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皿洗い  作者: 古狗
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[イントロダクション]

高くもない居酒屋で、学生グループが飲んでいる。品数の割にお得なコースが終わりそろそろお開きという頃、一人が用を足しに行った。頼りなげにひょこひょこと他の客に頭を下げ、廊下の奥に消えていく。リーダー格の男が財布忘れちまったよと白々しい声を上げた。誰かが帰ってしまいましょうよと応える。足りなきゃ皿洗いでもしますよ。

一同が帰り支度をしていると青年が帰ってきた。存外に早く物音もなかった。リーダーは一瞬狼狽の風を見せたが、すかさず取り巻きに目で合図する。一人が、みんな財布を忘れたんだよ、明日返すから今日は払っておいてくれよとか言う。青年が怪訝な困ったような顔をすると、取り巻きの女が子供に噛んで含めるように言う。みんなが困ってるというのに立て替えるのが嫌だって知らん顔をするのはいけないわ。大学生と言ったってもう大人なんだから、社会人としてのルールを身に付けないと。青年はますます困った顔をしたが、女ができないのと少しとげのある声で問うと、俺そんな持ってないです、自分の分しか持ってないですと答えた。あまり聞いたことのない訛りがあった。じゃあ皿洗いでもすればいいじゃない、ここはそういう払い方もさせてくれるわ、先輩方は明日も忙しいけどあなたはすることもないでしょと突き放す。青年はやはり訝しげな顔をして、俺が払わないと先輩も困りますかと訊いた。女がそうよと猫撫で声で答えると、青年はぼそぼそとやりますと答えた。

店の大将はまたかと思った。名の通った大学だか知らんが、酷なことをする奴がいるもんだ。戦後の混乱期でもあるまいし皿洗いで支払い可なんて言ったことはこれっぽっちもない。ただ、残された新入生が可哀想で渋々それで通したが最後、噂が一人歩きし変な伝統のようになっている。大学に抗議したことも度々だが、正直あまり効果はなかった。今日の青年も一段と可哀想な奴だ。見るからにおどおどして、悪い奴等に睨まれそうだ。今後の4年間が危ぶまれるし、せめてこの町に嫌な思いを持ってほしくないと思う。こんなことがある度に、数年前に受験に失敗し、遠くの大学に行った娘を思い出し、心の中でそれで良かったんだと独りごちる。

おどおど話す青年に、本当はダメだけどな、お前を置いていった奴らはどうしようもないが、お前は悪くないし仕方ない。ふざけた奴らだ、人の商売を何だと思ってやがる。お前さんは気に病むな。皿洗いは山程あるが、それでもあいつらの飲み食い代だったら、一週間洗い続けだよ。青年がまたぼそぼそと答える。皿洗いは得意なんです。でも、申し訳ないです、俺、皿洗いで払えるって聞いてたのに本当はダメだって、でも、俺お金なくて、今日だってなけなしのお金で、家に帰っても残りの額が払えないんです。大将はいたたまれなくなって、気にするなとだけ言って青年を洗い場に案内した。

本当に皿は山程あった。大将は憐れむように、丁寧にやってくれりゃあ時間は掛かってもいいからと言い洗い場を後にした。青年は静かに頷きありがとうございますと言った。数分後、青年は大将のいる調理場を訪れる。洗い終わりました、明日伺う時間を教えてくださいと話した。ありえない話だった。大将は見かけに寄らず太々しい奴なのかと残念に思った。しかし小言の一つも言ってやろうと向かった洗い場で言葉を失った。やっとのことお前何者なんだとだけ言った。山程あった皿は全て片付いていた。今まで見たことないくらいきれいになって。

一週間程して例のグループがまた飲みに来た。ただ例の青年はいない。勘定のとき大将はリーダー格の男に言う。今まで目を瞑ってきたが、もう沢山だ。こないだみたいなことは止めとくれ、そんなことするんだったらうちには来ないでくれ。鼻白んだリーダーが食ってかかる。大将はそれが嫌ならこれっきりにしてくれと取り合わない。酔ってもいたし取り巻きの目もあって引かなかった。そのうち揉み合いになる。騒ぎが大きくなり奥からスタッフが顔を出す。件の青年だった。それを見た男はいよいよ逆上しとうとう大騒ぎになった。青年はぼそぼそ大将に言う。一度ならず二度までも申し訳ありません。やはり聞いたことのない訛りだった。次の瞬間には男が地面に転がってぽかんと口を開けていた。先輩、警察が来ちゃいますからと青年が言うとそれを潮に一同は帰っていった。取り巻きの女が、三太夫あんた何者なのよ、と言った。青年の名は三田優といった。だから、三太夫と呼ばれているのだろう。

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