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第3章:雨師さまの声

血の匂いがする雨の中を、僕は走り続けた。

学校に着くと、イサナが昇降口で待っていた。彼女の顔は蒼白で、まるで一晩中泣いていたような腫れぼったい目をしていた。

「遅かったね」イサナが震え声で言った。

「ごめん。でも、雨が――」

「血の匂いがするでしょう?」イサナが僕の言葉を遮った。「お母さんが言ってた。雨師さまが目覚めると、最初に血の雨が降るって」

僕たちは人気のない教室に向かった。窓の外では、相変わらず赤い雨が降り続けている。他の生徒たちは、まるでその異常さに気づいていないようだった。

「お母さんから聞いた話」イサナが机に向かい合って座りながら口を開いた。「信じられないことばかりだった」

「どんな?」

イサナは深く息を吸った。

「三十八年前の水難事故。あれは事故じゃなかった」

僕の胸が締め付けられた。

「じゃあ、何だったの?」

「儀式よ」イサナの声が震えていた。「町ぐるみの、水神への供養儀式」

彼女は話し始めた。昭和六十二年、音無町は深刻な水不足に見舞われていた。井戸は枯れ、作物は育たず、町は滅亡の危機に瀕していた。

「それで、町の長老たちが決めたの。古い言い伝えに従って、雨師さまに人身御供を捧げることを」

「人身御供?」

「選ばれたのは、町でも特に『水に愛された』と言われる家系の人々。合計二十七人」

僕は息を呑んだ。田中さんが見せてくれた新聞の犠牲者数と一致していた。

「でも」イサナが続けた。「その中に、お母さんも含まれていた。当時十歳だった彼女は、最年少の供物として選ばれたの」

「それで、どうなったの?」

「儀式の夜、町の人々は湖に集まった。供物に選ばれた人々は、白い着物を着せられて、湖の中央に作られた祭壇に向かって歩いていくはずだった」

イサナの声が途切れた。彼女は窓の外を見つめていた。

「でも、何かが狂った。雨師さまが、予想以上に強い力で応えたの。供物だけでなく、儀式に参加していた町民たちまで、湖に引きずり込まれた」

「それで二十七人が?」

「お母さんだけが助かった。なぜかは分からない。気がついたら、湖畔に一人で立っていたって」

僕は考えた。それなら、イサナの母親は事故の目撃者ではなく、唯一の生存者だったのだ。

「でも、なぜそのことを隠したの?」

「町の恥だから」イサナが苦々しく笑った。「人身御供なんて、現代では受け入れられない。だから町は、突然の水害による事故だったことにした」

「それで記録も改ざんされた」

「そう。でも、雨師さまは怒ったの。約束された供物を受け取れなかったから」

イサナが僕を見つめた。

「お母さんが言ってた。雨師さまは、いつか必ず約束を果たしに来るって。そして、その時は――」

彼女の声が震えた。

「代わりの供物を要求するって」

僕の背筋に冷たいものが走った。

「代わりの供物って?」

「分からない。でも、お母さんは言ってた。『あの神様は、一度約束されたものを諦めない』って」

その時、教室の扉が開いた。誰かが入ってきたのかと思って振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ、廊下から湿った風が吹き込んできた。

