業で働く薬剤師になりたかったからだった。でも、受験には失敗し、大学院に行って製薬企業を目指すのも無理だと諦めてしまった。花沢さんにはカツオというプロ野球選手の素敵な彼氏がいて、実家の父は不動産グループを経営する地元の大物だった(この辺りからもこのドラマがいかなる類のものだったか分かろうというものだ)。一方の自分は恋愛には縁がなく、自分の父は学生街で安居酒屋を営んでいる。経営が火の車なのは聞かなくても分かる。
「ただいま。お皿だけでも洗うよ。」
わざと明るく父に言うと、
「いいよ、三田君がいるから。下宿の子に皿洗いを頼んでるんだ。」
と返された。変に出鼻を挫かれ、このところの僻み根性からどうせ私は家でも必要とされないんだとか考える。でも下宿の子って何だ。家は下宿をするほど広くない。
高校まで使っていた自分の部屋にはアパートから引き上げた荷物が置いてあった。下宿人というのは弟の部屋か。パッとしない自分とは違い、弟は高校の時から優秀だった。教授に見込まれたとかでしばらく前からアメリカに留学している。費用が大学持ちな上に毎月そこそこの額の支給まであるらしい。羨ましすぎる。ノックをして声を掛ける。
「三田さんですか。父に伺いました。この春大学を卒業して、家に帰ってきました。」
上擦ったような返事がして戸が開く。礼儀正しいような挨拶だが、どこか頼りなく心許ない青年だった。
「三田です。先々週からお世話になってきます。」
それが三田優だった。