「誰か来た?」僕は立ち上がった。

「誰もいないよ」イサナが首を振った。「でも、変ね。さっき確かに扉を閉めたのに」

僕は廊下を覗いた。人影はなかったが、床に水たまりがあった。まるで誰かが濡れた足跡を残していったかのように、点々と続いている。

「イサナ、これ見て」

彼女も廊下に出てきた。水たまりを見て、顔が青ざめた。

「足跡?」

「子どもの足跡ね」僕は水たまりの大きさを確認した。「小学生くらいの」

足跡は階段に向かって続いていた。僕たちは無言でそれを追った。

一階に降りると、足跡は玄関ではなく、地下への階段に向かっていた。

「地下?」イサナが呟いた。「この学校に地下なんてあったっけ?」

僕も知らなかった。音無中学校は古い建物だったが、地下があるという話は聞いたことがなかった。

「行ってみよう」僕が提案した。

「危険よ」イサナが僕の腕を掴んだ。「もし雨師さまが――」

「だからこそ確かめないと」僕は彼女を見つめた。「このまま逃げ続けても、何も解決しない」

イサナは躊躇していたが、やがて頷いた。

「分かった。でも、何かあったらすぐに逃げるのよ」

地下への階段は、驚くほど古かった。石造りで、まるで城の遺跡のような造り。壁には苔が生え、空気は湿気と土の匂いで満ちていた。

階段を降りると、長い廊下があった。両側に古い木の扉が並んでいる。

「まるで地下牢みたい」イサナが囁いた。

水の足跡は、廊下の奥に向かって続いていた。僕たちはそれを追った。

途中、扉の一つが半開きになっていた。中を覗くと、古い机と椅子があった。

「教室?」僕が呟いた。

「でも、いつの時代の?」イサナが首を傾げた。机の上には、古い教科書が置かれていた。

僕は一冊を手に取った。『尋常小学校修身書』――明治時代の教科書だった。

「この学校、明治時代からあったの?」

「知らない」イサナが答えた。「でも、この教科書、まだ新しいみたい」

確かに、紙は古いが、保存状態は良好だった。まるで昨日まで使われていたかのように。

教科書をめくると、ページの間に一枚の写真が挟まっていた。

白黒の、古い集合写真。制服を着た子どもたちが、整列して写っている。写真の下に、『明治四十二年度 音無尋常小学校 卒業記念』と書かれていた。

「百年以上前の写真ね」イサナが僕の肩越しに覗き込んだ。「でも、この子たち――」

彼女の声が途切れた。

写真の中の子どもたちの顔を、よく見てみると、現在の町の人々に似ていた。いや、似ているどころではない。まるで同一人物のようだった。

「これって」僕が震え声で言った。「まさか」

写真の端に写っている小さな女の子が、イサナにそっくりだった。そして、その隣の男の子は――。

僕だった。

間違いなく、僕の顔だった。

「あり得ない」イサナが呟いた。「百年前の写真なのに」

その時、廊下の奥から声が聞こえてきた。

子どもたちの歌声だった。唱歌を歌っている。

「♪ 春は花見て 暮らしましょう 夏は涼しい 木陰でね ♪」

僕たちは声のする方向に向かった。廊下の突き当たりに、大きな扉があった。

扉の向こうから、歌声が聞こえてくる。

「♪ 秋は月見で 酒がよい 冬は炬燵で 丸くなる ♪」

僕は扉に手をかけた。ノブを回すと、軽く開いた。

中は広い部屋だった。教室というより、講堂のような造り。そして、そこには――。

子どもたちがいた。

明治時代の制服を着た、大勢の子どもたち。みんな整列して、楽しそうに歌を歌っている。

でも、彼らの顔は、さっき見た写真の子どもたちと同じだった。

そして、最前列に座っている小さな女の子が、僕たちに気づいて振り返った。

イサナの顔だった。

「あら」その女の子が微笑んだ。「お客様ね」

歌声が止まった。子どもたちが一斉に僕たちを振り返る。

みんな、現在の音無町の住民たちの顔をしていた。

「ようこそ」最前列の男の子が立ち上がった。僕の顔をした男の子が。「お待ちしていました」

「あなたたちは」僕は震え声で尋ねた。「一体何者?」

「僕たちは、音無町の子どもたちです」男の子が答えた。「ずっと昔から、ずっと変わらずに」

「でも、写真は百年前の――」

「時間なんて、関係ありません」女の子が微笑んだ。「雨師さまの元では、過去も現在も同じことです」

部屋の奥に、祭壇があった。そこに、一体の神像が祀られている。

水を司る神、雨師の像だった。

でも、その神像は普通の神像ではなかった。まるで生きているかのように、瞳が僕たちを見つめていた。

「雨師さまが、お呼びです」子どもたちが口を揃えて言った。

神像の瞳が、赤く光った。

そして、像の口が動いた。

「久しいな」

その声は、水の底から響いてくるような、深い声だった。

「三十八年前から、待ち続けていた」

僕の足が竦んだ。イサナが僕の袖を掴んで震えている。

「何を待ってたんですか?」僕は勇気を振り絞って尋ねた。

「約束の履行」雨師の声が響いた。「この町は、私に供物を約束した。しかし、裏切った」

「でも、二十七人も――」

「足りぬ」雨師の瞳が激しく光った。「約束されたのは、『水に愛された血筋』の全てだった」

僕の心臓が跳ね上がった。

「全てって?」

「海原の血筋、霧川の血筋、そして――」雨師が一拍置いた。「町を治める家系の血筋」

イサナが僕を見た。恐怖で顔が真っ青になっている。

「でも、それって」

「三十八年前、最も重要な供物が欠けていた」雨師が続けた。「海原家の子どもたちと、霧川家の子ども」

僕は理解した。イサナの母親が生き残ったのは、偶然ではなかった。

「だから、その代償を今、求めているのか」

「その通り」雨師が頷いた。「海原シグル、霧川イサナ。お前たちこそが、真の供物だ」

部屋の空気が重くなった。子どもたちが立ち上がり、僕たちを囲み始めた。

「でも」僕は必死に抵抗した。「僕は、もう死んでいるんじゃないんですか?」

雨師の瞳が細まった。

「何を言っている?」

「三年前、ミユと一緒に湖で溺れ死んだ。今の僕は、ミユの記憶を移植された――」

「愚かな」雨師が笑った。「そのような小細工で、私を欺けると思うか?」

僕の頭が混乱した。

「でも、ミユが言っていた――」

「ミユ?」雨師の声に驚きが混じった。「海原ミユは、三年前に私の元に来た。だが、供物としてではない」

「じゃあ、なぜ?」

「自ら望んで」雨師の声が優しくなった。「兄を救うために、自分の命を差し出した」

僕の世界が揺らいだ。

「何ですって?」

「三年前のあの日、お前たちは確かに湖に来た。だが、儀式のためではない。遊びに来ただけだった」

雨師が語り始めた。

「だが、ミユが深い場所で溺れた。お前は必死に助けようとしたが、力及ばず、自分も溺れそうになった」

僕の記憶に、断片的な映像が蘇ってきた。

水の中でもがくミユ。手を伸ばす自分。しかし、届かない距離。

「その時、ミユが私に祈ったのだ。『兄を助けて』と」

「それで?」

「私は取引を持ちかけた。『お前の命と引き換えに、兄を救おう』と」

涙が僕の頬を伝った。

「ミユは、それを受け入れた」雨師が続けた。「お前を湖から押し上げ、自分は水底に沈んだ」

「そんな」

「だが、私は約束を守らなかった」雨師の声に悔恨が滲んだ。「ミユの命を受け取りながら、お前には完全な生を与えなかった」

僕は理解し始めた。

「僕は、生と死の境界にいる」

「その通り」雨師が頷いた。「お前は生きているが、同時に死んでもいる。だからこそ、私の声が聞こえる」

「でも、なぜ今になって?」

「時が来たからだ」雨師の瞳が再び赤く光った。「三年の猶予を与えた。だが、もう待てぬ」

子どもたちが、さらに僕たちに近づいてきた。

「選択せよ」雨師が宣言した。「お前たちが供物となるか、それとも――」

「それとも?」

「町全体を水底に沈めるか」

イサナが僕の手を握った。彼女の手は氷のように冷たかった。

「どちらにしても、約束は果たされる」雨師が続けた。「だが、お前たちが自ら進んで来るなら、町の人々は救われる」

僕は考えた。二つの選択肢。どちらも絶望的だった。

「時間をください」僕は懇願した。

「一日」雨師が答えた。「明日の日没まで。それまでに答えを出せ」

子どもたちが道を開けた。出口への道が示された。

「行きなさい」雨師の声が優しくなった。「そして、よく考えるのだ」

僕たちは急いで部屋を出た。廊下を走り、階段を駆け上がった。

一階に戻ると、血の雨は止んでいた。代わりに、強い日差しが校舎を照らしていた。

「イサナ」僕は彼女を見つめた。「どうする?」

彼女の瞳に、決意の光が宿っていた。

「分からない」彼女が答えた。「でも、他に方法があるはず」

「どんな?」

「雨師さまとの契約を、無効にする方法」

僕は希望を感じた。

「そんなことができるの?」

「分からない。でも、調べてみる価値はある」イサナが僕の手を握り返した。「お母さんなら、何か知ってるかもしれない」

僕たちは校舎を出た。空は快晴だったが、遠くの山に黒い雲が立ち込んでいた。

雨師の怒りの雲が、町を見下ろしていた。

「急ごう」僕は歩を早めた。「時間がない」

その時、背後から声が聞こえた。

「お兄ちゃん」

振り返ると、ミユが立っていた。三年前と変わらない姿で、制服を着て、微笑んでいた。

「ミユ?」

「本当の私よ」ミユが近づいてきた。「水の中の私じゃない」

「でも、君は死んだんじゃ――」

「死んだけど、完全には死んでない」ミユが首を振った。「お兄ちゃんと同じように」

イサナが僕の袖を引いた。

「シグル、話を聞いちゃだめ」

「なぜ?」

「それは雨師さまの使い。本物のミユじゃない」

でも、僕には分かった。それは確かに、本物のミユだった。

「イサナの言う通りよ」ミユが悲しそうに笑った。「私は、もう雨師さまの一部になってしまった」

「ミユ」

「でも、最後に伝えたいことがあるの」ミユが真剣な表情になった。「雨師さまを止める方法があるの」

僕の心臓が高鳴った。

「どんな方法?」

「でも、とても危険よ」ミユが僕を見つめた。「お兄ちゃんが、本当に死んでしまうかもしれない」

「それでも聞きたい」

ミユは一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。

「雨師さまの力の源は、音無湖の底にある『水鏡』よ」

「水鏡?」

「古代から存在する、神聖な鏡。それが雨師さまと人間世界を繋いでいる」

僕は理解し始めた。

「その鏡を壊せば?」

「雨師さまは人間界に干渉できなくなる」ミユが頷いた。「でも、鏡は湖の最深部にある。そこに辿り着くには――」

「水底を歩かなければならない」僕が続けた。

「そして、生きて戻ってこられる保証はない」

イサナが口を挟んだ。

「他に方法はないの?」

「ない」ミユが首を振った。「でも、お兄ちゃんになら、もしかしたら」

「なぜ僕に?」

「お兄ちゃんは、既に雨師さまの力を一部受けているから」ミユが説明した。「だから、水中でも呼吸できるかもしれない」

僕は決断した。

「やってみる」

「シグル!」イサナが僕の腕を掴んだ。「危険すぎる」

「でも、他に方法がない」僕は彼女を見つめた。「このままでは、町の人々が犠牲になる」

ミユが僕に近づいた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

彼女は僕の頬にキスをした。その瞬間、冷たい感触が脳に広がった。

「これで、お兄ちゃんは水中でも呼吸できる」ミユが微笑んだ。「でも、効果は一時間だけ」

「一時間?」

「それで十分よ」ミユの姿が薄れ始めた。「鏡を見つけて、壊して、戻ってきて」

「待って、ミユ」

「もう時間がない」ミユの声が遠ざかっていく。「雨師さまが気づく前に」

彼女の姿が完全に消えた。

僕は湖の方向を見つめた。

「行くの?」イサナが尋ねた。

「行く」僕は答えた。「君は、町の人々を避難させて」

「一人で?」

「これは、僕の運命だから」

イサナは長い間僕を見つめていたが、やがて頷いた。

「分かった。でも、約束して。必ず戻ってくるって」

「約束する」

僕たちは抱擁した。彼女の体温が、僕の中に勇気を与えてくれた。

そして、僕は湖に向かって歩き始めた。

背後で、イサナが叫んだ。

「シグル、愛してる!」

僕は振り返らなかった。振り返ったら、きっと決意が揺らいでしまうから。

湖が見えてきた。水面に、雨師の巨大な眼が浮かんでいた。

その眼が、僕を見つめていた。

「来たな」雨師の声が響いた。

「約束を変更したい」僕は湖畔に立って叫んだ。

「変更?」

「僕一人で十分だ。イサナは解放してくれ」

雨師が笑った。

「面白い。だが、なぜそう思う?」

「僕は、既に君の一部だから」

雨師の瞳が細まった。

「何を企んでいる?」

僕は答えずに、湖に足を踏み入れた。

水は冷たかった。しかし、ミユの祝福により、呼吸は楽だった。

「愚かな」雨師の声が水中に響いた。「お前一人で、何ができると思う?」

僕は湖底に向かって泳いだ。

深く、深く。

光が届かない深度まで。

そして、ついに湖底に辿り着いた。

そこには、古い神殿があった。

水中神殿の中央に、光る鏡が安置されていた。

水鏡――雨師の力の源。

僕は鏡に向かって泳いだ。

しかし、鏡の前に、影が立ちはだかった。

雨師の真の姿だった。

巨大な水の精霊。無数の溺死者の怨念が結合した、恐ろしい存在。

「止まれ」雨師が命じた。

「止まらない」僕は答えた。

「ならば、力ずくで止める」

雨師が襲いかかってきた。

水の触手が僕を締め付ける。しかし、僕はミユから受けた力で抵抗した。

「ミユ!」僕は叫んだ。「力を貸して!」

その瞬間、ミユの霊が現れた。

「お兄ちゃん!」

ミユが雨師に立ち向かった。彼女の純粋な愛が、神の怒りと対峙する。

その隙に、僕は水鏡に手を伸ばした。

鏡に触れた瞬間、全てが見えた。

町の過去、現在、未来。

そして、真実が明らかになった。

雨師は、決して邪悪な存在ではなかった。

ただ、約束を守ろうとしているだけだった。

そして、町の人々も、生きるために必死だっただけだった。

誰も悪くない。

ただ、時代が悪かった。

僕は鏡を抱きしめた。

「みんなを許してあげて」僕は雨師に懇願した。

雨師の怒りが、静まった。

「お前は」雨師が呟いた。「何を見た?」

「真実を」僕は答えた。「そして、愛を」

鏡が光った。

その光の中で、僕は決断した。

鏡を壊すのではなく、自分が鏡になることを。

人間と神を繋ぐ、新しい架け橋になることを。

「僕が、新しい契約を結ぼう」僕は宣言した。

「どのような?」

「僕が雨師さまの代行者となる。人間界で、水の調和を保つ」

雨師は長い間考えていた。

やがて、頷いた。

「良い。その契約を受け入れよう」

鏡が割れた。

しかし、破壊ではなく、変化だった。

鏡の欠片が僕の体に融合していく。

僕は、人間でありながら、水神の力を持つ存在になった。

「これで、契約は完了した」雨師の声が遠ざかっていく。「お前が、新しい音無町の守護者だ」

僕は湖底から浮上した。

水面に顔を出すと、イサナが湖畔で待っていた。

「シグル!」

僕は岸に向かって泳いだ。

そして、彼女の腕の中に飛び込んだ。

「どうだった?」イサナが尋ねた。

「うまくいった」僕は微笑んだ。「もう大丈夫」

空を見上げると、黒い雲が晴れていた。

雨師の怒りは、ついに鎮まったのだ。

しかし、僕の新しい人生は、今始まったばかりだった。

水の守護者として。

音無町の新しい神として。



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